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レギオン⑤



「だからよぉ、てめぇがちゃんと前を向いていないせいで、オレの服が汚れちまったんだよ。誠意見せろっての」

「いやぁ、本当に悪いって思ってるよ。ついついあちこちに眼が移っちゃってさ。だけど生憎、いまは手持ちがなくて……」

「手持ちが無いで済むと思ってんのかよ!」

「本当、すんません」


 人の往来の激しい商店街の一画にて響き渡るのは、そんな恫喝と謝罪のやり取り。

 恫喝されているのはやや背の高い鳶色の逆立った髪と鋭い眼を持った男で、注意深く見てみればかなり鍛えこまれた体つきをしているものの、露出を控えた服装の為にパッと見では分かり辛い。

 対する恫喝する側は3人の男たちで、こちらは相手と比べても露出の多い服装であり、これでもかと言わんばかりに盛り上がった筋肉が誇示されている他、腰にはナイフをベルトで挟んでいた。

 

 見る者が見れば眉を顰めるであろう光景だが、それに対して積極的に介入しようという者はおらず、精々が遠巻きに観察する程度だ。

 もっとも、万が一刃傷沙汰になれば即座にウフクスス家の私兵団が飛んで来る事を王都の住民ならば理解している為、積極的に介入して身を危険に晒すメリットが無いという判断によるものだったが。


「謝って済む問題だと思ってんのかよ!」

「いや、こう言っちゃ何だけど、服が汚れただけじゃん? 勿論、よそ見していて汚したオレが悪いのは自覚しているよ。でもさ、直接的害はなかった訳だし、こうして謝罪もしている。そして手持ちが無いからこれ以上の事は無理だから、この辺りで手打ちにしてくれないかって提案なんだけど……」

