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だで

カサルはそれから夕食を終えるまで、客室で独り過ごした。リマは国王への形式的な挨拶をしたり、大臣から近況の報告を受けたりと、何かとやることが多いらしい。


客室で一人取った食事。料理は部屋の華美さから比べれば質素と言える方で、木製の皿に乗せられた大きな鳥肉とソーセージ、ジャガイモ、白いパン、スープ、果物がテーブルに並べられた。


それにしても、豪華な客間で食べる独り飯の居心地悪さはなんだろう。野原で焚火をしながら食べる方が遥かに美味く感じるのだから不思議だ。


下膳も済み、部屋で退屈な時間を過ごしていると扉がノックされる。


「カサル、私です。入ってもいいかしら」


「あ?勝手にどうぞ」


カサルはベットに寝転がったまま返事をした。


それでもどうしたと言うのか、リマは扉を開けて中に入ろうとしない。これが客間への作法と言うものなのだろうか。カサルは面倒を感じつつ、自分で扉を開いた。


「えっと、お邪魔します」


扉を開けると、見慣れた旅装から着替えたリマの姿があった。


ノースリーブの赤いドレスを纏い、編み込んでいた銀髪はストレートに下げられていた。ドレスの肩口からのぞく腕は驚くほどに白く、大きく開いた胸元は光を跳ね返すように輝いて見えた。


元々、整った顔立ちの美しい少女だったが、今のリマはまさに一国の姫君といった装いで、その美しさに手を触れることの許されぬ神々しさを纏っている。


カサルは無言で彼女を見つめた。初めてリマにあったのはオークに襲われている時だ。細いとしか印象を抱かなかった少女に、今カサルは確かに女としての美さを認識している。


「えっと、カサル?」


「え?」


「どうしました、ボーッとして」


「ああ、そのなんだ……」


リマは手を前で組むと、不思議そうに首を傾げている。


どうしたことだろう、リマを褒めようと言う気持ちがあるのだが、言葉に出せない。風呂場ではあんな簡単に伝えられたことがなぜできないのか。リマを意識すればするだけ、カサルは言葉を発せない。


だが学んだはずだ、時には言葉に出して伝えることが必要だと。


「なんでもない……いや、なんでもなくは無い。綺麗だで」


「え?え!も、もう一度」


「二度も言えるか!」


気恥ずかしさの余り、肝心なところで噛むカサル。


リマをまともに見られず、誤魔化すように天井を睨んだ。一方のリマと言えば一瞬で相好を崩し、赤くなった顔を両手で挟み、えーとか、はーとか言いながらクネクネと体を動かし続けている。


「一体何事です、この有様は?」


現れたのは臙脂の詰襟スーツに着替えたシーガルだ。


「きゃっ、シーガル!」


「お、お前いつからそこに?」


「たった今だよ。何をそんなに慌てているんだ?」


狼狽するカサルに、シーガルは訝しそうに顎に手を当て首を傾げる。リマはともかくとして、カサルがこれほど慌てる姿を見せることは珍しい。


「ならいい。ただ、扉を開けただけだ」


「そ、そうですよシーガル、ただ部屋に入ろうとしていただけれす」


(お前もか!)


慌てているのはリマも同様だ。


カサルは額に汗が浮かぶの感じ、手の甲で拭う。リマは持っていたストールを肩にかけ、カサルをフォローをするように相槌を打ち続けている。


二人の様子にシーガルは何かに気付いたようにハハンと呟く。


「二人とも子供じゃないんですから、そんなに狼狽えてはいけませんよ」


「な!狼狽えてなんていねーよ!」


「そ、そうです、心外ですシーガル」


「まあまあ、いいじゃありませんかリマ様。カサルも騎士として女性を褒めるならもっとスマートに決めないと。「だで」は無いでしょう「だで」は。とは言え、君の変化は僕としても実に喜ばしい」


「なにぃい!」


どうやらしっかり聞かれてしまったらしい。自分は騎士などではないのだが、どうにもここは分が悪い。カサルは早々に話題を変えることに決める。


「それで、何をしに来たんだ?」


「ああ、リマ様と君を団長室にお連れしようと思ってね」


「団長室?騎士団のか?」


「そう。ゴンドルフ団長にズバリ5年前のことを訪ねてみた。多くを語ろうとはされなかったが、様子を見るに何かを知っているらしい」


「そうです。それで私もシーガルに呼ばれてここへ」


「ゴンドルフ団長も僕からの問いに口はつぐんでも、リマ様から尋ねられれば答えないわけにはいきませんからね」


シーガルは自分が現在知る情報を話した。


ゴンドルフは近衛騎士として30年近く王族に仕えている。剣術に優れ体格にも恵まれた彼はかつては右隊長を勤め、カサルの父と騎士団の両翼として活躍した。そして、10年前からは騎士団長として近衛騎士を取り仕切っている。


「なるほど、父とも同期で五年前に騎士団長をしていたとあれば、事情にも詳しいはずだな」


「そういうことだ」


「それで、どんな奴なんだ、そのゴンドルフってのは?」


「僕が騎士として尊敬する方が、人品に間違いがあろうはずもない」


「私もゴンドルフを信頼しています。小さい頃からよく中庭で遊んでくれました。顔は怖いけど、ああ見えてとても優しい人なんです」


「そうは言っても、ハーフ・オークの俺が訪ねて事情を話してくれるものか?」


「問題はそこだが、敢えて君の出自を語る必要は無いのではないか?義理とはいえラダック様の息子であることは変わりないのだろう?」


「私は……カサルにもいずれ時を見て打ち明けて貰えればと思っています。ただ、今はカサルのお父様のお話を伺うことを優先してはどうかと」


確かに正体を打ち明けて拒絶されるリスクが無いとはいえない。


「ここだけの話ですが、私が王女としての相談をしているのもゴンドルフなんです。元々、カサルのことは、エルフとの交渉結果共々伝えようと思っていました」


カサルの疑念を他所にして、二人は口を揃えてゴンドルフの人品に太鼓判を押した。元より王都ではリマとシーガルに頼るつもりでいたのだ。ならば、今更この話に乗らないわけにはいかない。


「分かった、話を聞きに行こう」


3人は近衛騎士団長室へと向かった。

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