第50話 そんときゃごめんな
「スー………ハー………。」
昂る緊張を抑えつけるように深く深く深呼吸を繰りかえす。
春の甲子園、通称センバツの決勝戦。
ここまで勝ち上がってきたけど春夏通じて初めての決勝戦進出とあって、静かな場所に移動すると自分の心音が聞こえてきそうなくらい緊張しているのが自分でもよく分かる。
この大舞台の中に感じるプレッシャーを水瀬は跳ね返し活躍したと思うと、つくづく『怪童』と呼ばれる理由が何となく分かるような気がする。
「拓海、相手はあの日経大三高だ。機会を見て例のボールを解禁しよう。」
冬の間にさんざん付き合ってくれたことにより、何とか実践で使えるレベルまでに仕上がった『例のボール』のサインを出すと言った。
2つほど投げられるボールを増やそうとしたが、もう1つのボールはこのセンバツで投げるのにはリスクがありすぎるのと連投すると肩肘に負担がかかるという判断の元、使わないことにしている。
「おーけぃ、コントロールミスしたらそんときゃごめんな。」
「おいおい、強打を誇る日経大三高だぞ?コントロールミスしたらスタンドだ。しっかり腕振って投げ込んでこい。」
「プレッシャーかけんなよ…。これ以上プレッシャーかけられるとハゲる。」
「そんだけ冗談返せんなら大丈夫だろ。とりあえず、せっかく決勝戦まで来たんだ。この場をたのしんでこーぜ?」
そうだな…。何をオレは緊張していたんだろう。
ここまで来たんだからオレらしくのびのびと投げよう…。
「整列!!!」
「「「「おっしゃぁぁあ!!!」」」」
『只今より決勝戦。光南高校対日本経済大学附属三高の試合を開始致します。』
Side S. Minase
『マウンド上先発の楠瀬2ストライク1ボールからの4球目投げた!カーブがインローに決まり、バッター反応できず見逃し三しーーーん!!!楠瀬この試合13個目の三振を奪いましたー!!!』
寮の自室のテレビでセンバツの決勝戦を見ながら、明日の練習に備えて一昨日届いたオーダーしていたおニューのグラブと普段使っている木製バットを磨いていた。
楠瀬カーブを覚えたのか…。
カーブ………それも横に曲がるカーブじゃなく、かといってスピードが出ないスローカーブでもない。
確信はないけど、120km/h後半から130km/h台が出ていることと、鋭い弧を描く球道からして、恐らくナックルカーブかな?
まだまだ制御しきれないのか、時折甘いコースに投げ込まれるけど140km/h中盤のツーシームやスライダーや高速チェンジアップといったバリエーション溢れる球種に加え、それを際立たせる今日の試合最速の145km/hのテレビ越しでも分かるノビのあるストレートのコンビネーションで三振や凡打の山を築いていく。
また厄介なボールを覚えやがって…。
なんて一人で苦笑いしながらテレビを見ると、画面では0対0のまま、8回裏ツーアウトランナー無しで4番の横山を迎えていたところだった。
Side out
『4番 サード 横山くん』
「っしゃぁぁぁぁぁあ!!!」
8回裏ツーアウトランナー無しで4番の横山を迎えた。
横山をここまで三振、サードフライ、ピッチャーゴロとこの試合横山を見下して投げることができている。
横山は『まだ試合は諦めてねぇぞ』という意思表示の現れなのか打席に入ると、大声で叫び睨み付けてきた。
だが、それも無意味な行為だ。その勢いを完全に………消し去ってやる。
初球をこの冬で投げるようになったナックルカーブでスイングを誘い、ファーストストライクを奪う。
続く2球目………、
ーーーガギィィィッ!!!
横山のインコースを抉り込むツーシームを投げ込む。横山はスイングをするが、バットの根っこに当たりサード方向に力の無い打球がファールグラウンドに転がっていく。
3球目をボール球を投げ込み、カウントを整える。
そして4球目、オレはサイン交換の直前に帽子のツバの部分に指を指した。
Side out
Side S. Arashiro
横山を仕留めるためスライダーを要求しようとしたが、マウンド上の拓海は帽子のツバに手をやった。
全力で投げるというサインだ。
日経大三高打線の核はよくも悪くも横山だし、まぁ………いんじゃないか?
拓海がこのサインを出してきたなら余計な小細工はいらない。
横山のストライクゾーンど真ん中にミットを構える。
秋口から鍛えに鍛え抜いた足をいつもより高く上げ、力強く踏み込み腕を全力で振り切って投げられたボールはこの大会1番の威力とノビで横山のバットの空を切った。
「ストライク!バッターアウト!!」
ーーーバックスクリーンに写し出されている拓海の最速タイ記録となる『152km/h』という数字と共に…。
Side out