第74話 異郷の邂逅者
「はい、OKでーす!!篠咲さんオールアップです!!」
「ありがとうございましたー!!」
ニューヨークに来て今日で4日目。
アイドルらしく可愛らしい挨拶でスタッフさんに挨拶していく篠咲を尻目に、オレはプロデューサーさんと一緒に撮影を見守っていた。
どうやら仕事とはドラマと映画の撮影だったらしく、今日のこの1シーンで映画の撮影が終わったらしい。
ドラマの撮影?昨日で終わったよ。
オレが寝ている間にね。
んで、明日のフライトまで時間があるのでそれまでは自由時間となる。
ほんの数日しかいなかったけど、野球以外ほとんど何も知らなかったオレにとってはいい意味で刺激を貰った。
何だかんだいって篠咲も頑張ってんだなぁ…。
「あ、楠瀬くん?このあと夕方辺りからちょーっと個人的に行きたいところがあるんだけど時間いいかな?ちなみに、玲奈の意見はもう聞いているからさ。」
突如プロデューサーさんがオレの肩を叩き、耳打ちしてきた。
「いいですけど………何処へ行かれるのです?」
「ついてくれば分かるさ。」
………?
「ここだ。」
「うわー…。おっきーい…。」
夕方時のバスに揺られて数十分、プロデューサーさんに連れられて来られた場所はメジャーリーグでニューヨークを本拠地としているチームのグラウンドだ。
「さぁ、行こう。」
「行くって………?」
「決まってるじゃないか。この中だよ。」
「今日は試合ない日じゃ…。」
「高校生が気にすることじゃないよ。ホラ、入って入って。管理人さんには話つけてて、このグラウンドの中で待たせてる人がいるんだから。」
え………えぇ?
オレはプロデューサーさんに背中を押され、スタジアムに入っていった。
『やぁグリフィー!!久し振りだな!!!』
『うおっ!?誰かと思えばPじゃねぇか!!元気にしてたかよ!?』
『あったりめぇだろ!?オレが元気じゃねぇのは精々不治の病になったときぐらいだぜ!?』
『『ハハハハハ!!!』』
スタジアムに入ると、プロデューサーさんの目的の相手がいてすぐさまプロデューサーさんは話し掛けていた。
目の前には5ツール揃った今やメジャーリーグ最高の外野手と呼び声高いC.グリフィー選手と、グリフィー選手と何やら親しげに話し込むプロデューサーさんの姿があった。
『ところでお前の隣に立っているガッシリした男は誰なんだい?見たところ何かスポーツをやってるみたいだけど?』
グリフィーさん(選手っていうのめんどくなった)が、オレの姿を見てからプロデューサーさんに何者かを聞いているみたいだった。
『おっと忘れてた!紹介するよ!彼は楠瀬 拓海くんって言って、甲子園っていう大会で日本の高校生でNo.1に輝いたピッチャーなんだ。』
『へぇ、No.1ねぇ………。』
No.1という単語に反応したグリフィーさんが、オレの身体を品定めするような目付きで睨み付けてくる。
こ………怖ぇ。
『ヘイ、タクミ。』
『はい?って…うわっ!?』
グリフィーさんがベンチに戻ったと思ったら、すぐ出てきてオレに何かを投げてきた。
慌ててキャッチし、その正体を見てみると…グラブ?
『どうだい?軽くキャッチボールでもしないかい?』
プロデューサーさんと篠咲はスタジアム見学に行ってしまい、グラウンドの中にはオレとグリフィーさんだけだ。
『へぇ…、つまり日本のプロベースボールリーグで投げている自分がイメージできない…と。』
会話混じりだからか、軽く放ってるように見えるけど肩が非常に強いグリフィーさんのボールは手元で急激に伸びてくる。
これがメジャーリーグ最高の外野手のボール…。
『はい………。ただ野球が好きってだけでここまできて、いざ自分で決めなきゃいけないっていう立場になって夢が見つからなくて…。』
オレはしっかりとボールを握り、キレイなバックスピンをかけたボールで投げ返す。
『キミは相当悩んでたみたいだし、ボクもそういう時期があったからよく分かるさ。今いる環境を変えてみてもいいんじゃないかな?』
『え?』
投げ返してきたボールと共に返ってきた言葉に驚き、思わず動きを止めてしまう。
『ニホンでそう悩むくらいならメジャーリーグに挑戦するという道もありなんじゃないかな?』
挑戦…か。確かにオレにはそんな道全く頭に無かった。
だけど、高卒でメジャーに挑戦なんて聞いたことがないぞ…?
