第4話 たまんねぇわ
立花さんのピッチング練習と入れ替わるようにオレはマウンドへ上がる。
マウンドから約6足分の場所をスパイクで軽く掘った後、プレートの右端に立つ。
「松平さん!行きます!!」
松平さんは了解とばかりにミットを右バッターのアウトコース低めに構える。
ノーワインドアップから左足を上げる。
左足を上げながら身体をセカンド方向へ若干捻る。
捻ったことによる反発を借りつつ、グラブで壁を作る意識で前方に身体をスライドさせる。
テイクバックを十分に取り、リリースポイントをギリギリまバッターに近いところまで持っていく。
ボールをリリースする直前にリストと指先に力を込めて……放つ!!!
ボールは地面スレスレから浮き上がるように松平さんが構えたミットに寸分の狂いなく投げ込んだ。
その後松平さんは立ち上がりマスクを取り、その場で口が開く。
「……ナイスボール。」
「あざっす。」
「いや、確認しなかったオレが悪いんだけど……。それにしてもお前も立花さんと同じタイプか……。」
「打たれづらいフォームを追求してたらいつの間にかこうなってました。」
「マジか……。立花さんといい、楠瀬といい……、キャッチャー泣かせのピッチャーが増えてたまんねぇわ。」
そう言ってるけど、松平さん……。口許が緩んでます。
「持ち球は?」
気を取り直した松平さんがオレの持ち球を聞いてきた。
だからオレは正直に持ち球を全部伝えると……、
「扱いづらっ!!!」
……むっちゃくちゃ笑われた。
しょうがねぇじゃん。
ストレートの感覚はいいんだけど、変化球の感覚はあまりよくないんだから……。
そのこととあってオレはスライダー……。高速スライダーしかなげられないのだ。
ピッチング練習は約100球投げた。
そのうちの約半分の50球はセットの体勢から投げたものだった。
途中立花さんが満面の笑顔でバットを持って左バッターボックスに立ったり、後ろでジャッジしてくれたりと何だかんだでピッチャーに必要なことをしてくれるのはありがたい。
「ラスト!ストレートで締めんぞ!!」
65球目。
ノーワインドアップから投げたボールは、インコース高めに浮き上がるようにして突き刺さった。
「ふー……。こんなもんか。よし!上がるぞー。」
「ありがとうございました!!」
「ルーキーにしてはいいボールだったってのが本音だ。だけど所々コースが甘く入ったりしてたから走り込んでスタミナと球数に耐えられる足腰を作っていくのが課題だな。」
「はい。」
70球足らずでオレの弱点を見抜く辺り流石正捕手といったところか。
「んじゃ地面を均して帰っか。」
「そっすね。」
「ただいまー……。」
夜の9時半。
練習が終わったのが7時半くらいで、制服に着替えたり軽く汗を流したりしてたからその時間を差し引くとかれこれ1時間くらいピッチング練習してたことになる。
「おかえり。遅かったじゃない。心配したんだからね?」
「ごめんごめん。先輩たちに捕まってピッチング練習やってたら遅くなっちまった。」
雪穂がオレが帰ってきた音を聴いて、玄関まで来た。
オレは荷物を邪魔にならないような場所に置き、雪穂の後ろについてリビングに入る。
テーブルの上には教科書やノートが広がっているのを見て、きっと授業の予習でもしてたのかな……?と考える。
「ほら、洗い物が終わらないからちゃっちゃと食べちゃって!」
置かれたのは酢の物と昨日の肉じゃがとご飯と味噌汁。
これだけじゃ足りなかったので、卵と一緒にご飯をもう1杯胃の中に放り込んだ。
うん、いつ食べても雪穂の作ったメシは美味い……。
Side out
Side Y.Kobayashi
こんばんは。小林 雪穂です。
あたしは今、拓海が食べ終えた食器を洗っているところです。
いつもならあたしが帰った後に、自分が使った食器とあたしの食器を洗っているのにあいつはふらふらしながら今日使ったユニフォームを洗濯したと思ったらいつの間にか自分の部屋の床で寝てしまっていたのです。
本来なら叩き起こしたい所なのですが、部活もやってさらに先輩と一緒に残って練習してたなんて言ってたから今回は見逃してあげようと思います。
今の時間は夜の10時半……。
家が隣だからいいけどもしかしたら帰ったらお父さんかお母さんに怒られるかもなぁ……。
そのときは拓海のせいにすればいいから大丈夫……かな?
お父さんもお母さんも拓海のことになれば、事情も知ってるから分かってくれるはず!!
よし!!洗い物も終わったし、今ちょうど洗濯物も終わった!!
さっさとあいつの洗濯物を干してあたしも帰って寝よう!!
その後しっかり(?)お母さんに怒られましたが、事情を説明し『9時を越えそうなら家に連絡を入れること』という条件で見逃してもらうことになった。
Side out