第57話 はやくしてください!
甲子園も残すところ僅かとなった。
今日は準々決勝の4試合が行われる。
オレたちはその4試合目だ。
1試合目の浦話学院対日経大三高という激アツなカードは、14対2という圧倒的大差で浦話学院が勝ち上がった。
日経大三高のエースは水瀬に全打席真っ向勝負を選び、ソロホームランと2点本塁打、3点本塁打と完璧に捉えられていた。
試合後の談話では『高校球界最高のバッターと真っ向勝負できたので悔いはない』と涙を流しながら笑顔で答えたらしい。
「トイレトイレっと…。」
「あ!!拓海くん!」
試合前にトイレに行こうとしていたら、偶然飲み物を買いに来ていたのか自販機のところに結衣がいた。
余談だけど、沖縄で行われたインターハイで優勝してそのまま甲子園の全校応援に合流したというハードなスケジュールだ。
「ってまたオレの帽子被ってんのか…。」
「いいじゃん別に!これ被ってると一緒に戦っている感じがするんだもん!って頬つつくのやめてよ!」
なんて拗ねて頬をぷくーっと膨らませてる結衣のほっぺをつついてると緊張が和らぐ気がした。
「ねー!キミ可愛いね!!今日の試合で勝ったらオレと付き合ってくれる!?」
「ちょっ…!?なに!?」
すると、横から結衣の肩を組むようにして飛び込んできたクソガキが現れた。すると、そのクソガキはオレの存在に気づいた。
「あん?あんた…もしかして光南の楠瀬か?」
「そうだけどまず自分の名前を名乗るのが筋じゃねぇのか?」
「オレは桐央学園の杉浦だよ。それにしてもこんなヘボピッチャーと付き合ってるなんてあんた男見る目無いんじゃない?」
「なっ………!そんなことないもん!!」
なんだこいつ。本人がいる前でわざわざ大きな声でオレのこと『ヘボピッチャー』って部分を強調して挑発してきた。それに結衣も負けじと反発する。
「まぁこの試合もオレたちが勝つから考えといてねー!!!」
と、クソガキこと杉浦はオレたちに背を向け走っていった。
………マジでなんだったんだ?あいつ。
「拓海くん!!!」
「はいっ!?」
大きな声で呼ばれたオレは、恐る恐る振り返るとそこには周囲の人を寄せ付けない威圧感を纏った彼女(仮)が立っていた。
「か・な・ら・ず・勝・ち・な・さ・い!!!!」
「………はい。」
結衣ちゃんマジ怖ぇ………。
「お前どこ行ってたんだ?そろそろ試合始まるぞ?」
「ん?トイレだ。………監督、お願いがあるんですけどいいですか?」
試合直前ベンチに戻り、新城が何処に行っていたかと聞かれたのでトイレだと一言で答えた後監督に直訴することがあるのでベンチの中に入る。
「どうした?先発回避ならもう無理だぞ?」
「まさか。今までセーブしてきたピッチング、この試合から決勝まで全開でいきたいんすけどいいですか?」
「何故だ?」
何故?と帰ってきたか…。
「そろそろ甲子園も終盤です。セーブしたピッチングじゃここまで勝ち上がってきた学校も相当強いです。だからセーブした状態で抑えられないと思いまして………。」
「ふむ…。分かった。その辺はもうお前に一任する。」
「ありがとうございます。」
監督からのGOサインが出た。
さぁ、これから準々決勝の試合だ。
いつも以上に集中力を高めるために、目を閉じて身体の奥底から空気を吐き出した後思いっきり息を吸い込む。
「楽しんでこーぜ………。」
集中力を高めた後自分に言い聞かせるように呟いた後、審判がホームベースに整列するように集合をかける。
整列後、オレの目の前にはあの杉浦がいた。
オレは杉浦の目を合わせることなく、挨拶する。
『ただいまより準々決勝第4試合、光南高校対桐央学園高校の試合を行います。まず守ります桐央学園高校………』
Side A.Kusunose
「あなた!はやくしてください!もう拓海の試合が始まってますよ!?」
わたしは拓海の準々決勝の試合を夫婦で観に来ていた。
だというのにわたしの夫である、元甲子園球児の海斗さんはその歩みを早めようとしない。
「そんなに急がなくてもいいだろ?久しぶりに甲子園の地に来たんだ。もう少しこの雰囲気を味わせてくれよ。」
「アルプススタンドから見た方がもっとすごいと思いますけ………どっ!?」
海斗さんの背中を押しつつ何とかアルプススタンドの出入り口まで辿り着いた。
わたしの目の前に広がっている試合は、現在4回表0対0で打席には拓海を迎えていた。
Side out