第51話 自分でも驚いたくらいだ
「9回表ですね。」
「ああ。もう9回だな。」
「そろそろ点欲しいぜ?もういい加減フルスイングのプレッシャーからそろそろ解放させてくれ。」
1番の蒼井と4番の水野と3番のオレはベンチで話をしながら、マウンド上のピッチャーを観察する。
エラーや四球とかで出塁こそはしているが、ここまでわずか4安打と抑え込まれていてオレたち3人に至っては今日はまだノーヒットだ。
その日経大三高のピッチャーはエースから、2番手でサイドスローの投手へとスイッチした。
変化球はスライダーとカーブしか持ってないし最速も135km/hくらいしかない、いわゆる並のピッチャーだ。
もはや愚策としか思えない采配だ。けど、オレらにしてみれば願ってもいないチャンスだ。
「んじゃ、オレが突破口開いてきますね?」
「おう。頼んだわ。」
そんな軽口を叩きながら、うちのチャンスメーカーがバットを持ってバッターボックスへと向かっていった。
Side out
Side S.Aoi
『9回の表、光南高校の攻撃。1番 ショート 蒼井くん』
アナウンスを聞いたあと両打ち(スイッチヒッター)であるオレは、右打席に入る前に相手の守備シフトを確認する。
足を警戒してか、内・外野どちらも定位置より少し前にシフトを取っていた。
………となるとセーフティは無理か。
って思うじゃん?
ーーーコンッ…。
「「「セーフティ!!!」」」
オレは初球、アウトコースに投げられたストレートをスライス回転を与えるようにバントして3塁線上で止まるように転がす。
相手サードはオレがバントの時にかけたスライス回転のことなど露知らず、打球はファールゾーンに切れていくと判断したのか転がるボールに触れず悠長に見送っていた。残念だけどさ…、
「フェア!!!」
「んなっ………!?」
昨日まで雨降ってたし、それに今日も今日で湿気が多いから弱いゴロの場合は打球の勢いを殺しやすいんだよねー…。
あとは頼みましたよ…?
Side out
蒼井が初球セーフティーバントで出塁すると、すかさず盗塁を決めて得点圏に進むとオレの前のバッターが1発で犠牲バントを決めた。
「ボール!フォア!」
そしてオレはアウトコースにスッポ抜けたカーブを見送り、四球を選び1アウト1・3塁。
『4番 センター 水野くん』
試合を決定つける大チャンスに水野に打席が回ってきた。
前までの水野なら、緊張でガッタガタに震えて自分のスイングが満足に出来ないくらいまであがっていたけど主将という立場になりチームを背負うものとなってからはその状態が無くなった。
ーーーバキィィィンッ!!!
相手が投じた初球を水野は、フルスイング一閃。
乾いた打球音が甲子園球場内に響き渡ったと同時に、水野独特の身体にバットが巻きつくほどのフォロースルーを取ったあと静かにバットを置き、ゆったりと走り出す。
打った瞬間誰しもが確信できるような打球は、ライトスタンド中段に弾丸ライナーで飛び込んだ。
まず蒼井がホームを踏み、オレがホームを踏むときにハイタッチで迎えてくれた。
ホームランを打った水野は悠々とダイヤモンドを回り、ホームベースに戻ってきた。
「ナイスバッティングです。」
「それにしても、すげぇなさっきの打球。」
蒼井は先ほどのバッティングを素直に称賛し、オレは打球の鋭さに驚いた。
「いやぁ、スライダーが真ん中からインコースに入ってきたもんでな。自分でも驚いたくらいだ。」
それだとしてもライナーでスタンドまで運ぶのは普通の高校生でも…、いやプロレベルでも無理だと思うんだけど?
まぁ何はともあれ、3点を貰ったんだ。
ラスト1イニング………、いっちょやったりますか!!!
その後オレは9回裏の日経大三高の攻撃を3人で抑え、東北勢として初となる大紫紺の優勝旗を持ち帰ることとなった。
Side out