「手持ちが無いなら持って来いよ!」

「それが、ここには観光で来ていてさ、持って来ようにも持って来れないのが実情で……」

「ンな嘘が通じると思ってんのか!?」

「てめぇオレらの事舐めてんだろ!」

「滅相も無い」


 4人のやり取りは堂々巡りとなっていた。

 そして、3人組の方の堪忍袋の緒が限界に近付いて来ているのも、周囲で見物している者たちから見ても明らかだった。


「てめぇ歯ぁ食い縛れ!」

「そこまでにしておきなさい」


 そしてその矢先に堪忍袋の緒が切れたタイミングで、制止の声が割って入る。


「仮にそちらの方に非があったのだとしても、それ以上やれば罪を問われるのは貴方たちの方になりますわよ。その前に一端冷静さを取り戻す事をお勧めいたしますわ」

「てめぇ、一体――」


 人ごみを掻き分けて出て来たのは、灰褐色の髪を一纏めにした、一目で良家のお嬢様と分かるような整った容姿と綺麗な姿勢を持った少女だった。

 そして男たちが、その少女が着ているのが白を基調とした独特の光沢のある制服であると気付き、先ほどまでの威勢が急激に尻すぼみとなる。

 その制服が王都に存在する学園の物である事は有名であり、そしてその学園に通っているという事は、その人物は貴族に関係する者である可能性が高い。

 そんな者に対して、それまでと同じ態度で対応するのは愚かな事極まりない所業と言えた。

 もっとも、こんな公衆の面前で騒ぎを起こしている事自体が愚かと言えばそれまでだが。


「その上で尚も続けると言うのでしたら、わたくしとしても相応の対応をせねばならないと申し上げておきますわ」

「……チッ、行くぞ」


 先ほどまでの態度が嘘のようなすごすごとした態度で、3人は決まり悪そうに退散していく。

 それで騒動も収まったと見て、周囲の者も何事も無かったかのように移動を再開する。


「いや、助かったよ」

「人として当然の事をしただけですわ。それに、見方によってはあの方々を助けたとも取れますので。礼は結構ですわ」

「それでも一応礼は言わせて貰いたいな。わざわざお嬢さんの手を煩わせてしまったのも事実だしね」


 人当たりの良い笑顔を浮かべてそう言う男に、少女は探るような目付きを向ける。


「……そう、それは中々殊勝な心掛けですわね。では代わりに、おじ様に尋ねたい事があるのですが」

「おじ……って、オレはまだ40にもなってないんだけどな。いや、お嬢さんからすれば十分おじさんか」

「おや、思ったよりも大分お年を召してらっしゃるのですね

「良く言われるよ。で、何を聞きたいって?」

「どうして、あそこで実力行使をしなかったのですの? 貴方でしたらそうすれば、あの場を容易に切り抜けられたでしょう。周囲に目撃者も居た事ですし、そうして貴方が罪に問われたりする事も無かった筈」


 少女は眼前の男が相当な実力者であるという事を、僅かな立ち振る舞いから完全に見抜いていた。

 対外的に見れば、少女が割って入ったのはその男を助ける為だったかのように見えただろう。

 だが結果的に見てみれば、助けられたのは他でもない、恫喝していた3人組の方だった。


「生憎、力を持っているからこそ、無闇に振るったりしないで使いどころってものを見極めるのを心情としていてね」


 それに対して、男はさも当然のように肩を竦めてそう述べる。


「月並みな言葉だが、力には責任ってものが付き纏うと思っている。本人の意思に関係なくな。だからこそ、その力を持っている側としては周囲に適応する為にも気を配る必要性がある。でなけりゃ、人間社会で生活なんて送れやしないからな」

