第63話 2年越しのマウンドへ
もう夏が終わるというのに、甲子園の上空は雲1つない青空が広がっていた。
灼熱の太陽に照らされたグラウンドでは、今水撒きが行われていた。
『決勝戦 光南高校対浦話学院の試合はもうしばらくお待ちください。』
ここに来るまで色んなことがあった。
辛いことや苦しかったことを始め、楽しかったことや悲しかったことももちろんあった。
だけど、それも全てここに繋がっていたと考えただけで何故かそれはオレを培ってくれた事なんだと思えるようになった。
「集合!!」
主将である水野の掛け声でベンチ前で半円になって座る。
試合直前に行われる試合前ミーティングだ。
ちょうど監督の目の前に座ったオレは、ふと回りのメンバーの顔を見渡してみた。
みんないつもと変わらない顔色でいた。
相手は昨年の夏の王者である浦話学院だし、今まで戦ってきた相手とは比べ物にならない強さを誇るというのにみんな堂々としていている姿を見てオレは心から安心したと同時に『オレたちなら勝てる』という自信が湧いてくる。
「相手は昨夏の王者だ。だが、オレたちも同様に今春の王者でもある。」
「「「はい!!!」」」
淡々としている監督の表情とは裏腹に、言葉には熱が籠る。
「だが、忘れるな。オレたちは王者であって王者ではない。オレたちは挑戦者だ。この試合も締まっていこう。」
「「「はい!!!」」」
相変わらずチームを乗せるのがとても上手い人だ。
「楠瀬、今日は最初から全開で構わない。大丈夫だ。お前なら最後まで保たせられる。」
「はい!!!」
「新城、水野、蒼井。センターラインのお前たちを中心にしてバックから盛り上げていってくれ。」
「「「はい!!!」」」
ベンチと選手の思惑を一致させたところで、ミーティングは終わる。
オレたちは後攻のため、ミーティングが終わるとグラブをはめてキャッチボールを始める。
肩はとっくに出来上がっているが、早く投げたいという逸る気持ちを抑えるようにゆっくりとキャッチボールを始める。
先攻の浦話学院のベンチ前ではスターティングメンバーだけじゃなく、ベンチスタートの選手たちもバットを振っていた。
それぞれがウェイトトレーニングやバットの振り込みなどで作り上げた身体は、もはや高校生とは思えないくらい出来上がっていた。
それでいて守備や走塁に全く邪魔をしないボディーバランスや身体の軸はプロレベルと言ってもいいだろう。
ここ数年でバッティング技術は飛躍的に進化を遂げていると聞くが、今年の浦話学院は高校球界No.1の打力を誇っている。4番の水瀬を中心としたクリーンナップも強力だが、下位打線も全員甲子園打率3割5分を越える『超強力打線』だ。
オレはそれを最小失点で食い止めなければならないと思うと、今までで1番負担がかかることになるのは容易に想像できる。
「拓海。」
「そろそろ整列だ。行くぞ。」
どこへ?なんて聞くのは無粋だ。
新城がキャッチボールをやめ、後ろから水野にベンチ前に並ぶように促してきた。
オレは新城と水野と共にベンチ前に整列する。
「拓海さん?何だか身体震えてません?もしかして緊張してんすか?」
既に何人か並んでいる列に並ぶと、後ろにいた蒼井が話し掛けてきた。
緊張で震えているだと?何をバカなこと言ってるんだ。
これは緊張で震えてんじゃねぇよ…。これはな………、
「武者震いだ。」
「そっすか。後ろとチャンスメイクは任しといてくださいね。」
「おう。任せたぞ。」
頼もしい後輩から任せろと言われたら、任せないわけにはいかない。
すると、バックネット近くにいた審判団が現れた。
早くしろ…。
身体が早く試合をさせやがれと言わんばかりに鳥肌を立たせ、身体の奥底から叫んでいる。
早く………早くしろ………!!!
『集合!!!』
「行くぞ!!!」
待ちに待った審判団の声を聞き、水野の号令と共に甲子園の黒土を思いきり蹴った。
Side A.Kusunose
『これより決勝戦、光南高校対浦話学院の試合を行います。まず守ります光南高校………、ピッチャー楠瀬くん。キャッチャー新城くん………………ショート蒼井くん………センター水野くん………。』
わたしは結衣ちゃんと一緒にバックネット裏から見ていた。
海斗さんはと言うと、甲子園球場には来てはいるけど解説という仕事として来ているのでここにはいない。
当の海斗さんはと言うと、『何で息子が出ている試合の解説をせにゃいかんのだ…。』と私に向かって愚痴を言っていた。
「結衣ちゃん、アルプススタンドで見なくてもいいの?」
「いいんです。この試合だけはどうしても拓海くんの近くで見ていたいんです。」
あらあら、拓海ったらこんな可愛らしい女の子が1番近くで応援してくれるなんて………。これがいわゆる青春ってやつなのねぇ。
『1回の表、浦話学院の攻撃。1番センター………』
『プレイ!!』
アナウンスが終わると同時に、主審が試合開始を告げる。
サイレンが鳴りやまないうちにマウンドの中心にいる我が息子は、全盛期の頃の海斗さんに似ても似つかないフォームからボールを投げ込んだ。
Side out