第26話 いい噂は聞かねぇな
「なぁ…バッター目線から見てどんな感じー?」
ーーーカァァァン!!
室内練習場内は木製バットの乾いた打球音が響き渡る。
「んー。松平さんの言う通りやっぱり他のボールに比べると腕の振りが若干緩い……かなっ!!」
「これでも結構意識してんだけどなぁ…。」
新球だけじゃなくストレートやスライダーなども織り交ぜながら水野のバッティング練習のバッティングピッチャーをしている。
会話しながら投げてるし、会話しながらも鋭く力強い打球をポンポン飛ばしている。
「いっそのこと握り方変えてみたら?もしかしたら握り方が拓海に合ってないかもしんないじゃん?」
「そうかー?んじゃちょっくら色々試してみるわ。」
オレはカゴの中のボールを1つ取り出し、握りを変えて投げてみた。
「サンキューな水野。いいヒントが見付かった。」
「いいって。うちのエースが少しでもレベルアップしてくれりゃオレらバッター陣が打てなくても抑えてくれりゃ負けなくなるし?」
「プレッシャーかけんな。」
水野から新球のヒントを貰い、完成に1歩近付いた感じがしたのでそのお礼としてスポドリを奢るために自販機に来ていた。
ちなみにここの自販機はスポドリの他のラインナップとしてはどろっとして濃厚な桃の紙パックジュースだったり、味噌カツ味の缶ジュースだったりと出所が怪しすぎる飲み物しか揃っていない。
ちなみに1度だけ味噌カツジュースを飲んだことがあるけど、ありゃそのまま飲むより白米にぶっかけて食べる方がいいくらいしょっぱかった。ありゃジュースって呼んじゃいけない気がする。
「ほれ。」
「おう、ありがと……な。」
水野はスポドリを受け取ったのはいいが、一向に蓋を切る仕草を見せずずっとオレの後ろを見ていた。
「水野?」
「なぁ、拓海。たしかお前って小林と幼馴染みだったよな?」
「雪穂のことか?」
「ああ。後ろの街灯の近くにいるのって小林じゃねぇか?」
水野の見間違いだと思い、振り返ってみると確かにそこには雪穂の姿とよく分からない男がいた。
「あの男は確か…。」
「サッカー部の深津。顔付きはいいんだけどあまりいい噂は聞かねぇな。」
深津は学年でもかなり上のレベルのイケメンなんだが、裏では余裕で2股や3股かけたりヤり捨てしたりと女性関係で相当やらかしている人間だ。
しかも当の本人は反省する気ゼロなので余計に質が悪い。
「何でまた部活に入ってない小林が深津と…?」
「さぁ?あいつなら何とかするんじゃね?さ、そろそろ帰ろうぜ。」
オレはこの光景を軽く流して、水野と一緒に学校の敷地内から出ていった。
Side out
Side Y.Kobayashi
困った。
学校祭の企画委員に選ばれて、これから帰るって時にサッカー部の深津くんに捕まってしまった。
「ねぇ雪穂ちゃん?これから帰り?だったらオレ様と一緒に帰らね?」
「ごめんね?わたし急いで行かなきゃいけない場所があるの。」
「そんな固いこと言わなくてもいいじゃーん。」
「ホントにごめんね?じゃ、わたしはこれで…きゃっ!?」
帰ろうとして深津くんの横を通り過ぎようとしたけど、急に腕を捕まれて引っ張られたと思ったら後ろの壁に押しやられた。
深津くんは後ろの壁に腕をドンッと叩き、わたしの顔に深津くんの顔を近付けてきた。
「いいだろ?ここには雪穂ちゃんっていう幼馴染みのこと放っておく楠瀬もいねぇんだからよ。」
(え!?なんでわたしと拓海が幼馴染みだっていうことを知ってるの!?)
深津くんはドスが効いた声で、わたしを壁ドンで追い込んできたけどわたしはそれどころじゃなかった。
この事はあまり知られてないことなのに、ほとんど接点が無かった深津くんが知っていたことの恐怖がわたしの背筋を凍らせていた。
「オレ様が一緒に帰ってやるっつってんだから黙って頷いとけよ。な?」
「は…はい。」
わたしは深津くんの豹変ぶりに怯えてしまい、拒否の返事が出来なくなってしまっていた。
「んじゃ10分ほど待っててね?」
深津くんはすっかり元の状態に戻り、制服に着替えるために部室へと走っていった。
わたしはというと、恐怖の解放のあまりその場でへたりこんで1歩も動けなくなっていた。
Side out