どうして父がそんな所で
弓勝負が終わり、谷でちょっとした有名人になったカサルは、エルフから向けられる好奇の目を逃れるように客間へと引き込んだ。
部屋にいてもやることなど限られ、いつにもまして弓の手入れに時間を掛ける。シーガルはテーブルで手入れをするカサルの向かいに腰を下ろし、もう見慣れたであろうカサルの手元をぼんやりと見ている。
「僕は以前から君に聞きたいことがあったんだ」
「なんだよ、改まって」
「以前、君の父親は騎士だとって言っていたな」
「ああ、そのことか。確かに、ハーフ・オークの父が騎士ってのは変な話ではあるか」
そう言えば、巡礼道の道中でお互いの身の上話をしたことがあった。疑問があるとすればその点か。ちゃんと説明をしておいた方がいいだろう。
「父と言っても、実際に血の繋がりはない。育ての親、そういう意味での父だ」
「そうか。そういうことなら合点もいく。で、騎士というからには、どこかの王家に使えていたのだろ?」
「ああ、父はヴォルクス王国の騎士だったそうだ」
「なんと!君の父君は我が国の騎士だったのか。では僕の先輩にあたるということか」
「んん?そうか、そういうことになるか。そこそこの立場にいたらしいぜ昔は」
「で、あれば僕も名前くらいは知っているかもしれないな。教えてくれ」
「ラダック・バルディスタだ」
「ん?」
シーガルは立ち上がると、何か言い掛けて口を開けたまま立ち尽くしている。
「なんだ、父の名前を知っていたのか?」
「いや、確か……でも、それじゃ話が合わない」
「なんだ、含みのありそうな言い方だな」
18年前に国から逃亡したとはいえ、それなりの地位にあったのであれば何処かに記録ぐらいは残っていてもおかしく無い。カサルは昔の父がどのように後世の騎士に知られているのか興味を覚えた。
「父は死んだと言っていたな。それはいつだ?」
「なんだ、それが関係しているのか?父が死んだのは5年前だ」
「同姓同名?いや、ありえないことだ」
「何を言っている?もっと分かりやすく話せ」
シーガルはしばらくの間口元に手を当てたまま、ブツブツと何事かを呟いていたが、記憶を整理し終えた様に話しを始める。
「ラダック・バルディスタという人物は5年前に王都メクレブで亡くなっている」
「は?」
この騎士は何を言いいだすのだろうか。谷に落ちて死んだ父が、どうして王都でまた死ななければならないのか。
「言っている意味が分からないぞ。どうして父がそんな所で死ななければならない」
「意味が分からないのは僕も同じだ。だが、確かにその名の人物は5年前に処刑された」
「処刑?何が起きたって言うんだ」
「僕が知っているのは「国家反逆の咎により処刑する」という勅令が発せられたことだけだ。過去に「左隊長」の地位にあった人物の処刑は、僕らの間でも噂に上がったが、まだ騎士の養成課程にいた僕に詳細を知ることは出来ない」
「左隊長……」
ヴォルクス王国騎士団では第4位に相当する地位だ。母が生前の父の位をそのように語っていたことを覚えている。同姓同名で地位も同じ、そんな偶然はありえないだろう。
では何故、谷で死んだはずの父が王都で処刑されなければならないのか。
「詳しく知る方法はないのか?」
「法廷で裁かれたのなら、公式記録も残っているから閲覧は可能だろう。だが、騎士は国王陛下直属の近衛兵、法廷では裁けない。騎士を裁けるのは騎士団と陛下だけ、その記録も公開されることは無い」
「となると、人づてに聞くしかないのか。リマは何か知らないのか?」
「確かにリマ様は現在騎士の叙任行為を代行なさっているが、当時はまだ11歳で代行はされていない。稀に騎士団に警護されることはあったとしても、事情まで知っているかどうか」
「そうか、リマからの情報は望みは薄か。となると」
「ああ、当時のことを詳しく知る人物を探しあてればあるいは。騎士団には君の父を知る人物は何人かいるだろう」
「そうか……」
確かにカサルにはいくつか腑に落ちなかった点があった。
谷底に落ちたという父の遺体は見つけられなかったし、探しに行くと言い出したカサルを母が引き留めたのも印象的だった。そしてなにより、自分に狩りや剣術を教えてくれた、あの強かった父が谷に足を滑らせなどするだろうか。
想いもかけぬ形で浮上した父の死の謎。
カサルが考えこむ様子に、シーガルは思案気な顔を浮かべる。
「行かないか?王都に」
「王都に?そうは言ってもな」
どうすべきか考え込んでいたカサルに答えを提示したのはシーガルだった。
王都行きはカサルの頭にも浮かばないでは無かったが、ハーフ・オークの己が行ったところで出来ることはしれている。
「まさか、自分一人で真相を知ろうなんて思ってるんじゃあるまいな?リマ様や僕が君に手を貸さないわけがないだろう」
「え?」
「なんだよ、意外そうな顔して。父上が亡くなった真相を知りたいのだろう?王都に来れば何か分かるだろう。それに“国家反逆罪”などと言う不名誉を着せられては、気にするなという方が無理だ」
「いや、そんなことはないんだが」
正直、国家反逆罪などはどうでもよかった。自分の父が不実な人間では無いことは疑う余地もないし、人間の王国にどのような評価を付けられたとて、己と母の父に対する評価は揺るがない。
だが、父が死んだ真相について知りたいと言う気持ちは確かにある。
「友に手を貸すのは当然だ。少しは僕たちにも甘えてくれ」
シーガルは照れる様子もなく、真摯な眼差しをカサルに向ける。
「まったく、大げさなんだよお前は。風呂に行ってくる」
こんな時、どんな顔をすればいいのか分からない。カサルは照れる自分を悟られまいと、部屋を出て行った。
よくもまあ、あんな恥ずかしい台詞が言えるものだ。
とは言え、あんな風に真っ直ぐに言われて悪い気がするはずもない。シーガルの気持ちは十分伝わった。人には時としてそうやってハッキリと思いを口することが必要なのだろう。カサルは教えられた。