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半端者

ヴォルクス王国の都市アーマイン。


街の中心には庁舎と教会が建ち、放射状に広がって延びる道に三角屋根に白漆喰の家が並ぶ。


ここがオークの軍勢ヤルカンに占領され一年が経っていた。


多くの人間は逃げ出したが、それでも往時の四分の一程は今でも生活を続けている。ここは今ではオークの街と化し、そこに人間とハーフ・オークが混じって暮らしていた。


カサルは天秤棒にヘラジカの肉をぶら下げて、赤い石造りのドーム型の建物に入る。ここはかつて教会として使われ、現在は肉の取引所として使われていた。


集会で使われる大きなホールの床には、未解体の小鹿や兎から、解体され種類の分からない肉までが無造作に転がっている。


数人の人間が大きなフック棒を使って肉の整理に追われている。


カサルはホールの隅に肉を下すと、エプロンを着け帳面とペンを手にした男に声を掛ける。作業人のエプロンは血で汚れ、目にクマが浮かび表情は冴えない。


「オッサン、買い取りだ」


声を掛けられた男はヘラジカの肉をチラリと見て、手を広げて5本の指をカサルに向ける。


「銀貨5枚か。安いな」


王国統治時代には国が定めた基準に従い、棹ばかりで重量を量り取引が行われた。オークの支配下となってからは大雑把で、買い取り人が一瞥して付け値で価格を決めてしまう。


「チッ、忌み子がデカイ面しやがって」


男は忌々しげに吐き捨て、懐から取り出した銀貨を床に放り投げて作業に戻って行く。カサルは銀貨を拾い上げ取引所を出て行く。


随分な対応をされたが、男の態度に腹を立てることはなかった。言われたことも概ねその通りだと思っている。


“忌み子”人間とオークの間に生まれた望まれない子。人間がハーフ・オークに対して使う蔑称。


その言葉が指すように、自分を生まれなければ、母は秘境の森で暮らさずに元の生活に戻れた。そんな境遇に父と母を追いやったオークと人間、なによりも自分が疎ましかった。


カサルは狩りで仕留めた肉や毛皮を、この街で現金化する生活を送っていた。



ヤルカンは都市を丸ごと隷属させ、人間を労働者として扱う。


オークは穀物を口にせず、ほとんど肉しか食べない。巨大になった軍勢を賄うためには家畜を増やし、肉を賄わなければならない。


しかし、オークの男達は生来の気質で、農業や商業には就こうとせず好きな戦闘と狩猟に没頭する。


戦士と狩人だけでは国家規模の集団を維持出来ない。


そういった役目は全て人間に押し付けた。人間はオークのために家畜を増やし、家畜と自分たちの食料のために畑を耕す。オークが嫌う様々な雑事をこなし、人間は彼らの生活の土台となる。


もっとも、オークが人間の産業方式や流通と言った社会システムを理解しているわけでは無い。


これらの支配体制に協力しているのは貴族。かつてこの地の領主だった者達だ。オークの支配地域では、多くの貴族が彼等に協力することで自らの地位を守った。王国という後ろ盾に代わって、オークという侵略者を新たな庇護者として利用したのだ。



街にはオークの男と女と子供、人間が行きかい、少ないながらハーフ・オークも混じっている。


オークの街を知らない人間は、あたかもそこは地獄のように、毎日無慈悲に人間が殺される光景を想像するが、実際そんなことはない。


オークは明文化されないながらも、掟に従い生活を送り、社会には一定の秩序が存在している。街の治安はけっしててよいとは言えなかったが、人間が意味も無く殺されるような無法地帯では無い。


この街ではハーフ・オークのカサルが素顔で歩いたところで、誰も気にも留めない。



ただ、何事にも例外はあるものだ。


「おう、待ちなハンパ」


カサルの前に三人のオークが立ち塞がった。


2メトルを超える身長と、筋肉質の屈強な体、明らかに人間とは異なる頑強な体躯をしている。鹿皮のベストに黒い革パンツと革のサンダル、全身がほぼ革製品と言っていい。武器こそ携帯していながい、典型的なオークの戦士姿だ。


ハーフ・オークであるカサルは逞しい大き目の人間といった感じの背格好。オークに比べれば小柄で下あごから伸びる牙も小さい。両者を比べれば、違いは一目瞭然だ。


「その腰に下げた兎を置いてきな」


男達は大声で笑い合い、カサルが自分の食事用に狩った兎を寄越すよう要求した。


ハンパとはオークが使うハーフ・オークの蔑称だ。


人間の女がオークの子を孕んでも、母体はオークの因子に耐えきれず、生まれてくる子は未熟児でオークのような巨体にも育たない。ハーフ・オークは立場的には自由民だが、オークよりも非力で、男は強さこそ価値と考えるオークからは侮蔑される存在だ。


