第66話 切り札解禁
Side K.Kusunose
「試合は5回まで終わり、0対0と投手戦を露呈してきております!楠瀬さん試合前半を終えどのような印象を受けますか?」
試合後半戦に向けてグラウンド整備が入っているところで、試合前半の感想を求められた。
試合は決勝戦に相応しい拓海と吉見くんによる投手戦となった。
拓海が超高校級の威力あるストレートと落差の大きいナックルカーブや高速チェンジアップのコンビネーションで凡打の山を築き上げると、吉見くんは緩急や上下左右の揺さぶりカウントを稼ぎ、追い込んでからは抜群の制球力を誇るストレートや切れ味抜群の高速シュートで三振の山を築き上げる。
ここまで5回を終えてスコアボードには合計10個の0という文字が刻み込まれている。
だが、気になるデータも解説席に入ってきている。
5回を投げ終え、お互い許したランナーの数は拓海が5人、吉見くんは4人だ。
ここまでかかった投球数はというと、拓海が66球に対し吉見くんは87球も投げている。
球種別パーセンテージを見ても、動系のボール含め満遍なく投げている拓海に対し、ストレートとスライダー、高速シュートだけで全体の9割近く占めている吉見くんと差は明らかだ。
「そうですね…。楠瀬くんは効果的にツーシームやカットボール、高速チェンジアップなどと言った変化の少ないボールを使って抑えていますが、吉見くんは変化の少ないボールはあまり投げておらず、球数も徐々に嵩んできていますね。となると浦話学院は狙い球を絞り、逆に光南高校はしっかりとボールを見極め球数も嵩んでますので甘いコースに来たらコンパクトに振り切ることが大事だと思いますね。」
解説した後グラウンドに目をやると、整備が終わり守備につく光南高校のナインたちがベンチから出てきた。
試合はまだまだこれからどうなるか分からない…。
気を引き締めていけよ…。………拓海。
Side out
『6回の表 浦話学院の攻撃 4番 ショート 水瀬くん』
今日の試合これで水瀬とは3度目の対戦となる。
第2打席は2ー2(ツーボールツーストライク)からの6球目、150km/hのストレートをジャストミートされた。
センターに飛んだ打球はオーバーフェンスになりそうだったけど、あらかじめ後退していた水野が懸命に走ってフェンスまで到達するとそこから水野はフェンスをよじ上りクッションの上からジャンプして見事打球をキャッチしてくれた。
超ファインプレーを出したにも関わらず、澄ました顔で掴んだ打球を返球してきたときは冗談抜きにカッコいいと思ったのは内緒だ。
だけど、もうそんな期待はできないと悟った。
何故なら前の2打席とは比べ物にならないくらいの威圧感を放つ水瀬がバッターボックスの中に入っているからだ。
初球アウトコースへと沈むツーシームを投げ込むが………、
ーーーガキィィィィン!!!
捉えた打球はコースに逆らわずライト方向へ運ばれる。
打球はラインドライブを描き1塁線上に落ちたかに思われたが………、
『ファール!!ファール!!!』
僅かに切れたらしく、ファールとなる。
続く2球目、ナックルカーブを見極められ1ー1。
3球目はインコース高めに149km/hのストレートを投げ込むが、バックネット裏に突き刺さるファールチップとなる。
マズいな…。タイミングが合ってきている。
そんな不安を抱きながら投げた4球目、第1打席で投じたボール球となる高速チェンジアップを見極められた。
『タイム!!』
高速チェンジアップも見極められ本格的に投げるボールが無くなって来たところで新城がタイムを要求し、審判が容認しタイムが宣告された。
「拓海、あのボールのサイン出すぞ。」
「おーけー。オレもあのボールしかねぇなって考えてたところだ。」
いよいよオレたちバッテリーは水瀬にとって有効であろうと思われる数少ない手札を切ることになった。
この試合どころか、公式戦初解禁となるこのボールを投げられるかどうかの不安よりここで何としても抑えないとという感情が上回った。
「しっかり腕振り切れよ?」
「任せろぃ。」
新城が戻り、プレイが再開されたと同時に例のボールのサインが出された。
オレはグラブの中のボールを、例のボールを投げる握りに握りかえる。
高く上げた足をそのまま投げる方向へスライドさせながら、スパイクの歯でしっかりと地面を噛む。
身体を連鎖させながら捻っていき、腕をムチのようにしならせる。
水瀬………、お前のために用意した特別メニューだ。その身でとくと味わえ!!!
ボールを指先で弾き叩きつけるようにして投じた。
Side S.Minase
楠瀬が投じてきたボールは真ん中低めへと伸びていく。
なんだ?また高速チェンジアップか?
なら今度こそ打ち損じはしねぇ!!!!
オレには打てるという確信があった。
今度こそ高速チェンジアップを捉えたと思った。
だが、楠瀬が投じてきたボールは高速チェンジアップよりも速く高速チェンジアップよりも落差があった。
振り切ったバットには何の感触もなかった。
ホームベースの手前でワンバウンドしたボールをキャッチした新城くんがミットの背中でオレの背中を優しくタッチし、審判がアウトを宣告した。
楠瀬が投じてきたボールの正体はフォークボールだった。
Side out
Side K.Yoshimi
「今のボールって…まさかフォークか?」
「スプリット投げてたか………!?」
「水瀬さんが………三振した…だと………?」
「ウソやろ………!?」
チームに大きな大きな動揺が走った。
楠瀬くんが持ち球としてデータに無かったフォークを投じてきたことと、この夏で初めて水瀬が三振したことがチームとしてはダメージが大きかった。
打線の柱が三振することにより、『このボールはオレたちには打てない』というイメージを嫌がおうにも植え付けることになる。
楠瀬くんも新城くんも厄介な場面でフォークボールを解禁してきたな………。
それに僕も球数が嵩んできているし…、何としても水瀬の次の打席まで抑え続けなきゃ………。
Side out