第52話 変わりゆく周囲と
『拓海さん!あと1つですよ!!』
『楠瀬!しっかり投げ込めよ!!』
これは………夢?
夢の中のオレは、バックから聞こえる声を背にモーションに入りボールを投げた。
投げ込まれたボールは新城が構えるミットに吸い込まれ、ボールを打とうとしたバッターは空振る。
センバツの時の………夢か?
『ットライーク!!バッターアウト!!』
『っしゃぁぁぁぁあ!!!!」
その瞬間、1度身を屈め両手を天高く掲げた後優勝した瞬間冷静だったオレの意識は急激に高ぶり喜びを爆発させた。
………が。
「「「………。」」」
「………ハッ!?」
叫んだと同時に目が覚め、いきなり叫んだこともあり自分のクラスメートたちはビックリした顔で、教壇の上にいる古文担当の先生は白い目でこちらを見ていた。
「………楠瀬。顔洗ってこい。」
「………………………はい。」
「授業中いきなり叫ぶなや…。あんまりにも大きい声だったから心臓止まりそうになったわー。」
「大方センバツの優勝の瞬間の夢でも見てたんだろ?」
「………はい。」
昼休みとなり、学食で弁当を軸にうどんを啜っている椎名とカツ丼とラーメンを物凄いスピードで口の中に運ぶ水野に攻められていた。
何でもコイツら新チームになった秋口から付き合い始めたらしく、明治神宮大会前に何でいつも一緒にいるんだ?と椎名に聞いたらアッサリ自白った。
付き合っていると聞かされた時はビックリしたってところじゃなかったけど、案外お似合いだから冷やかす気も失せた。
何だかんだ水野と椎名だとお似合いだしな…。
ついでに報告すると、雪穂も水泳部エースの七瀬に告白され、この春から付き合い始めたと言うことをつい先日聞かされた。どうやら素っ気なかった原因はこれだったらしい。
でも、その事を聞いたオレと結衣は素直に祝福した。
こうして、オレの回りは徐々だが確実に変わり始めている。
野球の話となると水野にはプロのスカウトの話が何件も来ているという話も聞いてるし、オレにも同じくらいの数のスカウトの話が来ているらしい。
らしいというのは、監督が夏の大会が終わるまで余計なことに気を取られず練習に集中して欲しいという配慮のおかげでオレの耳には殆ど入ってこないからである。
オレの実力ではプロとしてやっていけるという自信が無いと言うのもその理由の1つなのだけど………。
それについては追々話すから今は聞かないでくれると助かる。
「それにしてもさ、お前らどんだけ食うねん…。」
目の前のカップルは昼メシを食べ終わったと思ったら、今度は購買部で売られているスーパーロングベーコンレタストマトサンド(通称スーパーロングBLTサンド、長さ120センチ 値段800円)を恵方巻きみたいに口に突っ込み早食い競争をしていた。
「ハッハッハッ………。」
時間が流れ、放課後。
体育館やトラックからは、陸上部やバスケ部を始めとした部活が活気よく練習していた。
Aグラウンドではバッティング練習をしている最中オレは、隣のBグラウンドで様々なところから聞こえてくる色んな音を聞きながらランニングしていた。
今の時期、放課後の練習はひたすらランニングメニューだ。というか、自主練含めてしばらくノースローとなっているのでランニングメニューをやるかバッティングをやるしかやることがない。
でも考えてしまう物事だってある。
『進路』のことだ。
今まで野球漬けの毎日を送ってきて、それが当たり前だと思っていた。
水野は既にプロに進むことを決めており、仮に指名されなかったとしても野球部のある実業団チームに進むと進路指導の先生に相談したと言っていた。
結衣はインターハイや春高バレーの結果が全日本女子バレーチームの監督の目にとまり、全日本代表に選ばれた。それにともなって実業団に進むことににしたらしい。
椎名はバスケの超強豪校からスカウトが来たらしく、そこの大学に即決したらしい。
他の友達や野球部の仲間たちも次々と自分の進路に向かって動き出しているなか、オレの中では自分だけが取り残されていくような疎外感を感じている。
オレ………このままでいいのかな…?
将来や進路への不安を拭いきれないまま、ただひたすらにグラウンドを走り続けるのだった。
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