私の王子様
カサル達一行はメクレブ城へと続く石橋を渡り、城門を潜り正面へと進んだ。
(これが、王の住む城、王宮か。確かにリマが自慢するだけのことはあるな)
城の窓は沢山の丸ガラスがはめ込まれ、防御の拠点としてではなく、居城として快適性を重視していることが伺える。正面から見ただけでもその大きさが伺え、小さな島全体が王宮だというのだから、奥行きも相当なものだろう。
城の入り口で待ち構えていたのは多くの男達だった。
臙脂のマントに剣を携えた大柄の騎士がまっ先に片膝を下し頭を垂れる。それに続き、控えていた男達が一斉に同様の仕草をとってリマの帰りを迎えた。
「みなさん、出迎え痛み入ります。どうぞお顔を上げて下さい」
「王女殿下、よくぞご無事でお戻りになられました」
大柄の騎士は感極まるあまりプルプルと小刻みに体を震わせ、涙ながらにリマを出迎えた。
「ゴンドルフ団長、迎えの一軍ありがとうございました。お陰で帰路は事なきを得ました」
「元はと言えば、あれだけの手勢で王女殿下を送り出した私の責任。我が不明をお許しください」
「いいえ。私こそ騎士を3名も失わせてしまいました」
「申されますな。王女殿下ののお役に立て、あの者達も満足しておりましょう」
リマは鎮痛に目を閉じて俯いた。ゴンドルフと呼ばれた騎士団長は低い声を掠れさせ、はぐれオークの襲撃に散った団員に思いを馳せる。
そのやり取りに、黒髪に白髪交じりでオールバックの男が笑顔で割って入る。
「王女殿下、私からも無事のご帰還をお祝い申し上げます。それにしても驚きました。まさか騎士団の半数を従え帰国されるとは」
「申し訳ありませんなメルツ大臣。何分、危急の大事であった故、私の判断で団員を出迎えに向かわせた」
ゴンドルフは口を曲げ、しかめっ面でメルツを睨む。
「む、そう申されますと何事が?」
「その件は後ほど伝えしましょう。今、王女殿下は長旅で疲れておいでだ」
「おお、これは失礼いたしました。まずはゆっくりとお休み下さい、王女殿下」
「痛み入ります大臣。陛下への挨拶もまだ故、これで失礼させてもらいます」
リマは大臣との話を切り上げ、カサルに向きなおる。
「行きましょう、カサル」
王女に招かれた素性の知れぬ若者の存在に、シーガル以外その場にいる全員が驚いてカサルへ一斉に視線を向けた。
「王女殿下、その者は一体?」
「私の客人です」
「し、しかし、王宮にそのような身なりの者を入れるなどと」
「そうです、弓を下げ顔を隠した得体の知れぬ者を、王宮に入れるのは如何なものかと」
貴族達は恐れながらといった体は取っているものの、カサルを見る目は訝しげだ。
カサルはフェイスマスクを口まで上げハンター帽子に濃緑の外套と、およそ王宮に出入りする人間とは思えぬ風貌だ。しかも、腰から弦を番えたを腰からぶら下げている。
きらびやかな衣装に身を包んだ貴族からすれば、さぞや汚らしく、得体の知れぬ人物に映っていることだろう。
「彼は私の命の恩人です。今日、無事にこうして私がいるのは彼のお陰です。彼への無礼は王女である私が許しません」
そんな貴族たちにリマは毅然と言い放った。普段柔和な彼女が見せた強い態度には有無を言わせぬ力が籠り、貴族達は面食らったように黙り込む。
「王女殿下が申されるのだ、我らが異を唱えるわけにはまいりませんぞ」
メルツが目を細め、落ち着き払った声で貴族を説き伏せた。最早、誰も異論を唱える者など無い。カサルは黙ってリマの後に付いて行く。
「見苦しい所を見せてしまいました」
「俺なら慣れてる。気にしなくていい」
「でも、彼らはあなたのことなんて何も知らずにあんなことを。私、腹が立っちゃいました」
「でも、あいつらの言うことも当たっていただろ?こんなマスクをして顔を隠した男なんて、得体が知れないと怪しんで当然だ」
少しおどけた様子でぷんすか怒って見せたリマに、カサルは調子を合わせてマスクで目元まで隠して見せた。
