大臣の野心 3
メルツ大臣の元には毎日国中から様々な報告が寄せられる。良い報告などというものは年に1、2度あればいいほうで、9分9厘は悪い報告かどうでもいい報告が占めている。
つまりメルツは1年、中聞きたくもない報告を聞かせれているというわけだ。
王女が国境からエルフの谷へ向かって後。王都の西にある街バーグが、新たにオークの手に落ちた。
すでに領土の半分近くを失ったことになるヴォルクス王国の都には、オークの支配を逃れて多くの避難民が押し寄せた。
だが、今の王都には彼らを受け入れるだけの住居や仕事も無い。市街に納まりきらなくなった人々は市壁の外でキャンプ生活を送り、王都の治安も急激に悪化していた。
メルツは今や王都で一番忙しい人間だ。
国王に代わって官僚を取りまとめ、様々な国務に関する指示を出す。陳情ばかりで何もできない貴族達をなだめすかし、時には脅し言うことを聞かせる。オークになんとか取り入ろうとする商工ギルドを強権的に繋ぎ止め、王国の経済基盤が損なわれないように計らう。
政治だけでは無い、軍事面に置いても忙しい。
軍の最高指揮権は未だに病床の国王にある。6つあった大隊の指揮官はそれぞれの思惑で動こうとする。メルツに取り入ろうとする者、リマを次期国王と見立てる者、日和見を決め込む者、それらを取りまとめオークに当たらせなければならない。
しかし、そんな多忙のメルツが、他の用事を差し置いて面会する人物がいた。部下のシンだ。
「そのマント、お気に召しませんでしたか?」
シンは執務室のコート掛けに、掛けられたままになっている真紅のマントを見ていた。
「恐れ多いぞ、王たる証の真紅など。誰かに見られれば余計な誤解を与えかねん」
「閣下にはその資格があると、皆承知しておりましょう」
「世辞はいい。そんなことを申しに来たわけではあるまい。なぜ持ち場を離れ帰都した?」
彼はリマが国境の村に現れしだい護衛をすると言う名目で、兵を付近に駐屯させているはずだ。にも拘らず、彼はその任を放棄するように兵と共に早々に王都へ帰還した。
「はい。数日前に王都より近衛騎士の一行が現れ、王女を護衛し王都に帰還すべく待機しました」
「騎士が故郷の村に現れた?人数は?」
「はい。副団長以下30名。全員騎馬で武装をしています」
「騎士の半数か。随分と思い切ったことをする。それでは私が派遣した兵は用済み。武装した近衛騎士とあらば、はぐれオークの襲撃とて防ぎきれよう」
「はい。故に我らは撤退しました」
「あの人を疑うことの無いような王女殿下が、それ程の人数を動かしたとは思えんな……。そうか、ギャッツァ家の若造か。奴が国境の村を出る際に団長に文でも託した。でなければ辻褄があわん」
2度に亘る襲撃を受けた若き騎士は、それが王女殿下を狙ったものと判断した。そして、帰路の安全を確保すべく、近衛騎士団へ報告を行い後事を託したと言うわけだ。
「フッ。抜け目の無いことではないか。余程に私が信用出来ないとみえる」
「如何なさいますか?」
「如何もあるまい。王国最強の騎士団が現れたのだ。私の差し向けた兵など用を成さん。早々に撤退させろ。誤解を与えかねないからな」
「誤解ですか……承知しました」
シンはメルツから指示を受けると、両耳の大きなピアスを揺らし、早々に執務室を出て行った。
「王女殿下が無事であれば、王都への帰還は確実。であるなら、計画を実行しなければなるまいな」
メルツは眉間に力を込めると、執務室の窓から市街の様子を眺めた。宮廷から繋がる目抜き通りには沢山の避難民が座り込み、物乞いのように行きかう貴族に手を差し出していた。




