第59話 勝負の世界ナメんなよ?
「ボール!!フォア!」
試合は7回まで進み、この回先頭バッターである1番の蒼井とオレの前を打つ後輩がフォアボールで出塁する。
マウンドにいる相手先発の杉浦は初回から飛ばしに飛ばしたツケが一気に回ってきたのか、ストライクとボール球がハッキリしすぎているし何よりボールが全く走っていない。
杉浦自身も肩で息をしているくらい疲労困憊だ。
ただ、勝負の世界なので可哀想だとかという同情は全くしていない。
よく童話だとか作り話とかでよくある話だ。
傲慢な王様は自分の首を絞めていることに気付かずそれに気づいたときには手遅れだということ。
今の杉浦はまさにそれを象徴しているかのようだ。
『3番 ピッチャー 楠瀬くん』
「すいません、タイムを…。」
球場内のアナウンスを聞き、ネクストサークルからバッターボックスに入ろうとしたところで桐央学園のキャッチャーが審判にタイムを要求してきたので審判はこれを容認。
タイムを貰ったキャッチャーを始め、内野陣が杉浦のところに集まって何かしら声をかけていた。
「………せぇんだよ!!間を取りに来ただけならさっさと戻れよ!!お前らは黙ってオレにしたがっていりゃいいんだよ!!!」
間を取るために集まった桐央学園ナインだったが、杉浦は声を荒げマウンド上に集まった野手陣を追い返そうとしていた。
そんなに頭に血が上ってちゃコントロールがバラバラになるぞ?
「プレイ!」
審判からプレイ再開を告げられたと同時にブラバンによるヒッティングマーチが流れ始め、オレは改めてマウンド上の杉浦と対峙する。
「ボール!」
「ボール!!」
「ボール!!!」
…話にならないな。
頭に血が上っていて冷静さを失っている杉浦が投げるボールは、バットが届かないくらい外れたところに投げ込まれる。
カウントは0ー3(スリーボールノーストライク)。
ベンチから『待て』のサインが出ている。
1球見送るが、相手バッターに悟られないようにいつものようにバットを握り直し構えた。
Side S.Sugiura
クソッ…!クソッ!クソッ!!
なんでお前は本気で投げないんだ!!
オレは歯ぎしりしながら心の中で叫ぶ。
楠瀬にボールを投げる度にオレの怒りがどんどん増えていく。
オレはグラブの中でスライダーの握りに握り直し、沸き上がってくる怒りで身体が動くままに全力で腕を振り切ってボールを投げた。
Side out
杉浦が投じた4球目は、投げられたコースは頭の高さのボール球。
オレは身体を仰け反るようにして避けようとした。
が、ボールはオレのに向かって曲がっていき…。
ーーーバキィッ!!!
ヘルメットにボールが直撃した。
ス………スライダー………?
Side H.Mizuno
『タイム!!!』
『ただいまデッドボールによる負傷者が出たため、プレーを一時中断しております。』
「拓海!!!」
「楠瀬!!!!」
オレは審判のタイムがかけられる前に、ベンチから飛び出してきた監督と共に拓海の元へ向かった。
「楠瀬!!!!どこに当たった!?」
「拓海!!!大丈夫か!?」
「………………。」
バッターボックス内に倒れた拓海はオレや監督の応答に反応を示さず、ボールがぶつかった場所はヒビが入り、耳当てのところはパックリ割れている。
いかに先ほどのデッドボールの衝撃が大きかったかが伝わってきた。
「担架に乗せるぞ!」
「はい!!」
「オレも手伝います!」
「気持ちはありがたいけど、頭部に強い衝撃を受けてるかもしれないからね。よし!乗せたな!!運ぶぞ!!せーの!」
バックネット裏から担架を持ってきた救急隊の人がバックネット裏にある救護室に向けて拓海を担架に乗せて、退場していった。
プレイ再開直前、ベンチ前でスイングをしていたオレの元に監督がやってきて、耳打ちしてきた。
「水野。」
「はい!!」
まじまじと監督を見てみると、監督の目にはほんの少しだが怒りの感情の色が見えた。
「監督命令だ。小生意気な桐央学園のルーキー共に高校野球の…勝負の世界の厳しさを教えてこい!!!」
『4番 センター 水野くん』
アナウンスと共にバッターボックスに入る。
何だかキャッチャーがオレに話しかけてきてるようだけど、全く耳に入ってこない。
てめぇらと話す価値すら何てどこにもねぇよ。
人間の急所にボールをぶつけても帽子1つ取らねぇクソガキ共に教えてやらねぇといけねぇことがあるんでな…。
ーーーーバギィィィィィッ!!!!
勝負の世界ナメんなよ?
ストライクを取りに来たストレートをミートポイントまでギリギリまで引き付け、ボールをシバくように捉え走り出した瞬間オレは右腕を高く突き上げた。