「ごめんなさい。オークとの争いの最中であなたを見れば、心無い言葉を浴びせる者がいるでしょうから」
「それほどに見慣れないか。ハーフ・オークが王宮に入ったことはあるのか?」
「どうでしょう。聞いたことはありません。王宮には貴族と近衛騎士、大臣と一部の官僚くらいしか立ち入れませんから。それに、残念ながらカサルさんと同じ生まれの人は王都にもいるかどうか……」
リマは申し訳なさそうに話す。
この国の人々はオークは勿論、ハーフ・オークですら受け入れないというわけだ。閉鎖性で言えば人間はオーク以下と言っていい。
リマは王宮の奥へと進み、大広間を経由して中庭へ、それから2階へと進んで行く。
「大きいでしょう?これだけ広いのに1階は謁見の間と大広間、それに厨房しかありません」
なるほど、メクレブ城は外見は城だが、中身は王宮と言っていい。回廊には彫像や絵画が並び、床石はぴかぴかに磨き上げられている。天井には一体何の必要があるのか分からない、複雑な幾何学模様が彫り込まれている。
「そうだ、カサルに見せたかった物があるんです。こっちです」
リマは廊下に掛けられた絵画の前で立ち止まり、カサルを手招きした。
「ほら!この絵。やっぱりカサルに似てますね」
「そうか?」
絵には真紅のマントを纏い、赤い宝石の嵌め込まれた剣を杖のように突いた男の姿が描かれている。
「ふふふーん。やっぱり、目元なんかそっくり」
「鏡なんざほとんど見ないから、自分では分からないぜ」
「初めてカサルに会った時、この絵から私の王子様が抜け出して来たんじゃないかって、ビックリしたんですよ」
「私の王子様?」
「あっ!と、ほら女の子ってそういうのに憧れるじゃないですか?なんていうか、お伽噺とか王子様とか……だって、この絵かっこいいから」
一瞬、しまったといった体で口を開いたリマは、顔を真っ赤にして照れを隠すように俯いてしまった。
「へ、ほー。それで、この絵の男は誰なんだ?」
リマが見せた仕草にカサルの心拍も上がり、我ながら意味の分からない相槌を打つ。
「ゾ、ゾンダルテ王、今の国王陛下の若かりし頃のお姿なんですって」
「なるほどー。どうりで嫌なツラしていやがるな。会ったことないけどよ」
ぎこちないやり取りを誤魔化すように、カサルは男と同じポーズを取ってみせ、顔をしかめる。
「駄目ですよそんな言い方したら。近衛騎士の人にでも聞かれたら、牢屋に入れられちゃうんですから」
「そいつは困った問題だな。で、そん時はお前が助けてくれるんだろ?」
「え、えぇ?」
他愛のない会話がどうしてこんなに楽しいのだろう。彼女に言われると、牢屋に入れられる事態すらどこか楽しそうに聞こえてくるから不思議だ。
リマが避難民のテントを目にして以来見せていた深刻そうな表情も、幾分和らいだように感じる。やはり我が家に帰り、多少は気が緩んだのか。彼女は歩きながら王宮についてあれこれと説明していく。
2階は応接室や公務で使われる大部屋が並び、3階は騎士の詰所や使用人室があるらしい。
「4階からは王族と世話人と以外は基本的に立入れない決まりなんです。もっとも、私だって王宮の全てに立ち入られるわけじゃないんですけど」
「リマの部屋は何処にあるんだ?」
「えっ?私の部屋は4階です。隅の方すけど……どうしてそんなこと聞くの?」
リマは語尾を弱め、下から覗きこむ様にしてカサルに訪ねた。
「なんでって、お前の部屋に行くこともあるだろうかだよ」
「ひゃふ!」
しゃっくりのような奇怪な呼吸音を発し、リマがびくりと肩を跳ね上げた。
「どっから声出してんだよ。こんだけデカイ城なら、お前の居場所を知っておかないといざって時に困るだろ」
「イ?イザ?イザとはなんです?」
「ああ?国境の村であったろ。お前の周りは何かと物騒だからな」
「あ、ああー。そっちか、なんだそっちか」
リマの眉が上下に複雑に動き、残念がるようなホッとするような何とも読み取れない複雑な表情で独り言のように納得する。