『キミはボクが見てきた中で最も優れているピッチャーだというのが分かる。タクミ クスノセという名前が知らないここメジャーの世界に挑戦するというのも1つの手段だとボクは思うけどな…。』
『………。』
『まぁあとはキミの意思だ。ニホンに留まるのもよし。メジャーに挑戦するもよし。はたまたベースボールを辞めるのもよし。ボクはキミの選んだ道を決して否定したりはしないさ。』
『………ありがとう、グリフィーさん。』
オレはグリフィーさんの言葉をしっかり胸に刻み込み、お礼の言葉と共にボールを投げ返した。
スタジアムを後にし、ホテルについたらグリフィーさんから貰ったサイン入りバットをすぐさま自宅に郵送し終えた最終日の夜。
お互い疲れがあるのか、特に何も言わずに電気を消してベッドに入ったがなかなか寝付けなかった。
何だかんだいい街だったな…。ここ。
「ねぇ、楠瀬くん…。」
思い耽っていたら、どうやら隣のベッドにいる篠咲も眠れずにいるようだ。
オレは特に返事することもなく、次の反応を待つ。。
「そっち行っていい?」
………ダメに決まってんだろ。
「………ダメ。」
「意地悪。でも行っちゃおっと♪」
「おい………!篠咲…!!」
「お願い………。…なんだか最近よく眠れないの。」
よく見ると泣いていたのか、瞼が少し腫れている。
蒼い瞳の回りも赤くなっているのが夜景に照らされる。
オレは無言でベッドのスペースを開けた。
ツインベッドなので2人分なら何とか入った。
「どうしたんだ………?」
「ちょっと売れていなかったことを思い出して………。」
ーーーこりゃ無視するわけにゃいかんな。
体勢を変えるため、篠咲に背を向けるようにオレは寝返りを打つ。
「わたし、アイドルになりたての頃、他の人と違って目が青いからよく『気持ち悪い』とか『化け物』とか言われてたんだ…。』
「………………。」
「それで他の人たちを見返してやりたくて歌やダンスのレッスンを一杯頑張った。それでも、わたしに浴びせられる非難の声は変わらなかった…。」
小さく嗚咽する声が聞こえてくる。
そうだったのか…。
だから初対面の時、あれほど警戒を強めていたのか。
「ごめん、こんな話されたってしょうがないよね…。」
「んなこたぁないさ。」
「………え?」
まさかそんな答えが返ってくるとは思ってなかったような返事だ。
そんな話されても、『ハイ、それで?』って思うほど薄情でもないし、迷惑だと感じるほどオレは人間腐っちゃいねぇよ。
「誰だってツラいことの1つや2つあるさ。それを抱え込んでちゃいつか絶対爆発する。」
2年前のオレと雪穂みたいに………、な。
「だからツラい時は泣いたっていい。苦しい時は『助けて』って助けを呼んだっていい。そうすれば誰かがきっと救いの手を差し伸べてくれるさ。」
「………楠瀬くんに彼女はいるの?」
「彼女ではないけど、一応そういった存在の人は。」
「なら、2番目でも3番目でもいいから………、わたしがツラくなったら救いの手を差し伸べてくれる?」
「………おう。」
ーーーありがとう。
彼女の口から出た感謝の言葉。
それは今まで聞いてきた感謝の言葉の中でも、群を抜いて暖かかみがあった。