狩人はそうでなくちゃな
結局、弓勝負は殺傷力を落した石矢を用いて行うこととなった。
観衆を風車前の広場に残し、カサルとカリキュラは谷に縦横に張り巡らされた吊り橋と梯子を舞台に戦う。二人は谷の上流側と下流側の外れで待機し、開始の合図を受けてからお互いを標的に狩りを始める。居住部である崖への侵入は禁止、矢は各自5本だけ支給される。
「カサルさん。あなたはこの谷の地理に不慣れだ。よって上流と下流、どちらに着くか優先的に決めてもらおう。カリキュラもそれでよいな」
「ええ、構いませんよ。もっとハンデを与えたいくらいです」
モラエスの配慮により、開始時の場所はカサルが選ぶ。谷は吊り橋と梯子が複雑に入り組み、画一的に並んでいるわけではない。
「そいつはどうも。……それじゃあ、上流側を選ばせてもらおう」
「風上側か、賢明な判断だな。もっとも、俺にはその程度は不利にもならないけどな」
カリキュラはフフンと鼻で笑い、場所の優劣など歯牙にもかけないといった様子だ。もっとも、カサルが上流側を選択した理由はそれではなかった。
「用意!」
モラエスの合図で、二人は上層の定められた場所まで移動し、開始の合図が掛かり次第戦いが始まる。
昨日、谷を一通り歩き回りおおよその構造を把握してあると言っても、地の利は谷を知り尽くしたカリキュラにある。カサルはハンデを背負わされて戦っているようなものだ。
カサルは所定の位置に着き、谷の全景を見廻して確認していく。風車と広場を挟んで谷の上流側にカサル、下流側にカリキュラが陣取った格好だ。風車が障害物となって、互いの姿を確認することは出来ない。
「始め!」
モラエスの叫びが谷に響き、早くも戦いの開始が告げられた。その瞬間、回る風車の羽の間からカリキュラが姿を現し矢を放つ。
(あぶなっ!)
矢は100メトル先から、一直線にカサルの顔面へと飛来する。カサルはこれを仰け反るように躱し、吊り橋に腹這いになった。
しかし、休む暇などカリキュラは与えてくれない。すぐさま2射目が頭部へと飛来し、エビ反りになって避けたカサルの顎の下を飛び去っていく。
「良い腕してやがるぜ、あの野郎!」
思い切りもいいし、狙いも恐ろしく正確だ。揺れる吊り橋と、風車で渦巻く風を物ともせずに、2射ともカサルの頭部を打ち抜こうとしている。たとえ先端が丸まった石矢といえど、頭部に直撃をされたら唯では済まない。
カリキュラは2矢目を射終えると、風車の回転する羽が作り出す死角に紛れるように姿を消していた。
状況はカサルの不利。谷を知り尽くしているカリキュラ相手に、この場に留まり続けても一方的に矢を射かけられかねない。
「まったく、酷い場所だぜここは!」
カサルはユニコンーンを腰に下げ、全速力で谷の上流から下流へと縦走する吊り橋を駆け出した。
吊り橋は蹴り足の反動で大きく波打ち、カサルの体を跳ね上げる。そして視界のはるか前方、風車羽の間から顔を出したカリキュラが、向かって来るカサルに弓を射かけた。
「良い判断だ!それにエゲツナイ」
吊り橋に跳ね上げられたカサルの頭部に、絶妙のタイミングで矢が飛来する。
「だが、素直すぎる!」
カサルは体を跳ね上げられ際に曲げ、体勢を変えることで避けた。矢が頬を掠めるように飛び去る。
カリキュラの扱う身の丈のほどの長弓は、引き絞るのに時間が掛かる。そのため、狙い放つ動作を視認出来れば、軌道を予測して避けることは可能だ。カサルは恐ろしく正確なカリキュラの弓の腕を信頼することで、飛来場所を予測した。
「お前の居場所は観客が教えてくれる!」
カサルが上流側を選んだ理由の一つに、観衆のいる広場が風車を隔てた下流側にあることだ。広場に集まった観衆は当然カリキュラを応援し、彼の行動を目で追う。その頭部の動きと目線で、カサルは大よそのカリキュラの位置を把握する。彼等を探査装置として利用することで、死角から現れて狙い放つ動作を見逃さなかった。
そしてもう一つの理由。
谷のほぼ中間に位置している風車、それを形作る巨大な6枚の羽に最も近づける足場が上流側にあった。そこがカサルの目的地だ。
(あの足場、あそこから跳べばギリギリ風車の羽に飛び移れる!)
