第68話 立ち込める不穏な空気
水野の先制タイムリーツーベースが飛び出し、後続も吉見を打ち崩そうと試みたが打たれた直後に相手ベンチから伝令が走り、気を取り直した吉見は今までとは一転しストレート主体の力で押す投球でオレたちの攻撃の火は消し止められてしまった。
が、先制点を取ってくれたおかげで安心して投げれるようになったのでオレは軽い足取りでマウンドへ向かっていった。
Side K.Kusunose
「この試合6番に座る新城の三振で光南高校のこの回の攻撃が終了しましたが、待望の先制タイムリーツーベースが飛び出し2点を先制致しました!!そのタイムリーツーベースのリプレイをご覧ください!」
実況しているアナウンサーが興奮し、4番水野くんのタイムリーを打った瞬間のリプレイ映像を流している。
正直このヒットには驚かされた。
打ったボールは水野くんを完全に仕留めるため、決めにいったであろう147km/hの高速シュート。
ストレートと変わらない変化球は物凄く打ちづらいはずなのに、水野くんは吉見くんの高速シュートに何の躊躇いもなく踏み込んでバットを振り切った。
試合終盤に差し掛かるこのイニングで主導権を握れたのは非常に大きい。
あとは何事もなくこのリードを守りきれればいいのだが…。
Side out
Side Y.Takizawa
「結衣ちゃん?お茶はいかが?試合が始まってから何も口にしてないじゃない?」
「あ…。すみません。気を使わせてしまって…。」
「いいのよこれくらい。………はい、お茶よ?」
「ありがとうございます、彩菜さん。」
彩菜さんは鼻唄混じりで足元のカバンからでっかい水筒と紙コップが入った袋を取りだし、水筒の中身のお茶を紙コップに注ぐ。
わたしは紙コップに入ったお茶を彩菜さんから受け取り、口にした。
はー…。身体が潤う………。
ここまで緊迫した試合が続き、水分補給することすら忘れていた。
わたしがつい2週間半くらい前に戦っていたインターハイの決勝戦よりも緊張感のある試合を展開している。
その試合ももう終盤の8回に入ろうとしていた。
ここでもしランナーが2人以上進んでしまうと、相手の4番の水瀬くんに打順が回ってきてしまう。
わたしもチームの司令塔として、インターハイを戦ってきたから勝負師として感覚が騒いでいる。
………『ここで水瀬くんに回しちゃいけない。』って。
だが、わたしの耳には耳が壊れんばかりの大歓声が突き刺さる。
その原因は水瀬くんに4度目の打席が回ってきたから。
拓海くんと水瀬くんの本日4度目の対戦だ。
拓海くんが背負っているランナーは1塁と3塁…。
いつの間にランナーを背負っていたの…?
もしここで、水瀬くんにホームランを打たれてしまったら………。
いや、そんなのは拓海くんが許さないだろう。
大丈夫………、きっと拓海くんが抑えてくれるはず…!!
お茶を飲み干して空になった紙コップを思わず握りしめ、その手を祈るように握りしめたままわたしの胸のところまで持っていく。
お願い拓海くん………。踏ん張って!!!!
Side out
先頭バッターを抑えたものの、2番バッターに10球も粘られてしまい根負けで四球を出してしまった。
続く3番の吉見に投じた瞬間に1塁ランナーが走り出し、二塁手がベースカバーに入ろうとしてがら空きになった1・2塁間を破るエンドランを許してしまい1アウト1・3塁と得点圏にランナーを許してしまった。
チャンスの後にピンチありってよく言ったもんだ…。
『4番 ショート 水瀬くん』
なんせこの場面で最も迎えたくないバッターに回してしまったのだから………。
オレは荒れたマウンドを均すためスパイクで土をガツガツとかき集め、ある程度土が集まったら優しく撫でるようにして足場を均す。
回してしまったものをいつまでもうだうだと考え込んでは仕方がない。
それに対峙するキャッチャーの新城も、水瀬はここでキッチリと抑えようという強い意思を示している。
オレはサインを受け取り、セットポジションの体勢に入る。
一応1塁にランナーはいるが、動かしてくる気配はない。
ピッチャーの吉見と言うこともあるのかもしれないが、水瀬がバッティングに集中させるために基本的に水瀬が打席に入っているときはランナーは動かさない方針らしい。
走ってくるという心配がないというなら、クイックはそんなに速くなくても大丈夫なのだろう。
ここは制球力より球威を優先したいので、普段セットポジションの時より足を少し高く上げてボールを投げ込んだ。
ーーーガキィィッ!!!
少し甘く入ってしまったストレートは、ボールの威力に助けられバックネットに突き刺さった。
気のせいかも知れないけど、さっきのスイング前の打席に比べて始動するタイミングが遅かったような…?