「安心して下さい。私の周りは近衛騎士が警備をしてくれていますから。流石に王宮内でそんな物騒なことは起こりませんよ」
「だといいがなー」
リマは気を取り直すように胸をはり、カサルの不安を払拭する。
「ここが客室です」
木製の重厚な扉を開け、カサルは客室へと案内された。
天井から吊るされたシャンデリアが、室内を照らしている。イスやテーブルなどの調度品はどれも手間暇かけられた逸品で、素手で触るのすら気後れする。
「おいおい、これはいくらなんでも贅沢過ぎだろ」
客室は2間で、隣室にはレースのカーテンを吊るした天蓋付のベットが置かれていた。客室など精々街の宿屋くらいしか知らないカサルは、あまりに豪奢な部屋の作りに驚く。
「このベットなんて、体が埋まっちまうぞ。それにこんな白いシーツを汚しでもしたらどうするんだ」
「そのベットは羽毛で作られているんです。シーツは汚してもいいんですよ。係の人が綺麗な物に替えてくれますから」
「豪華過ぎて落ち着かないな。俺は屋根があって寝場所さえあれば外だって構わないんだぜ?」
「フフ。そんなことさせられるわけ無いじゃないですか。私、みなさんの前でカサルを大切な客人って宣言してるんですよ?」
豪華な部屋に泊まらされても、丸太小屋で育ったカサルにしてみれば居心地が悪いだけなのだ。しかし、困惑するカサルをリマは楽しそうに眺めている。
「仕方がない、今日はここに泊めてもらうぜ」
「今日だけと言わずに、何日でもいて下さい」
「そういう訳にもいかないだろ。用がするんだら……」
「用がすんだら、どうするんですか?」
リマに覗き込む様に尋ねられ、カサルは自分が先のことなど何一つとして決めていなかったことに気づく。
父が死んだ真相を知った後、やることと言えばドルフに弓製作代金を返しに行くことくらいしか無い。しかし、今生の別れのつもりで旅立ったのに、1年もせずに顔を見せるのはなんともバツが悪い。
「まあ、おいおい考えるよ」
「そうですか」
今後の予定が無いことを暗に伝えたカサル。リマは先の予定が無いことに安堵するように、小さく息を吐き胸に手を当てた。
「それで、今日なんですが、夜は広間で食事会のような形になると思うんです。カサルにも参加してもらいたいのだけど……」
「ああ、俺は無理だな。マスクをして飯を食べるわけにはいかないだろ」
「そう、なんですよね」
「お前が暗い顔することないだろ。俺が周りからどう見らるかは十分承知している」
ハーフ・オークを見かけないこの都で、人々がどんな反応をするかは想像が着く。
わざわざ自分から望んでそんな目に晒される必要も無い。このことでリマが落ち込むのはもう何度目か。
「俺のことでそんな風に落ち込むのはもう止めろ。どうにもならない立場の違いってのはあるもんだ。ましてお前は王女だ」
「それでも私は……」
リマはそこまで言うと俯いて言葉を飲み込んだ。重厚な石で造られた城の一室は周りの音を遮り、静寂の中で微かにリマの呼吸音だけが聞こえる。
「いいんだよ。全部がそんなじゃないってことは俺だってもう理解してる。お前やシーガルが、その、なんだ、あれだよ、俺を友と呼んでくれたことは感謝もしてる」
どうにもこの“友”という単語を口にするのは気恥ずかしい。少しはシーガルを見習うべきか。果たして、こんな拙い言い方でリマに気持ちが伝わってくれただろうか。
「そうですね。分かりました。きっとあなたの良さは誰にでも伝わります。だから私も微力ながら一緒にお手伝いします!」
「お?そういうことなのか?」
カサルは全ての人間を嫌っている訳では無いし、また嫌われているわけでも無い。リマとシーガルがそのことを教えてくれた。それで十分だと言う意味を伝えたかったのだが、リマから感じるニュアンスはどうも違う。
だが、いつもの明るさを取り戻した彼女を見ていると、そんなことは些末だと気付く。




