第69話 電光石火の一撃
Side K.Kusunose
「こ………これは…!!」
「?………楠瀬さん?どうかなさいましたか?」
「まさか…。」
この打席の水瀬くんのスイングを見た瞬間、背筋に氷を入れられた時のような感覚が走った。
それと同時に1つだけ確信できることが頭の中に浮かんだ。
今の水瀬くんは『ゾーン』に入っている…。
水瀬くんが『ゾーン』に入ったきっかけは恐らく推測でしかないが、拓海と水瀬くんの拮抗した実力と大きすぎる才能が衝突し合い『ミックスアップ』されて、ホームランを打てば逆転できるというこのシチュエーションもプラスされて水瀬くんは『ゾーン』に入ったのだろう。
その証拠にさっき拓海が投じたストレートは152km/hと表示され、コースもアウトコース低めと非のつけようがないコースだった。
それを水瀬くんはバックネットにファールを打った。
話は逸れるが、野球のテレビ観戦している時の映像を少し思い出して欲しい。
テレビの画面の中継映像は投手の後ろのアングルから中継している………。つまり、この場面で言うならば水瀬くんを正面から見ることができるはずだ。
拓海がモーションに入るよりも速く、バッターボックスで構える水瀬くんには『打てる』という雰囲気が漂わせている。
もしこの試合で水瀬くんの中に眠っていた大きすぎた秘めたる才能が開花したとならば、今の光南高校バッテリーはおろかアマチュア界全てのピッチャーでも太刀打ちすることすら不可能だ。
解説者という立場上明確に言葉にするのは出来ないが、一人の野球人としてこれだけは言わせてもらおう………。
今からでもいいから、拓海…、新城くん………!!
『水瀬くんと勝負する』などという馬鹿げた真似は止めて、今すぐ水瀬くんを敬遠させるんだ………!!
Side out
2球目はインコース低めのナックルカーブを水瀬は見逃し、オレたちバッテリーは水瀬を追い込んだ。
どうやらさっきのスイングは気のせいだったみたいだ。
球数も100球を越えて、細やかな制球力が効かなくなってきているので3球勝負で方をつける。
これでお前との勝負は………終わりだ!!!!
オレは初球と同じところに構える新城のミットに向かって、渾身のストレートを投げ込んだ。
Side S.Arashiro
コース通り!!!
拓海の渾身のストレートは、オレのミット目掛けて唸りを上げて進んでくる。
バッターの水瀬はまだスイングを開始しない。
ボールがミットに収まる直前、ようやくスイングを開始し始めた。
そのタイミングでスイングを始めてももう遅い!!!
ボールをキャッチするため、右手のミットを握りしめた。
ーーーキィィィィィィン!!!!
ーーードゴォォォォォッ!!!!
………………は?
何だ今の金属音とぶつかったような音は………?
一瞬何が起きたか分からなかった。
右手のミットの中身を見てみる。
ボールは入っていなかった。
じゃあ………、ボールはどこに行った?
オレはふとバックスクリーンの方向を見ていた。
すると、無駄に視力がいいオレの目には白いボールの姿をとらえることができた。
だがボールはセンターの水野の遥か頭上を飛び越え、バックスクリーンの電光掲示のスクリーンにぶち当たって落ちてくるところだった…。
『153km/h』という光るスピード表示が虚しく写し出されているのと共に………。
何メートル飛ばしてんだよ………、いや、それよりも………。
ウソだろ………!?
あり得ねぇ…。
振り始めたタイミング…、明らか三振するタイミングだっただろ………!?
コースも球威も完璧のベストピッチだぞ………!?
なんで………あのタイミングで運べてるんだよ…!!!
Side out
Side Y.Takizawa
目の前の光景を疑った。
バッターボックスの中にはフォロースルーのまま固まる水瀬くん。
マウンドには被っていた帽子を飛ばし、打球が飛んでいった方向を見ずに固まっている拓海くん。
敵や味方だけでなくこの試合を見に来たファンの人漏れなく全員が飛んでいった打球の方向を見つめ、固まっていた。
ーーーコォォォォン………。
バックスクリーンに当たって落ちてきたボールが音を立てて地面に落ちた。
それと同時に甲子園からは今日1番の大歓声が地鳴りのように響き渡る。
ウソ………。
拓海くんが………打たれたの?
変えようのない事実がわたしだけじゃなく光南高校の選手・応援団みんなに重くのしかかった。
逆転三点本塁打を打たれ緊張の糸が途切れた拓海くんを始め、守備についている選手たちもミスを連発。
結果1アウト満塁と、絶体絶命の大ピンチを招いてしまった。
お願い拓海くん…!!
何とかして………!!
こうやって応援することしかできない立場を呪いながら、マウンド上の肩で息をする想い人の姿を見つめた。
Side out