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裸を見られるのを恥じらうものなのです

カサルは谷の上層階にあるという風呂へ向かった。


谷には5つ風呂場があるらしく、上層にある風呂は主に来客用として使われているらしい。


認識阻害の術街用いて人間を寄せ付けない排他的なエルフに、来客などあるのかと訝しく思うが、たまには自分達のような珍客もいるということだろうか。


エルフの谷は上層階に行くほど人影がまばらになり、風呂場への案内板など設けられているわけも無いので道に迷わされた。


谷をくり抜いて作られた住居は立体迷路のようで、方向感覚を失いやすい。途中すれ違ったエルフの女に場所を尋ね、ようやく風呂場へとたどり着くことができた。


昨日はあれほどすれ違うエルフ達から嫌な顔で見られたが、今日の女はそんな素振りも見せず、親切に風呂場を教えてくれた。これも弓勝負の効果ということだろうか。


風呂場の入り口には案内も無く、言われなければ気づかない。ただ、辺りの空気に風呂特有の湿気が感じられた。


木製の扉を開け、風呂場の中に入るとまずは脱衣所があった。室内に入ると湿度がさらに増し、肺の奥まで水蒸気が充満するような錯覚を感じる。脱衣所は客間にある寝室程度の狭い部屋で、植物の蔓を編んで作られた蓋付の籠が床に並べられているだけの簡素な作りだ。


(風呂に浸かるのなんて、碧い森で温泉に浸かって以来だな)


旅の途中ではリマが随分と整容に気をまわしていたが、カサルも最低限の礼儀として、湯あみや水浴びは可能な限りしていた。


もっとも湯あみといっても、せいぜいが湯桶にはったお湯で体を拭う程度のものだったから、入浴と呼べるようなものではない。


カサルは着ていた外套や帽子を籠に入れると、素っ裸になって手拭い一つを手に持ち、前も隠さず浴室への扉を開けた。


「オイオイ、気合が入り過ぎだろこの風呂は」


カサルが初めて目にする風呂場は屋外の温泉とは似ても似つかぬものだった。


岩を削り出して作られた大きな浴槽は泳げるほど広く。壁面に開けられた給湯口からは湯気を上げながら絶えずお湯が流れ出ていた。浴室には大きな窓もあり、外から西陽が射し込み、湯気に光線を照らし出している。


カサルは浴室の隅に置かれた桶に手拭いを放置すると、作法も何もなく勢いよく湯船に浸かる。


「あー、堪らん!」


長旅で疲れた体に、湯が回復薬のように染みる。


(まさか、こんな所に来て風呂に浸かることになるとはな……)


ここまでの道程を思い出し、感慨にふける。


(友、友か。人間からそんな風に言われるなんて初めてだな)


カサルは両手で湯を掬い上げ、バシャバシャと顔を洗う。


その時、浴室の隅から別の水音が聞こえた。今まで気付かなかったが、どうやら先客がいたらしい。白い小さな影が揺らめく。


「かかかか」


(か?)


「カルル!」


(噛んだな)


白い影はリマだった。


彼女は白い入浴用の薄手の衣を着て、逃げるように湯船の隅に縮こまり、慌ててカサルに背を向けて首まで湯に浸かる。


「おう、お前も風呂に入ってたのか」


カサルは普段と変わらなない態度で、背中を向けるリマに話しかけた。


「なななな、なんでカサルがここにいるの?」


「なんでって、風呂に入るために決まってんだろう」


「そ、それはそうなんだけど、でも私も先に入っていて」


「ああ、邪魔する気はないぜ。ゆっくりしろよ」


「そ、そういう問題じゃないんです!」


「なんだ?じゃあ、どういう問題だっていうんだ」


カサルにはリマが慌てる理由が分からない。


いつもはノンビリしたところさえ感じさせる彼女が、たまにこういう態度を見せるから不思議だ。一方のリマはまるで悪びれないカサルの扱いに困った様子で、身動きも取らずに背を向けたままだ。


「と、年頃の女性というものはですね、殿方にその、裸を見られるのを恥じらうものなのです」


「そうか、そりゃ悪かったな。でも今はその白いの着てるじゃねーか」


「でででもですよ!それでも恥ずかしいんです!」


リマの白い肌は桜の花びらのようにほんのり赤く色付いている。


「リマ、何にも恥ずかしがることはないぞ。お前は綺麗だ」


「き!」


先ほどのシーガルに倣い、自分も思ったことは口にしなければとカサルはリマを褒めた。リマの肌の赤みが一気に増していく。


「ほ、本当ですか?」


「ああ、本当だ」


リマはしばらく間を開けると、ゴクリと唾を飲み込んでからゆっくりとカサルに振り返った。リマは視線をカサルから外していたが、顔は上気し、その姿はいつにも増して、なまめかしく美しい。カサルは思わず目を奪われた。


さっきは別にお世辞を言ったつもりはない。しかし、リマは先ほど自分が発した言葉以上に美しかった。


「ま、まあ、なんだ。俺も風呂の作法とかにはまるで疎いから、嫌な思いをさせたなら悪かったな」


「い、いえいえ。嫌な思いはしてないの」


「ならいいんだが」


普段は会話など無くとも気に留めないが、この沈黙の気まずさは何だろう。


「私、大分お湯に浸かっていたのでのぼせそうです。先にあがりますね」


リマは首まで湯船に浸かったまま、湯の中を移動して縁で立ち上がる。


白い薄手の衣が湯で肌に張り付き、彼女の細い体のラインがカサルの前に一瞬だけ晒された。リマは急いで湯船から上がると、小走りで脱衣所へと向かった。


彼女の裸体を想像させるその姿に、カサルは一瞬で体中に血が駆け巡るような熱さを感じた。湯にのぼせたという訳でもないだろうに、胸は大きく高鳴っている。


「もしかして、恥ずかしいってのはこういうことか?」


生まれて初めて感じる動悸に、カサルは先ほどの少女の発言の意味が理解出来たような気がした。

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