第42話 オフショットの1枚
季節は秋。
雨が降る度に、秋がどんどん深まっていく。
夏の敗戦を乗り越えたオレたち光南高校は、水野新主将を中心としたチームで秋の県大会を優勝し、勢いそのままに東北ブロックも優勝。
明治神宮大会では、残念ながら優勝することはできなかったがベスト4になり春のセンバツの出場の報告待ちとなっている。
一方、『怪童』こと水瀬がいる浦話学院は夏の甲子園を制したが秋大会でまさかまさかの敗退。
関東ブロックにも出場していないので、春のセンバツ出場は絶望的。
春でのリベンジマッチは敵わず、夏までお預けとなってしまっていた。
「ほら拓海くん!!さっさと起きる!!!」
明治神宮大会が終わり、1週間ほどのオフとなったオレは土曜日ということもあって久々に惰眠を貪ろうとしていたが凛とした女性の声で意識を現実に引き戻される。
最近朝からオレの家に来ることが多くなった結衣に叩き起こされそうになっているからである。
今日は久々のオフだっていうのに寝かせてくれたっていいじゃねぇかよ。ぶーぶー。
「………。あと1時間したら起きる。」
オレは剥ぎ取られた布団を頭から被り直し、2度寝しようと試みる。………が、
「起きないって言うなら着ている服の中に氷入れるよ?」
一部の人(?)に取っては恐ろしい行動だが、オレは結衣がそんなことするような人じゃないと信用し抵抗する。
オレは………、オレはそんな脅しに屈するような人間じゃないぞぉぉぉお!!
結論から言おう。
すでに用意されていた氷を服の中に突っ込まれ眠気を強制的にシャットアウトし、見事にウェイクアップ、オレ!状態となった。
「んでこんな朝早くに起こしてどうしたんだ?」
改善された結衣の料理スキルから生みだされた朝食を食べながら、率直な疑問を投げ掛けてみる。ちなみにいうと強制起床時刻は朝の7時。今7時半。
結衣さん………あなた何時に起きたの?
「もう!忘れたの?お買い物したいっていったら、オレも買いたいものがあるっていったのは拓海くんでしょ!?」
あっるぇー?そうだったっけか?オレそんなこと言った記憶ねぇぞ?
余談だが、雪穂は何だか都合が悪いらしい。
というか最近家に来る機会も少なくっているような気が…。
………まさか別の男か?
なんて、嫉妬深き男にありがちな考えに至ったのはきっとオレの頭の中にいる妖怪のせいなんだろう。うん、そうだろう。
変な考えを冷やすべく、コップの中の水を一気に飲み干して結衣が言ったことを確認すべくオレはハーフパンツのポケットからスマホを取り出し、今や電話やメール機能に変わるコミュニケーションアプリを起動させる。
ええっと…?………………うん。バッチリ『オレも買いたいもんあるから行くわ』ってメッセージ飛ばして、そのメッセージに既読ついてるし。
分かった。分かりましたからその笑顔と右手に握られてるお玉降ろしてくださいお願いします。なんでもしますから………。
「オレさ、善は急げっていうことわざ言葉だけは知ってたんだけど使うとき無かったからあまり知らなかったんだよね。」
「うん。」
オレの独り言を律儀に反応し、相づちを打つように返事をしながら頷く学園のアイドル………もとい結衣。
オレ的にポイント高いぞ?その行動。でもさそれとこれとは別だ。
「だけどさ、今日このときようやく意味が分かった。結衣さん………あなた行動力ありすぎじゃないっすかねぇ!?」
電車に揺られ、およそ1時間半。
県境を越えた隣町のでっかいショッピングモールに着いた瞬間漏らした第一声がこれだ。
何も8時頃の電車に乗らんでもよくなかったか?
お陰でここに10時前に着きましたよ!?
「ほらっ、早く行こっ♪」
知ってか知らずかオレの手を引きショッピングモールに向かって歩き出す結衣の後ろ姿を見つめ………、
(まぁたまにはこんな日もあってもいいか………。)
と思ってしまうのはきっとオレが結衣に対して甘いからなのかなぁ…。
オレたちがわざわざやって来たショッピングモールはスポーツ専門店やら本屋、CD・ゲームショップ、服屋など1日居ても飽きないくらいの数が入っていた。
オレが欲しいのは、走り込みの時に履くランニングシューズだ。
夏の甲子園が終わってから、ランニングの量を今までの倍以上増やしたもんだから今までは4ヶ月に1回のペースで変えていたランニングシューズは1ヶ月半で履き潰すようになったので、それを買いに来たのだ。
オレはマラソン選手じゃないけど、ランニングシューズには割りと拘りのある人間なのでクッション性が強いけど重いジョギングシューズではなく、軽さとグリップ性が強いけどそれなりにクッション性があるランニングシューズを選ぶ。
足に合うサイズの在庫があったので、特に迷うことも無く購入してオレの本題は終了。
一旦コインロッカーに荷物を入れ、今度はプリンセスのターンだ。
女の子のお買い物はむっちゃくちゃ長いっていうのは、幼馴染で既に勉強済みだ。
さぁ、有り余っている時間と財布の中に入っている諭吉や英世なんか捨ててかかってこいよ!
と、一人心の中で決意を秘め、姫様の後ろ姿に向かって走り出した。
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