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狩りをしようぜ、俺とコイツで

広場はエルフが十重二十重に取り囲み、勝負が始まるのを待っていた。


「うお、こんなに沢山。よっぽどエルフは娯楽がないの?広場が落ちなきゃいいが」


集まっているのは二〇〇人は超えているだろう。カサルが広場に入ると人垣が割れていく。中央ではエルフの少女と、従者の二人が待ち構えていた。


「よくぞ参った、ハーフ・オーク。逃げずに来たことだけは褒めてつかわす。改めて名乗ろう、我はエルフの姫パラミライ」


「昨日は名乗りも上げずに失礼した。私は姫の従者を務めるモラエスと申す者。此度の勝負、エルフの名誉に誓い公正な勝負をすることを誓おう」


尊大な態度で上機嫌なパラミライと、慇懃に出迎える男。この姫の従者にしては随分とまともだ。この姫の相手が務まるのは同レベルの人間か、逆に出来た人物のどちらかだろう。


「カサルだ。まったく、ことを大げさにしやがって。ちゃっちゃと終わらせて引きあげさせてもらうぜ」


不満を漏らすと、横で身の丈程の長弓を手に控えていたカリキュラが、不敵な笑みを浮かべ割り込んでくる。


「大した自身だな、ハーフ・オーク。もっとも、心配しなくても俺がさっさと負かしてやるから安心しろ」


「自身も何も無い。他人の腕前など知ったことか。行きがかり上やらざるをえない、それだけだ」


「それぐらいにしておけ二人とも。舌戦よりも、やるべきことがあろう」


「フフフ、サービスですよ、モラエスさん。観衆も集まってるんだ、楽しませてやらなきゃー」


カリキュラの言う通り、遠巻きにこちらを見る観衆の喧騒は増し、さながらお祭りのようだ。


「早う始めいモラエス。皆も待ち焦がれておるぞ、ハーフ・オークが無様に負ける瞬間をな。オーホッホホホ」


「分かりました」


高笑いをするパラミライはカリキュラの勝利を信じて疑わない。観衆の手前に腕組みをして陣取る。


「弓の勝負は三本立てとする。1つ心当て。1つ早当て。1つ動当て。各種目で勝ち負けを決め、2本以上勝ったものを勝者とする。異論は無いな?」


「は?お前たちの言う弓勝負ってのはそういうことだったのか?」


「どういう意味だ?」


「これじゃーなんというか……そう、まったくのお遊びだ」


「競技というのはそういうものだ」


眉を潜めるモラエスを素通りし、カサルはパラミライまで歩み寄り、腰を曲げて顔を近づける。


「オチビちゃん、弓ってのはよ、確かに練習で的に当てたりする。だが、そんなものをいくら競ったところで、弓の本質とは何ら関係ない」


「何を言っておるのじゃ?意味がわからんぞ?」


パラミライはきょとんとした顔で首を捻る。


「では、あなたは何を希望する」


主に代わって尋ねたモラエスがに、カサルは親指をくいっとカリキュラに向ける。


「勝負なんだろ?狩りをしようぜ。俺とコイツ、互いを獲物に見立ててな。弓本来の目的は獲物を仕留めることだ。それでシロクロはっきり付けようぜ」


「真剣勝負?面白そうじゃの!よしモラエス、方法を変更せい!阿呆なハーフ・オークの申しで通りに闘って、コテンパンに叩きのめしてやれ!」


「なりません!姫様!あなたは真剣という言葉の意味を分かっておいででない!」


「我に刃向う気かモラエス!やれと言うたらやるのじゃ!」


パラミライは従者の言うことに耳を貸さず、広場を取り囲んだ観衆に両手を広げる。


「谷の者達よ、今から行うのは真剣勝負じゃ!カリキュラがハーフ・オークの豚を叩きのめしてくれる。期待するがよい!」


喚声が湧き上がり、広場の熱が増していく。観衆を味方に付けるなど、なかなかに姫も強かだ。モラエスは言葉を飲み込むようにして顔をしかめた。普段の苦労も相当なものだろう。


