第39話 エースと4番の信頼
「ットライーク!バッターアウト!!」
横山に対してのラストボール、インコース低めに渾身のストレートを投げ込んだ。
横山は虚を突かれ、反応することすらできなかった。
何はともあれ、この試合の最大の山場を乗り越えた。
「っしゃぁぁぁあ!!」
少しでも相手に重圧を与えて味方に追い上げムードを、と考えていたらいつの間に利き手を握り締め大きな叫び声と一緒に利き腕を降り下ろしていた。
「楠瀬!ナイスボール!正直シビれたぜ!」
「ナイピー!!」
「この回攻めに攻めて少しでも楽させてやろーぜ!!」
「「「っしゃぁぁぁあ!!」」」
ベンチに戻ると背中をバシバシと叩くなど荒っぽい歓迎をされつつもオレの叫びに呼応して、チーム全体に追い上げムードを吹き込んできた。
オレはベンチの片隅に座り、スポーツドリンクを飲んで試合の行く末を見守った。
Side out
Side H.Mizuno
拓海が見逃し三振からの絶叫で吹き込んだ追い上げムードは、オレたち野手陣のバットにも乗り移っていた。
先頭バッターがまず四球で出塁し、2番バッターが1発でバントを決めてチャンス拡大。
ーーーキィィィン!!
んで、オレの前の打順を打つ松平さんがアウトコースへ逃げていくカーブを逆らわずにライト前に運ぶが、当たりがよすぎて2塁ランナーはホームに突入することを躊躇い、ワンアウトランナー1・3塁という最大のチャンスで………、
『4番センター 水野くん』
オレの第5打席目が回ってきた。
右のアンダースローである似鳥に対して、左バッターであるオレはリリースポイントが見やすい。
だけど何が厄介かっていうと、持ち球が非常に多彩だということである。
ストレートを始め、スライダーにカットボールにカーブ・高速シンカー・シュート・チェンジアップ…。バッターからしてみればこようえ無く厄介なピッチャーだ。
狙っているボールが1球も来なかったっていうことも多いくらい多種多様なバリエーションだし、1つ1つのボールの質が高い。
何に狙いを絞ったらいいものか………。カットボールはさっきの打席で凡退しているしチェンジアップはその前の打席で三振しているし…、
「ストライク!」
頭の中でゴチャゴチャになっていたら、それがバッテリーに伝わってしまったのかハーフスピードのストレートをど真ん中に投げられ、簡単にファーストストライクを取られてしまった。
ヤバい!このままじゃダメだ!!
頭では分かっているが、考えとは裏腹に自分のスイングが出来ず次に投げてきたインコースのカットボールに差し込まれ、サード方向のファールグラウンドにボテボテのゴロになる。
「タイム!!」
「水野!!」
………え?
審判がいきなりタイムをかけたと思ったら、ベンチから拓海がオレの所に走ってきた。
Side out
「楠瀬。伝令行ってきてくれ。」
水野が簡単にファーストストライクを取られた瞬間、大場監督が伝令を頼んできた。
「伝令………ですか?」
「ああ。最終回でこんなチャンスで回ってきたんだ。緊張するなという方が無理だ。なんでもいいからあいつの緊張解いてやってくれ。」
「分かりました。」
「よし…行ってこい!タイム!!」
「水野!!」
審判がタイムを宣告したのを確認し、オレは水野の元へ駆け出した。
Side H.Mizuno
「拓海…?どうしたんだ?」
「どうしたんだって…。伝令っつーのは形だけで、ただ間を取りに来ただけだ。」
「そ…そうか。」
「おう。ほら、取り敢えず深呼吸してみろ。」
「スー………、ハー………。」
オレは言われた通り深く息を吸い込み、取り入れた空気を全て吐き出した。
さっきまでガッチガチで知らないうちに手足が震えていた身体がスッと楽になり、ゴチャゴチャしてショートいた思考が冷やされていくのが分かった。
「落ち着いたか?」
「おう。」
「んじゃ、行ってこい。」
最後に背中をバシッ!と叩かれ、伝令はベンチに戻っていった。
………あいつ、『絶対打てよ』とか『お前ならやれる』なんてありきたりなエールしなかったな。
あたかも『お前なら打てて当然だろ?』って感じだったな。
そう言えばオレも、センターのポジションからどんなピンチでも『拓海なら抑えて当然だ。』って思っている節があるし、実際さっきの横山の時も思ってたし。
そうか…、これが信頼ってやつなんかな………?
だったらその信頼に答えてやんないとな。
そう考えた瞬間、自分のヒッティングテーマを演奏してくれている吹奏楽部もうるさいくらいの歓声も聞こえず、代わりに甲子園球場内に静かに吹く風の音が聞こえてきた。
…?なんだこの感覚は………?
少しの疑問を抱えながらピッチャーに目線を向けると、似鳥がアンダースロー特有の身体を潜り込ませボールを投じてきた瞬間………、
ーーーあ。このボールは打てる。
そう確信したオレは仕留めに来たアウトコースへ逃げていく高速シンカーに反応し、素直にバットを出しボールを捉える。
打った自分でも惚れ惚れするような会心の当たりだった。
木のバット特有の乾いた打球音が甲子園球場内に響き渡った瞬間、オレは右手人差し指を空に向けて高く掲げていた。
Side out