「……そう、ですか」

「逆に問いただすようで申し訳ないが、お嬢さんは何でそんな事を聞くんだ?」

「……答えを探す為、でしょうか?」

「なるほどね」


 男がニヤリと笑う。

 見ていて悪い気分にはならない、陽気な笑みだった。


「年長者からおせっかいとして言わせて貰えば、他人の全てを知ろうだなんて事は高慢以外のなにものでもない。例え、本人にそのつもりがなくともな。

 加えて、人には誰しも触れられたくない事、知られたくない事ってのを抱えている。無闇に突っついて蛇を呼ぶような事はやめたほうが良い。

 ま、初対面の、それも身分も高いであろうお嬢さん相手にそんな偉そうな事を抜かすオレも、大分高慢かもしれんがね」

「……いえ、少なくともわたくしは、そんな風には思いませんわね。お言葉、心入りましたわ」

「喜んで貰えたのなら何よりだ。それじゃ、オレはこの辺りで失礼させてもらう」

「……ああ、そういえば観光に来ていたのでしたね。引き止めて申し訳なかったですわ」

「観光……?」


 少女の言葉に、誰にも気付かれぬように言葉を転がし、すぐに合点がいったように表情を元に戻す。


「そうそう、ついでと言っちゃあれだが、ここに行きたいのだがどうやって行けばいいのか、よければ教えてくれないか?」


 ポケットから取り出したのは、まだ真新しい羊皮紙だった。


「……これは、ここから3つ隣の通りですわね。ですが、今は行く事はできませんわ」


 丸めてあるそれを広げて少女に見せると、少女はすぐにその羊皮紙に書かれている場所に思い当たったのか、滑らかに舌を動かす。


「どうしてだ?」

「何でも、かなり重大な欠陥が見付かったとかで、現在全力で補修工事を行っているそうですわ。その為関係者以外は立ち入り禁止になっていますわ」

「いつ頃終わるとかは?」

「……さぁ、何分欠陥が見付かった事自体が唐突なものでしたので、最悪今日中には終わらないかもしれないという事ぐらいしか」

「……なるほどね。ありがとう」


 男は手を掲げて謝意を示し、踵を返す。


「重大な欠陥ねえ。確かにある意味その通りかもしれんが、まだ補修されるのは勘弁願いたいな。借りパクは頂けないし、何よりあれがないと【無拳】の練習が中々捗らない」


 そして人通りの少ない路地に入り、少女に教えられた通りへと向かって行く。


「ま、一昨日来やがれってね」











「ミズキア、そいつの攻撃は受けるなよ」

「能力に関係あるのか?」

「あるさ。そいつの能力はおそらく【改竄】だ」

「……なるほどな。だから切られた部分から血が出ない訳か」


 合点がいったとばかりに頷き、苦い表情を作る。


 ゼインは手で触れた際に能力を発動し、触れた部位の情報を改竄している。

 その為あたかも切断されたかのような現象が起こるが、実際は切断された訳ではなく、情報を書き換えられただけだ。

 最初から――生まれた時から腕や足は存在しなかったというように。

 だから血は出ない。存在しないところに血を送り込む必要は無いからだ。

 そして仮に治療を施そうにも、能力の影響下にある限り、治癒する事はできない。


「不死でも殺されたら蘇生は不可能だな」


 殺された際に、最初から死んでいる――そもそもこの世に生を受けなかったというように改竄されれば、不死身の存在でも死を迎え入れるしかない。

 普通の不死者ならば。


「だが生憎、オレの不死性はそんなチンケなもんじゃねえ」


 好戦的な、凶暴な笑みを浮かべてナイフを構える。


「オレの能力は【還元】だ。死んだ奴の命をオレのものとして還元している。どう情報を改竄されようが、それはその命の情報のみ。次の命の情報は関係ねえ。死ねば全部リセットだ」


