第64話 ファーストラウンド
しまった…。
オレは打球が飛んだレフト方向を見つめていた。
1番と2番をそれぞれ内野ゴロに打ち取りツーアウトとしたが、3番に座る吉見に投じた初球のナックルカーブが真ん中に入ってしまい、レフト前に運ばれた。
そして早くもあの男とのファーストラウンドを迎えた。
『4番 ショート 水瀬くん』
Side K.Kusunose
「浦話学院3番吉見が光南高校先発楠瀬の初球のカーブをキレイにレフト前に運びツーアウト1塁となりここで4番の水瀬を迎えます!解説の楠瀬さん、息子さんである光南高校先発楠瀬の調子はどういった感じでしょうか?」
いや、知らんがな。
って言いたいけどそういったら解説の仕事の意味がない。
にしてもテレビ局も息子の決勝戦を解説に招くとかどんな頭してやがんだ。
これで金が安かったら訴訟もんだな。
とはいえ任せられた仕事はキッチリやる主義なので真面目に解説の仕事に取り掛かる。
拓海の調子は贔屓目に見ても、調子は悪くはない。
ストレートは初回から150km/h近く出ている。
だが、拓海はどちらかというと立ち上がりに課題がある。
「そうですね…。調子は悪くはないと思いますけど…、彼はどちらかというと試合後半になるにつれてギアを上げていくタイプですので前半はとにかく辛抱強く投げることですね。」
Side out
Side S.Minase
ーーー『世代最強エース』………。
いつしか彼をそう呼ばれるようになった。
確かにオレらの世代の中では確かに最強のピッチャーかもしれない。
そんな彼に敬意を払い、全力をもって相手しよう。
『4番 ショート 水瀬くん』
待ちに待った2年越しの勝負だ…。
逸る気持ちを抑え、アナウンスと共にオレは右バッターボックスに入る。
一通りのルーティーンをこなしたオレは、マウンド上の楠瀬を見る。
グラブを高くセットするセットポジションから、ランナーを目で牽制した後体重が乗った威力あるボールが投げ込まれた。
『ボール!!』
149km/hのストレートがアウトコース低めに糸が引かれたような軌道を描き、キャッチャーの新城くんが構えられたミットに吸い込まれた。
主審はボールの判定をしたが、ストライクともボールとも取れるコースだ。
………なるほど。あのときの楠瀬とは違うということか。
「…今のよく見たな。」
キャッチャーの新城くんが楠瀬にボールを投げ返しながらオレに話し掛けてきた。
「いや、今のは手が出なかっただけだ。」
「そうか。」
新城くんは素っ気なく答え、会話はそれっきりとなった。
2球目のサインが決まり、楠瀬は足を上げて上体を大きく反らしボールを投じる。
オレはボールに対し、素直にスイングした。
Side out
ーーーガキィィィン!!!
さっきより2球分内側からほぼ同じコースへ曲がっていくカットボールを打たせるつもりだったが、ライトポール際に打球が飛んでいく。
ウソだろ!?そこ打っても大半以上はファールになるとこだぞ!?
オレの想いとは裏腹にグングン打球は伸びていく。
『ファール!!!』
1塁塁審は出来るだけライトポールに近付くために走っていき、大きく両手を上にあげた。
打球はというと、ポールに当たるか当たらないかのところで僅かにポールの右側に通過した。
あっぶね…。
めっちゃくちゃ冷や汗が出てきた。
バットの先っぽで捉えたアウトコースのボール球をあっこまで運ぶなんて…。
当の本人はというと、表情を1つ崩さず地に転がっているバットを拾い直して再び右バッターボックスに入った。
バットを肩に乗せ、氷のように鋭い目付きでこちらを睨み付けている。
対峙する威圧感は今までで対戦してきた数多くのバッターの中で群を抜いている。
いつでも不変のバッターボックスとマウンドの距離が物凄く近く感じる。
まるで目の前に水瀬が立っているような…。
『ボール!!』
威圧感に惑わされたオレは新城が要求したインコースとは真逆のアウトコースに逆球を投げ込んでしまった。
幸い新城は身体を張って止めてくれたので1塁ランナーの吉見は動けず、自分のいた塁に戻る。
マズい…。
オレはプレートを外し、ロジンバッグを弄りながら高揚しすぎた気持ちを沈める。
落ち着け…、呑まれるな…。
目をキツく閉じた後、目を開きホーム方向を見た。
………よし、いつもと同じ距離感だ。
ーーー行ける!!!
気持ちを落ち着かせたオレは新城のサインに頷き、腕を思いきり振り抜いた。
Side S.Minase
真ん中よりほんの少し高めのストレート…。
ーーー貰った!!!
オレはミートポイントまでしっかり引き付け、ボールを捉え………たはずだった。
ーーーガギィッ!!!
硬式ボール特有の芯を外した鈍い衝撃と共に力なく転がった打球はピッチャー真っ正面のゴロとなった。
ピッチャーの楠瀬はその打球を難なく処理し、ファーストに転送しアウトとなり、初回の浦話学院の攻撃による得点は0に終わった。
途中までストレートの起動で手元で小さくストンッと落ちる高速チェンジアップを打たされたと気付いたのは、1塁に走る途中の時だった。
「打ったボールは?こっから見る限りじゃハーフスピードのストレートに見えたんだけど………。」
ベンチに戻る際に、吉見が何を打ったのかを聞いてきた。
「高速チェンジアップだよ。何であんなボール打てないんだろうと思ってたけど、思ってたより厄介だったよ。」
「打てそうにない?その高速チェンジアップ。」
「いや。予想の範囲内だから大丈夫だ。」
そう答えてベンチに入り、熱中症予防のスポドリを煽った。
両手には打ち取られた時の痺れはまだ残っているけど、すぐ消えるだろう。
そう切り替えたオレはベンチに置いてあった帽子と内野用のグラブを抱え、ショートの守備位置へ走って向かった。
Side out