第71話 夏の空へ……
9回裏ツーアウトから追い付き、ヒットと四球で吉見を攻め立てツーアウト満塁としたが吉見が踏ん張り同点止まりで攻撃は終わり、試合は延長戦に突入。
身体が砕けんばかりに投球を続け浦話学院を封じ込めるが、浦話学院のエースで試合開始直後に見せていたスマートな顔付きを歪め、続投し続ける吉見から攻め立てることができない。
そして延長12回表ツーアウトランナーなし。
限界もいいとこなところでもう何度目か数えてない4番の水瀬に打席が回る。
あと少しだけ保ってくれよオレの身体………。
Side K.Kusunose
テンションが上がり、力の限り腕を振るっていた拓海に疲れの色が見て始めていた。
『ゾーン』は入れれば自身が持つ力をフルパワーで発揮することができるが、そのリミッター解除による負担はものすごく大きい。
ましてや8回から全力で投げてもう4イニング目、トータルの球数も170球を越えている。
光南高校にとってここが正念場となる。
もう解説がどうとか言ってる場合じゃない。
ここで息子のことを応援しない親が何処にいる………!!
あともう少しだ拓海………!!!
Side out
Side S.Minase
ーーーガギィィィッ!!!
『ファール!!』
くっ………!
まだ前に飛ばないのか…!!
追い込まれてからの10球目も、衰えの知らない球威に押されバックネットに追いやられる。
マウンド上の楠瀬も肩で息をするようになっても、まだ威力のあるストレートを投げ込んでくる。
ホントに大したやつだ…。
だが、それもこれで終わりだ………。
来い!!!
オレはバットを構え直し、目の前の好敵手を睨み付けた。
Side out
もう1度目を閉じる。
もう身体がカラッカラなのはとうの昔に分かり切っている。
でも、まだ出るだろ………!!
出てこい………もう1滴………!!!
目の前には打ち取るべき好敵手。
その奥にはオレのボールを必死に受け止めてくれる新城。
後ろには蒼井や水野といった信頼できる野手陣。
バックネット裏には応援団から離れ、固唾を飲んでこの試合を見守っている結衣や母さんの姿がある。
誰しもがみな、オレに期待している。
足を上げ、1球1球渾身の力を込めて腕を振るう。
ーーードゴォッッッ!!!
カメラマン席の前のクッションに当たる。
ファールになるが、自己新の『158km/h』のストレートを前に飛ばされる。
ナックルカーブやスライダー、チェンジアップといった緩急もダメ。
カットボールやツーシームは恐らく超速のスイングスピードの破壊力の餌食になる。
歩かせるのは論外だ。
次のバッターと戦う力はもうないし、今だって立っているのがやっとだ………。
けど、もうそんな弱音もう吐くのはもう止めよう…。
みんなの想いを背負って、期待に答えるのがエースだろ………?
オレは目の前の倒すべき相手を仕留めるため、脚を胸につくくらい高く上げる。
(ここで答えきゃ………いつ答えんだよ!?)
いつもより脚を高く上げたことにより、いつものステップ幅よりも1足半ホーム方向へ向く。
これ以上ない身体の加速で、思いきり反らした上体がユニフォームの1番上のボタンが耐えきれなくなり、弾け飛ぶ。
「(限界なんて………いくらでも超えてやらぁぁぁあ!!!)~~~~~~ッッッッ!!!!」
オレ自身の口から、声にならない咆哮が甲子園に響き渡った。
これがオレの3年間の集大成………、オレが持てる渾身のラストボールだ………。
打てるもんなら………打ってみやがれぇぇえ!!!
オレが思いきり振り抜いた腕から、放たれたボールはレーザービームのように新城がど真ん中に構えたミットに向かって進んでいく。
身体がスローモーションのようにゆっくりと倒れていく中オレの目に見えた光景は、『161km/h』という電光掲示とボールの威力に押されないようにガッチリとミットを握り締める新城と空振り三振に打ち取られてもどこか清々しい顔付きの水瀬だけが写っていた。
Side Y.Takizawa
わたしの目から涙が止めどなく溢れてくる。
拓海くんが正真正銘最後の力を振り絞って浦話学院の水瀬くんを三振に打ち取り、マウンド上で力尽きて倒れている姿を見たから………。
その拓海くんは新城くんと水野くんの肩を借りて、ベンチへと引き摺られるようにして下がっていった。
見に来た高校野球ファンだけじゃなく、光南高校も浦話学院も皆がみんな拍手を送っている。
でも、まだ試合は終わった訳じゃない。
拓海くんはこの試合、再びマウンドへ戻ることはないことは甲子園球場の中にいる人たちみんなに知れ渡っている。
この回の先頭バッターは、9回に起死回生となる同点二点本塁打を打っている4番の水野くん。
もし水野くんが凡退するようなら………、ううん。拓海くんが信頼を置いている水野くんならやってくれるはず。
わたしは着ているシャツの裾で涙を拭き、この目に写る光景をしかと目に焼き付けるように見つめた。
Side out
Side H.Mizuno
試合途中から続いていた感覚は、もうわずかしか残されていない。
拓海はよく投げ切ったと思う…。
もし拓海がここまで踏ん張れていなかったら、今頃はすでに決着がついていたであろう。
ここでオレが打ち取られる訳にはいかねぇ。
オレたちみんなの期待を、想いを背負った楠瀬を負けさせるわけにはいかねぇんだよ………!!!
吉見が投じた初球、糸を引くようなストレートがアウトコース低めに決まる。
「トーーライッ!!」
キャッチャーからボールを受け取った吉見は、すぐさまモーションに入る。
もう吉見とキャッチャーの間には配球というものはすでに無い。ただ、ベストボールを目一杯投げ込むことしか考えていないのだろう。
2球目はインコースに入ってくる高速シュート。
…が、これはボールだ…!
「ボーールッ!!」
3球目はスライダーをフルスイングするが、空振り。
1ー2と追い込まれる。
吉見がこんな局面で間なんか取ってくるとは思えないし、オレだって間を取って考えをまとめようなんてチャチなことは考えていない。
構え直したオレの姿を見て、吉見は首を縦に振った。
勝負の4球目、吉見が選んだボールは………、
渾身の力がこもったストレート。
コースはアウトコース寄りのベルト高。
帽子を飛ばすほど身体のバネを効かせ、唸りを上げてボールを投げ込んできた。
オレはそれを一閃する。
バットを振り切った瞬間、オレのバットが粉々に砕ける音が響いた。
でも、そんなのは今のオレにとっては関係無い。
完璧に捉えた打球は甲子園球場独特の浜風に乗り、ぐんぐん速度を増しながらスタンドへと伸びていく。
光南高校の生徒や決勝戦を見に来てくれたファン、力投の果てに力尽きた拓海の想いを乗せて………。
打った瞬間、オレは空へ向けて指を1本掲げてガッツポーズをした。
青く青く澄み渡る夏の空へ……。
Side out