 ミズキアが【忌み数ナンバーズ】とされている理由は、彼が不死の存在であり、また個としても極めて高い能力を誇るからでは断じてない。

 その程度の者は、掃いて捨てる程とは言わないが、それでも【レギオン】には他にもいる。

 その他の者たちを押さえてミズキアが【忌み数ナンバーズ】として数えられているのは、その不死性が理由に他ならなかった。


 死者の蘇生については、大陸の様々な国において活発に議論が交わされている。

 そしてどの国も問わずに真っ先に討論対象として挙げられるのが、蘇生された者はその前と後で同一人物か否かという事である。


 歴史を遡れば、死者が蘇生したという事はない訳ではない。

 それが能力によるものだとは言えど、そういう前例があるからこそ、荒唐無稽な夢物語ではないと研究され議論されているのだ。

 そしてその前例を紐解けば、蘇生された者は死の直前までの記憶を、完璧に保持している。

 しかしだからと言って、それが同一人物であるという根拠にはなり得ない。

 記憶も肉体も同じであるのだから、同一人物だと主張する者は多い。場合によっては、死体を完全な状態に保存しておき、それを拠り代に蘇生させるからだ。

 だが一方で、例え本人の肉体を持ち、同じ記憶と人格を持っていたとしても、蘇生する前と後とでは全くの別人であると主張する者も少なからずいる。

 所詮はオリジナルを模倣して組み立てただけの模倣品であり、それはオリジナルではないというのが要約された主張だ。


 ミズキアもまた、その理屈に当て嵌まる。

 言わば自己の同一性、意識の連続性だ。

 今の命を損耗し次の命に移った時、果たしてその前の彼とその後の彼は同一人物か。

 答えは他でもない、ミズキア自身が否であると出している。


 それを自覚していながらも、平然と利用する。それは余りにもおぞましく、そして異常な事だ。

 だがミズキアは平然とそれをする。

 その異常性こそが、ミズキアが【忌み数ナンバーズ】として数えられている最大の理由だった。


「それでも復活の際に余分に命を消費するのは確かだが、その程度は気にする程の事でもないな」

「何ベラベラと喋ってやがる。何でわざわざ俺が敵の前で警告したと思ってんだ。意図を汲み取れよ」

「あっ、そういうあれね」


 引き攣った笑顔で苛立った声を出すカインに、ミズキアは軽い調子で応える。


「まあ、余り関係ないと思うぜ。殺せば全部同じだ!」


 ミズキアがナイフを繰り出す。

 突き出し、引き戻し、また突き出す。

 この繰り返しだけだが、1突き1突きが鋭く、速く、そして正確だ。

 ミズキア自身の能力である【還元】によって借り受けている【超感覚】を駆使し、相手の動きを先読みして急所を狙う、いやらしいくらいの連撃。

 それを相対するゼインは、自分の武器でもある両手でミズキアの動きを牽制し妨害する事で、紙一重で回避する。


「こっちだ!」


 そこに新たなナイフを抜いたカインが加わる。

 ミズキアの攻撃の隙間に嵌め込むように、ナイフを突き入れ、払う。


「チッ……!」


 カインのナイフが頬を掠めて赤い線を引いたところで、舌打ちをしてゼインが後退する。

 そして背中が通路の壁に当たる。

 すかさず左右からの、退路を塞いだナイフによる挟撃。

 ゼインはそれらを素早く見比べ、カインの方へと踏み込みミズキアのナイフの範囲外に逃れると同時に、カイン目掛けて手を伸ばす。


「おっと、こっちに来たか」


 カインは手元でナイフを逆手に握り替え、伸ばされた手に対して側面から捉えるように自分の腕を相手の腕に絡め、反対の手で前腕を掴み、ナイフを握った手を相手の腕に沿って滑らせながら体を反転して背負い、そして投げる。

 抵抗はない。当然だ、抵抗すればナイフが眼球を突くように腕の位置を調節したのだから。

 代わりに、投げられる瞬間に壁を蹴られて滞空中に体勢を整えられたばかりか、自分が想定していたよりも投げの終わりが早く訪れる。

 そして着地と同時の眼突きが、危ういところで眼前の空を切っていく。

 同時にカインの背後から地を這うように突進してきたミズキアが、ゼインの得物の死角である足元を狙う。

 それに対する反応は後退するか、それとも跳躍するか、ゼインが選択したのは前者だった。


 反転し繰り出される手を、ミズキアは躱さない。

 むしろ自ら差し出すように、左腕をその手に向けて掲げる。

 その左腕が肘から切断されるのと同時、両者の足が交錯する。

 互いの右膝が相手の肝臓レバーに埋まり双方共にたたらを踏み、切断された腕が地面に落ちて力なく跳ねると同時にカインが疾駆。

 腕は勿論の事、右足も戻したばかりで間に合わなく、左足を引こうとするが遅い。


った!」


 完璧なタイミングの心臓を狙った刺突は、不自然な手応えに遮られる。


「防刃……!」

「甘いな」


 左足が鞭のように撓り、カインの右側頭部を襲う。

 間に左腕を挟みこめたのは上出来だったが、堪えきれる筈もなく、ガードごと蹴りが叩き込まれて壁に叩き付けられる。

 だが、問題ないとカインは割り切る。

 既にカインが壁に叩き付けられた時には、片腕を失ったミズキアが無防備な首に狙いを定めていたところだった。


 そして、自分の首に迫る金属の光沢をゼインの両目が捉え、首を動かす。

 肉が断ち切られる濡れた音が響き、壁や地面に赤い飛沫が撒き散らされる。


「……おい、どういう事だそりゃ」


 カインがふらつきながら立ち上がり、後退するミズキアの右手を見る。

 ナイフを握る右手の前腕、その半ば辺りが半円形に抉り取られていた。

 そしてそれをやったゼインが、ペッと血に濡れた口から何かを吐き出す。

 吐き出されたそれは、抉り取られたミズキアの腕の肉と骨だった。


「何製だよその歯は……」


 ミズキアの視線が捉えたのは、血に濡れた歯が、透明の輝きを持っている奇妙な光景。

 明らかに普通の歯ではなかった。

 その歯が、強靭な筋繊維も太く頑丈な骨も、まるで柔らかなパンをそうするかのように喰いちぎっていた。


「【改竄】じゃない」


 血の味が気に召さないのか、しきりに口の中に入り込んだ血を吐き出す素振りを見せるゼインが言う。


「俺の能力は【改変】だ。【改竄】なんて上等なものじゃない」











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