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尋ねたいこと

団長室はカサルの客室と同じフロアーにあった。


騎士の控え室に隣接した部屋を訪ねると、ゴンドルフは驚いた様子も無く恭しくリマを迎え入れた。予めシーガルから訪問を告げられていたようだ。


団長室はいかにも武人の部屋と言った設えで、華美な装飾は排されている。剣置き、鎧、書籍が置かれ、部屋中央には低いテーブルの上に大きなこの国の地図が広げられていた。


ゴンドルフはテーブル前に置かれたイスをリマに勧める。


「姫様、このようなむさ苦しい場所にお越しくださり、恐悦に存じます。此度の旅、まことに大変だったご様子で」


ゴンドルフは気難しそうな皺だらけの顔に笑顔を浮かべている。リマに対する対応は丁寧さの中に慈しみが感じられた。二人の態度は城の入り口で見せたものよりもずっと砕けているようだ。両者の信頼関係が伺える。


「ええ、訪ねるのが遅れてごめんなさい。その報告も兼ねてお邪魔しました。それで、こちらのカサルは」


リマは隣に座ったカサルに手を向ける。


「おお、シーガルより聞いております。今回の旅で多大な力を貸してくれたと。そう、友であるとも申していましたな」


ゴンドルフはちらとカサルを見やる。


既に報告はされていたようで、団長の横に座っているシーガルが満足そうに首肯している。わざわざ団長が”友”と付け加えるあたりに、シーガルがどんな報告を上げたのかと尋ねたくもなる。


「はい。カサルがいなければ私は王都へ帰ってくることは出来ませんでした。感謝してもしきれません」


「おい、何度も言ってるだろ。俺は金を貰ってやったことだ。お前が感謝する必要はない」


リマとカサルのやり取りに、ゴンドルフがぴくりと一瞬眉を動かした。「ですけど」「だから」と押し問答を繰り返す二人に、シーガルが割って入る。


「まあまあ。私の方からも団長には報告を上げてありますが、是非、リマ様が気づかれた点などをお話いただければ」


「え、ええ、そうですね。ごめんなさい。結果から言えば、今回のエルフ谷への訪問は得る物は少なかったかもしれません。和平の仲介依頼は成らず、認識阻害の術はすでに彼らの手からも失われていました。得られたのは情報だけ」


リマは表情を引き締め話を続ける。


「エルフの長が言うには、ヤルカンの侵攻は20年前に我が国との戦いで族長を失ったことに対する意趣返し。和平は望むべくも無い。ただ、手はあるとも言っていました……」


ゴンドルフはリマの報告を受け、もともとあった眉間の皺にさらに深い影を刻ませる。


「姫様は長の言う手だてに心あたりは?」


「……」


リマはテーブルに視線を落として口を閉ざした。だが、彼女の性格からして、否定しないことは肯定に等しかった。


「リマ様、何か心当たりがあるならお聞かせ願えませんか?」


「左様、恥ずかしながら我等では見当がつかぬ次第です」


シーガルの申し出にゴンドルフも同意する。


「これは、私の口から言えることでは無いと心得ます。ですが、忠義に厚いあなた達では気づかぬのも無理はないかもしれませんね。私はあなた方を誇りに思います」


「勿体無いお言葉、痛み入ります」


近衛騎士である二人は目を細め、テーブルに握り拳を立てると深々と頭を下げた。シーガルのリマを想う気持ちも相当だが、ゴンドルフも負けてはいないといったところか。この二人、師弟に違いない。


「しかし姫様、後日はメルツ大臣たちとの会議もございます。抜け目ない奴のこと、痛くも無い腹を探ってくることでしょう。十分にお気を付けを」


「彼は敵ではないのですよ、ゴンドルフ」


眉をひそめて進言するゴンドルフに、リマは悲しそうに俯き語気を弱めた。


「リマ、お前の口から言えないのなら、俺が言ってやろうか?」

「カサル!」


急に横から口を挟んだカサルに、リマは驚いたように目を見開いた。


しかし、彼女の言葉を借りるなら、忠義のまったくないカサルが“手だて”に気付くの道理と言える。そのやり取りにゴンドルフがまたぴくぴくと眉を動かす。今度は一瞬では無い。