カサルは不敵に笑い、パラミライの耳に口を近づけ囁く。


「喜びなオチビちゃん。この勝負、お前の家来が勝てば俺が死ぬ。よかったな目障りな豚が消えていなくなるぞ。もっとも、俺が勝てば家来は死ぬけどな」


「え?死?な、何をいうておるのじゃ?」


物騒な言葉を告げられ、得意だったパラミライが色を失くした。


「真剣勝負とはそういうことなのですよ、姫。狩りとは獲物を仕留め、命を奪うもの、遊びではありません」


モラエスは真剣勝負本来の意味を理解していない姫に、噛んで含めるように説明した。人間の貴族には狩りを遊びとする風習があるらしいが、少なくともカサルにそんな気は無い。それはエルフにとっても同じらしい。


パラミライは今更ことの重大さに気づいたのか、懇願するような目でモラエスを見上げた。


(そうだぜ。弓勝負何て遊びですることじゃ無い。さっさと撤回しちまいな)


「俺はそれで構いませんよモラエスさん。このハーフ・オークは大そう自信があるようじゃないですか。叩きのめす甲斐があるってものです」


気乗りのしない勝負を回避できればしめた物だったが、そうは上手くいかない。カリキュラは長弓を手に、カサルを見下すように笑った。


「姫様、ご安心ください。エルフの弓が、オークごときに後れを取ることはありません」


「ぬ?そうじゃな、そうであるな!心配する必要はないな?」


カリキュラの自信に満ちた顔に、パラミライが元気を取り戻す。


「分かったわい!しかし、条件がある。それを飲めばこの勝負を認めよう!」

モラエスは憤慨したように叫び、勝負の準備をしている男たちに命じて矢を持ってこさせる。


「これはなんだ?」


カサルが渡されたのは矢じりが金属ではなく、繭型をした石で出来ている矢だった。


「それは特殊な的当てに使う。飛距離は通常よりもわずかに落ちるが、命中精度に遜色は無い」


「なるほど、考えたな。これなら当たっても致命傷にはならない」


「当たり前だ!谷で殺し合いなどさせられるか!姫もカリキュラも、この石矢を使った闘いで納得せぬなら勝負は認めん!」


「わ、分かったわい。どうせ勝つのはカリキュラじゃ」


モラエスがずいっと前に歩み出て仁王立ちすると、パラミライはどこかホッとしたように、石矢の使用を認めた。



「何事ですこの騒ぎは」


ざわつく広場に見咎めるような声が響いた。イエイライだ。群衆を割ってパラミライの後方に立っている。それだけではない、後ろにはリマとシーガルの姿もあるではないか。


(そんな顔をしないでくれよ)


リマは心配そうな顔をカサルに向けていた。


カサルには勝負を断れない事情はあるが、昨夜はそこまでの事情は伝えていない。いらぬ心配をさせているのかと思うと、会談に口を挟んだ後のような申し訳ない気持ちが込みあげる。


イエイライの尋ねに応じモラエスが事情を説明した。事情を何も聞かされていなかっのか、眉間に皺を寄せ、観衆の顔を見廻してからパラミライにジロリと視線を向けた。


流石の姫も父親は苦手なのか、肩をすくめて縮こまる。


「リマ様からことの起こりを聞き、まさかと思って来てみれば……。仕方ない、後はモラエスにませかせよう」


(本気かよ……)


イエイライは眉間の皺を摩りながら、小さく息を吐いて弓勝負を認めた。てっきり止めに来ることを期待したカサルは、肩すかしをくらって天を仰ぐ。


モラエスはリマに近づき、同じように事情を説明した。その話を聞き終えると、リマはきゅっと口を結んでカサルの側に歩み寄る。


「あの方から事情を伺いました。あなたは私のために戦ってくれるのですね」


「はぁ、あの野郎……。人が隠してたっていうのに」


伏し目がちなリマは自分に原因の一端があると感じているのかもしれない。そんな表情をさせないために事情を伏せていたのだ。


「勝ってください……」


「は?」


「勝って!この谷の人達にカサルの凄さを見せつけて下さい!」


「リマ様の臣下が、負けるわけにはいかないね」


リマは心配そうな表情を消し去り、ぎゅっと拳を握り笑顔を作った。そこにシーガルが皮肉っぽく加わる。完全な敵地と思っていたエルフの谷に、現れた頼もしい味方。


「は、しょうがねーな。それじゃあ、ひとつやってやるよ」


リマの笑顔と信頼しきった真っ直ぐな瞳が、冷めきっていたカサルに火を灯した。

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