「何か気にでも触ったのか?」


カサルは仕方なしに尋ねた。


人間同様に、こんな馬鹿共は何処にいってもいる。相手は曲がりなりにも軍人と言っていい。やり合うにはリスクが大き過ぎる。


「気に触ったのかだと?ああ、大いに触ったぜ。お前のツラが気に食わない」


「そうだな、お前のツラは族長に似ている」


「え、そうか?まあ、どっちでもいいか!」


カサルは三人の男を暫く眺め、腰に下げていた兎を男達の足元に放った。会話など通じる相手ではない。


思っていた展開と違ったのか、三人は口をぽかんと開けている。


「待ちな、ハンパ。これを拾え」


立ち去りかけていたカサルに、名案でも思いついたように、一人のオークがニヤニヤと要求する。


自分が優位と思い込み、居丈高に理不尽な要求をする者は、人間にもオークにもいる。こんな奴らをオークの街でいちいち相手にしていては、弱者である立場のカサルは住みづらくなるだけだ。


(やれやれ、やすい挑発にもほどがあるぜ)


オーク三人を相手に、殴り合いをして勝てると思うほどの自信家ではないが、別に恐れている訳でも無い。こんな馬鹿共の相手をするのがアホらしいだけだ。


冷めた目で男を見返し、ひょいと兎を拾い上げて差し出す。


「お、おう」


落ち着いた様子に面食らったのか、文句を言わずに兎を受け取った。


「ケッ、つまんねー野郎だ」


「ゲハハ、ハンパにそんな根性があるわけねーだろ」


一悶着起こしてハンパを叩きのめす。手軽なうっぷん晴らし、そんな展開でも期待していたのか。


「ツマラン、行こうや」


「まったくだ」


三人は兎を持って立ち去っていった。


ツマラナイ、それはカサルも同感だった。


あんな風にからまれたところで、怒りも恐怖も湧いて来ない。せめて腹の一つでも立ってくれれば、自分としてもやりようがあるというものだ。


母を亡くしてから最近、始終こんな感じで喜怒哀楽を実感しない。


(今日はツイてないな。仕方がない、人間向けの食堂に行くか)


こんなふうに毎日因縁を付けられるわけでは無いが、ハーフ・オーク故に起こる理不尽は確かにあった。


カサルは庁舎の裏路地にぐねぐねと延びる入り組んだ小道に入って行く。


ここは元々、街でも有数の繁華街で、多くの飯屋や酒を出す店が軒を連ねていた。多くの人間が街を去ったとは言え、今でも少なからず営業する店はあった。


その中の一軒、路地までテーブルを出した店に入って行く。店内は20人ほどが入れる大きさで、他に客の姿は無い。


人目を避ける様に奥のテーブルに腰掛け、すぐに人間の老人が現れ注文を聞いてくる。


「オッサン、兎の串焼きとパンを頼む」


老人は注文を聞くと、頷きも返事もせず店の奥へと消えた。


(相変わらず、無愛想なオヤジだな。別に構わねーけど)


路地にはそれなりに人の行き来はあるのだが、店に入ろうとする客はいない。こんな有様でよく潰れないものだと感心してしまう。何かカラクリでもあるのだろうか。


「それにしても、この街に来てからもう三ヶ月くらい経つってのに、全然金が溜まらん」


村で物々交換をしていたころと違い、今のやり取りは全て現金だ。街の暮らしにも慣れてきたと感じるが、金が貯まらないのは何故だろう。このペースでは金貨20枚を貯めるにはあと数年かかりそうだ。


店内に肉を焼く香ばしい香りが漂いはじめ食欲を刺激する。ここの兎料理にはどういう秘密があるのか、カサルが作る塩で焼いただけの料理とは、一味も二味も風味が違う。いつかオヤジに聞いてみたいと思いながらも、その機会はまだ訪れない。


「オヤジ!酒を持って来い!」


カサルが兎料理の匂いに唾を溜めていると、三人の男が入ってきた。粗末な汚れた麻の服、人間と変わらぬ背丈、牙の出た口元、ハーフ・オークだ。


三人は店のほぼ中央に腰掛けると、運ばれてきた酒を飲み始める。


「ふざけやがって!あいつら、主人面しやがって。俺達ゃ奴隷じゃねーんだぞ」


周りの迷惑など顧みず、溜まった鬱憤を晴らすように大声で不満をまくし立てる。騒ぎ声は表の路地にまで響いていた。


「今日やるか?」


「ああ、ここんところご無沙汰だからな。いいの見つかったか?」


「東地区の商家に隠れてるのがいるって噂だ」


男達の顔に邪な笑みが浮かび、声音がドス黒い色を帯び始める。


この街にある例外の一つ。若い人間の女が人前に出ることはけっして無いという事実。彼女たちはオークや無法者からの暴行を恐れた。


その判断は間違いではなかった。

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