「カサル、君は何か気づいたというのか?」


「いや、むしろ気づかないお前達に驚きだ」


「聞かせてくれ。よろしいですかリマ様?」


シーガルはリマに同意を求めたが、彼女は無言で視線を伏せたままだ。カサルは当然これを承諾と受け止める。


「ヤルカンの目的が意趣返し、復讐であるとするならその対象はなんだ?」


「それは、我らヴォルクス王国だろう」


シーガルが答えた。


「本当にそうか?イエイレンが言っていた言葉を思い出せ、族長を殺された復讐だと言っていたはずだ。オークは殺戮を楽しみ、権勢を示すためにこの戦いをしているんじゃない。族長を殺された復讐は、族長をもって遂げられる。王を殺すまでは終わらないということだ」


「同じことじゃないか、我らにとって国と国王は同じ意味だ」


「お前達にとってはそうなのか。だが、実際はどうだ?国王が死んでこの国が無くなるか?」


「そ、それは」


「そうだ、国は無くならない。王の後継ならリマがいるのだろう?」


黙って話を聞いているゴンドルフの眉が遂にぴくぴくと痙攣を始めた。今度は止まらない。


「王国への侵攻は過程に過ぎない。目的である国王をオークに差し出す。そうして奴らに復讐を遂げさせれば和平は成る。もっとも、あくまで楽観的に考えればの話だがな」


「なっ!」


シーガルは絶句した。


王に忠誠を誓った近衛騎士にそんな発想が浮かばないのは無理からぬことだ。王を差し出すという発想を口にすることすら、不敬の極みと言っていいだろう。


「ぬぬぬぬ!聞き捨てならんぞ、若造―!」


ゴンドルフは椅子から立ち上がり、身を乗り出してカサルの胸ぐらを掴んだ。そんな話を平然と語られれば、近衛騎士団長のゴンドルフが激高するのも当然だ。


「我ら近衛騎士は王家に忠義を尽くし、槍となって敵を倒し、盾となって死ぬ。それこそが我らが役目!騎士の本懐!陛下を差し出し和平を結ぶなどありえようか!」


フーフーと荒い息を吐き、力強く握りしめた拳をぶるぶると振るわせている。この大男なら、オークと素手で対等に渡り合えるのではないかと思わせる力強さだ。


「落ち着いてください、ゴンドルフ」


まるで魔法の言葉でも掛けたように、リマの静かな声が荒ぶる大男を鎮めた。ゴンドルフはカサルを睨みつけたまま胸ぐらを掴んでいた手を離す。


「カサルは一つの手を語ってくれたに過ぎません。実際にそうしろと言っているわけではないのです」


「ですが先ほどからこの者、姫様を呼び捨てにするなど、口の効き方といい無礼が過ぎますぞ」


「団長、お気持ちは分かります。ですが、カサルは少々生い立ちが特殊で常識が通用しないだけ。悪気はないのです」


シーガルが中々に辛辣なフォローでカサルを庇う。勿論、彼にも悪気はないのだろう。


「生い立ちが特殊?だから許せと?素顔も晒さぬ男を信用しろと?」


「そうですゴンドルフ。そのことであなたに尋ねたいことがありました」


リマが少々強引ではあるが話の流れを変えた。


「む、改まって何事でしょう?」


「ラダック様の死についてです」


リマの口から出た人物の名前に、ゴンドルフは何事かと理解しかねるようにポカンと口を開け3人を見回す。


「何故、突然ラダックのことを?それに奴の死とこの無礼な若造になんの関係が?」


「カサルがラダック様の息子だからです」


「なんですと?」


ゴンドルフは双眸を開いてしげしげとカサルの顔を見つめた。

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