第61話 打ってみろや?
ーーードォォォン!!!
147km/hのストレートで相手バッターのバットの空を切る。
『ストライーク!!ツー!!』
8点という大量リードを貰った直後の守備、頭は重いけど少しの間涼しいところで休んでいたこともあって身体はキレッキレになっていた。
具体的に言うとボールを放する瞬間、地面から連鎖的に伝わってきた力がダイレクトにボールに伝えられている感覚だ。
おかげで、無駄な力を入れなくても球威のあるボールを投げることができている。
「フーッ………。」
オレは大きく息を吐き出す。
不思議な感覚だ…。
頭は鈍く重いって言うのに身体は軽いって何だか矛盾しているような感じだな…。
まぁ…。
『ストライーク!バッターアウト!』
頭が重いっていうのを除けば、悪くない感覚だ。
試合は特に目立った動きは無く、9回ツーアウトを迎える。
ラストバッターは杉浦。
オレからも傲慢な杉浦に少し教えとかないとな…。
杉浦が打席に入る前に、マスクを被っている新城に向かって右手人指し指を突き出した。
Side S.Arashiro
8点差という点差は変わらず、9回ツーアウトまでやってきた。
『3番 ピッチャー 杉浦くん』
ここでついさっき拓海にボールをぶつけておきながら、謝罪の態度を見せなかった杉浦の打席を迎える。
けど、ぶつけた直後までの傲慢な態度はそこにはなく勝負の恐ろしさを知ってしまい青ざめた杉浦がいた。
(………?)
杉浦が打席に入る前に、今までとは違った威圧感を纏った拓海がこちらに向かって人指し指を突き付けているのに気付いた。
………ったく。分かった分かった。
どうやらうちのエースは、杉浦を相手に全球全力のストレートの真っ向勝負が所望らしい。
ただでさえ心が折れかけているっていうのに格の違いを見せつけるっていうのか…。
ホント無自覚のサディストだ…。
ショートのポジションを守る蒼井なら、『そこにシビれる憧れるゥ!!!』とか言うだろうな…。いや、絶対言う。
「杉浦、アイツが本気見せてくれるってさ。きちんと見とけよ?」
「………言われなくてもちゃんと見ますよ。」
青ざめててもまだ減らず口は叩けるんだな…。
目線を杉浦から拓海に移し、ミットの受球面を数回叩いた後
ミットを拓海の方向へ向ける。
特別なサインもコースの指定もいらない。
ーーーーズドォォォッ!!!
「ストライク!!」
「ナイスボール!!いい球キテんぞ!!」
躍動感溢れる拓海のピッチングフォームから放たれたボールは構えたミットに吸い込まれ、審判の右手が上がりストライクのコールが響く。
バックスクリーンのスピードが表示される電光掲示には『151km/h』と表示され、甲子園球場内の歓声はざわつき、やがてどよめきに変わる。
9回ツーアウトまで来て150km/hを越えたことや頭部にデッドボールを喰らってダメージが残っているというのにまだこんなボールを投げられるのかという驚きなんだろうな…。
ま、それを差し引いても高校生で150km/hを越えるストレートを投げられるっていうのはファンや関係者たちにも魅力的に写るしな…。
残るはあとストライク2つ…。さぁ、打てるもんなら打ってみろや?
Side out
Side S.Sugiura
「ストライク!!ツー!!」
楠瀬が投じてきた151km/hのストレートにスイングをするがかすりもせず、0ー2(ノーボールツーストライク)と追い込まれた。
今までオレが見ていた楠瀬のピッチングは、手を抜いていたのだと今この場でようやく気付いた。
これが楠瀬の本来のピッチングスタイル…。
手を抜かれても捉えきれないのに、本来のピッチングスタイルで投げてこられたら打てるわけねぇじゃん…。
持ち球全てが三振を奪えるほど精度が高くて多彩な変化球にキャッチャーの構えるミットに狂い無く投げ込まる制球力…、そしてそれを際立たせるどころか、バッターの心をもへし折らんばかりの球威で相手を制圧するストレート…。
何故この男が世代最強と呼ばれるのかを分かった瞬間、オレはマウンド上にいる『世代最強エース』と呼ばれる楠瀬の姿を見て悟った。
あぁそうか…。
今まで楠瀬さんのことヘボピッチャーヘボエースとか言ってきたけど、それって…。
「ストライク!!バッターアウト!ゲームセット!!!」
オレのことだったんじゃん………。
アウトコース低めに突き刺さる152km/hのストレートを空振り、試合が終わる。
この試合が終わったら楠瀬さんと今まで散々振り回してきたこのチームのみんなと監督に謝ろう…。
下克上を掲げたオレの高校1年の夏は、ベスト8で幕を降ろした。
Side out
準々決勝が終わり、監督とオレはすぐさま宿舎近くの病院で精密検査を受けていた。
身体なら問題なかったんだけど、頭部にデッドボール喰らったからなぁ…。
結局長い長い検査から解放されたのは、夜もいいとこな時間帯だった。
結果?異常はないってさ。
異常は見つからなかったけど、念のため今日は検査入院して明日には退院できそうらしい。明日が健康管理日でよかった…。
「んじゃ、オレは帰るからゆっくり休んで明日の夜までには宿舎に帰ってこいよ?」
「分かりました。」
明日の夜までには戻ってこいと言った監督は疲労の色が隠せない顔付きで、オレの病室から出ていった。
オレも疲れたから寝ようかな…。
眠ろうとして目を閉じようとした瞬間、病室のドアからノックする音が聞こえた。
こんな時間に誰だろう…?
「どうぞー。」
部屋に招き入れるとそこには…、
「結衣?」
オレの帽子を被り、涙で目を赤くしていた結衣がそこに立っていた。
「バカ!!バカバカバカ!!!」
扉を開けて早々に結衣はオレの胸元に顔を埋めポカポカと胸を叩く。結衣の顔はボロボロと溢れてくる涙で濡れていた。
「ホントにバカ………。心配………したんだから…。」
それは試合中に喰らった頭部へのデッドボールの事なんだということに理解するのにそんな多くの時間はかからなかった。
「わりぃ、心配かけた。………ごめん。」
何はともあれ泣かせたくない人を泣かせてしまった…。
やっと出た謝罪の言葉と共に、その事実がオレの心の中は罪悪感で埋め尽くされていった…。
「それで?大丈夫だったの………?」
部屋の電気とスタンドをつけて、改めてお見舞いに来てくれた結衣と話し込む。
どうやらさっきの涙はオレの無事な姿を見て、感極まってしまい知らず知らずうちに涙が出てきてしまったらしい。
「おう、大丈夫だ。今日の入院も念のためって事だから明日の午後には退院できるぞ?」
「そっか………。」
心底安心したような笑顔を見せた後、結衣は静かにイスから立ち上がった。
「もう帰るのか?」
「うん。応援団みんなで泊まってるホテルから無断で抜け出してきちゃったし………。」
えへへ…と笑っているけど、実際にやっていることはとんでもないことをやらかしていた。
「試合数少なくなってきてるけど、無茶しちゃダメだからね?」
じゃあねと言って病室から出ていく際に、そんなこと言って応援団が泊まってる宿舎に戻っていった。
それと同時に猛烈な睡魔が襲ってきた。
やっぱり思ったより疲れていたんだな………ってそりゃそうか。
ここまで甲子園ほぼ全イニング投げてたからなぁ…。
それにここの個室冷房が聞いて………寝やす………………そう。
どんどん眠りの世界へと落ちていく感覚に身を委ねることにした。
Side out