風車や広場という死角を作り出す障害物に邪魔されず、谷を一望できる唯一の高所。それが、風車の羽先端が最上部に達した時だ。その場から一射でカリキュラを仕留める。
(あいつら何処を見てる?)
カサルが突出した足場に辿り着き、そのまま跳躍をしようとした時、異変に気が付いた。
広場に集まった観衆が、体を半回転させるようにして下流の端から風車の上部へと視線を巡らした。カサルがその視線を追って上を見上げる。
(!)
何故あいつがそこにいる。風車の最上部、羽の先端に足を絡ませて上流側に姿を現すカリキュラ。ありえない移動だ。ほぼ瞬時にして谷の下流側から、中間に位置する風車へと移動したことになる。
(あの野郎!)
カサルはやろうとしていたことを先にやられた。
カリキュラは弓を引き絞り、矢を放つ体制を既に終えている。このままカサルが風車の羽に跳べば、張り付いた瞬間を射られる。羽に跳び付くために助走を取っていたカサルは、足場で停止することも出来ない。
「やってくれる!」
瞬時の判断。カサルは風車の羽ではなく、谷に跳びこむように下方へ向けて跳躍した。その直後に放たれたカリキュラの矢は、カサルの眼前を通り谷底へと消えていく。
広場からは悲鳴が起こり、谷に飲み込まれようとするカサルの姿に観衆が目を覆い隠す。
吊り橋には届かない、着地をすることは不可能だ。だがカサルの狙いはそこではない。吊り橋を支えるために横に張り出したロープ、そこに両手を伸ばしてしがみ付いた。
吊り橋が大きく揺れ、回転するようになんども暴れ回る。カサルは吊り橋の橋板裏側に張り付くように回り込み、カリキュラの矢から身を隠す。
「流石に、2度はやりたくねーぞ!」
カサルは大きな息を何度も吐き、脇からは大量の汗が滲む。出来ると確信していたからやった行為。それでも寿命が縮まる思いに変わりはない。
カサルは周囲を見回し、谷の上層が見渡せる足場を見つけ、吊り橋の裏側を蜘蛛のように張り付いて進み飛び移った。流石に一連の動作でかなりの体力を消耗した。
カサルは呼吸を整えながらも、上層に位置するカリキュラへの警戒は怠らない。
(谷を見渡せる風車に立って、地の利は完全にあいつが掌握した。こっちの優位性は残矢とそれに……)
カサルはユニコーンの矢柄をギュッと握る。
「あの野郎も、簡単には射てこれないだろ」
カサルの位置からは見えないが、カリキュラはまだ風車に留まっている。彼の大よその位置は観衆が教えてくれている。
風車からカサルの立つ足場まで狙撃することは容易。しかし、カリキュラがそれをしてこないのは、避けられる可能性が高いと踏んでいるから。
カリキュラに残された矢はあと1本。それを外せば彼に勝ちは無くなる。矢を射てくる時は、確実に仕留められると確信した時しかないはずだ。問題はそれがいつかということ。
(安全な場所から一方的に攻撃することが弓の優位性。奴が俺なら……手と足を使えずに、攻撃も回避も困難な梯子の登り際を狙う!)
カサルのいる下層から、風車に隠れるカリキュラを狙い撃つことはほぼ不可能。勝つためにはどうしても梯子を使って上層へ向かわなければならない。
「くくく。いいぜ、そのイヤラシさ。狩人はそうでなくちゃな」
カサルは笑みを浮かべて風車を見上げる。




