レギオン③
前に上げた話に加筆して上げ直しました。
ご迷惑をおかけして申し訳ありません。
「ショボ――」
「あん?」
「……第1副団長」
「何だ、ウェイン?」
「いえ、僕って新人じゃないですか」
「……そうだな。加入してから1年経ってねえな」
「ええ、その通りです。ですので他の団員全員を把握している訳ではないので、よければ教えて欲しいと思いまして」
「……まあ良いだろう。いまは暇だしな」
「ありがとうございます。それで聞きたいのは他でもない、何故か監獄に入れられているという41番の方と、その方を助けに行ったメンバーの中でも特にヤバイとよく聞く6番の方についてなのですが……」
「【無刃帝】と【超人】か?」
「そんな恥ずかしい名前で呼ばれているんですか? いえ、貴方もたいが痛い痛い痛いッ! もげる、もげますって!」
「誰も好き好んで自分から名乗ってる訳じゃねえんだよ、若白髪」
「だから、これは地毛だと言ってるじゃないですか!」
「それと同じ事なんだよ。お前がいくら地毛だと主張しようが、周りが若白髪と言えばお前は若白髪なんだよ。分かったか?」
「わ、分かりました」
「んで、話を戻すとだ、先に【無刃帝】の方から説明するか」
「監獄に入れられている方ですよね。話を聞く限り、初めてではないらしいですが」
「まあぶっちゃけ、あいつの今までに立件されて起訴された罪状の半分くらいが、うちの一部の連中が被せた冤罪なんだけどな」
「何やってんですか」
「逆を言えば、半分は本当なんだよ。判明してないのも含めれば、その数はさらに膨れ上がるがな。複数人が起訴されるよりも、誰か1人に押し付けた方が無駄が無くて良いだろう」
「本人は了承しているんですか?」
「事前に伝えておけばな。不意打ちのも結構あるが。
ま、それは置いといてだ。あいつを一言で表すなら、切り裂き魔だ」
「サイコパスですか?」
「ちと違うな。元はティステアの、結構地位ある立場出身らしいんだが、そこで数十人を殺して切り刻んだ挙句に解体して国を追われたらしい。御家騒動絡みってのが仲間の中での概ね一致した見解だな。
まあ、その後も色々あってカインに勧誘されて、うちに来た」
「何て危険な人を勧誘してるんですか」
「そこまで危険でもねえよ。サイコパスじゃないって言ったろ?
まあ、何故か相対した敵を必要以上に切り刻む癖があったり、あと突然発作に襲われて誰でも良いから切り刻みたくなる癖があるが」
「危険じゃないですか」
「案外話してみると、そうでもねえよ。礼儀も身に付けてるし、うちのルールも遵守してるしな。実際に話してみると分かる」
「はぁ……」
「自分から聞いたクセに、随分と気のねえ返事だなオイ。別に良いがな。
んで、もう1人の【超人】の方だが、一言で表すなら良く分からない、だな」
「貴方本当に副団長ですか?」
「まあ最後まで聞け。
あいつの事を簡単に知るのにちょうど良い出来事が、5年前にあった。
当時とある国で組織同士の対立があって、助っ人ありの素手喧嘩のタイマンでシロクロつけようって事になった。
その選手として相手が用意したのは、退役軍人で【鬼神腕】の固有能力を持った奴だった。この能力が何なのか知ってるか?」
「変異系統の能力で、両腕を鬼の腕に変える能力でしたね。その膂力は、軍属100人と綱引きで拮抗できる程だとか」
「そうだ。素手というルールの中で、最も優位に立てる人材を相手は用意した訳だ。
それに対して、もう片方は人材を見付けられず、オレ達に依頼を持ち込んだ」
「それで派遣されたのが6番の人ですか」
「厳密に言えばオレや団長とかも居たんだがな、直接場に立ったのはあいつだ。
驚く事に、あいつの身長は僅か163センチ弱。しかも鍛えられているという訳でもなくて、体躯はヒョロヒョロそのものだ。対して相手の退役軍人は2メートルと30センチ越えの巨漢。両者が向かい合った様は見てて圧巻だったな」
「163センチ?」
「ああ。お前よりも小さいだろ?
で、結果はあいつの圧勝だ。いや、圧勝なんて次元じゃねえな。まるで赤子扱いだった。
能力で変異させた剛腕での全力の拳を、あいつは利き手とは反対の手で、微動だにせずに受け止めた。笑いながらな。
しかも、それだけじゃ飽き足らずに、そのまま相手の拳を掴んだまま捻り上げやがった。自分の手のひらの、何倍のデカさの拳をだぜ?
そのままたっぷり5分くらいは相手の無駄な抵抗を楽しんで、反対の手の握力だけで手首を砕いて、トドメの拳を叩き込んだ。
あいつが打ち込んだのは、その1発だけだ。その1発だけで、相手は背骨を折って反対方向に折り畳まれた。
しかも事が終わった後に「もう少し拳が小さければ、拳を握り潰したのに」とかいう言葉付きでな」
「どういう能力なんですか? 強化系にしても、随分と上昇幅が凄そうですけど」
「それが能力じゃねえんだよ。あいつは無能力者だ」
「はい?」
「言葉通りの意味だ。固有能力を持たない奴。他にもうちには何人か居たろ」
「いや、それは分かりますけど……つまり、その人はとんでも無い量の魔力を保有しているって事ですか?」
「それも違うんだよな。あいつの保有する魔力量は凡人並みだ。日用魔法を何回使えるかってレベル」
「いやいやいや、あり得ないでしょう。どれだけ鍛えれば……って、ヒョロヒョロなんですよね? もしかして、あり得ないくらい筋密度が高いとか?」
「いや、お前よりも全然ヒョロい。163センチの身長に対して、体重は50キロ弱しかねえ」
「いよいよあり得ないでしょう! 道理に合わないとかいう次元じゃありませんよ!?」
「だから【超人】なんだよ」
「説明になってませんよ」
「うるせえな、言ったろうが、良く分からないってよ。
ただ確かなのは、あいつがあり得ない、人智を超えた膂力を誇ってるって事だ。
それ以外は一切が不明だ。外見年齢はお前と大差ないのに、メンバーの中でも最古参で【レギオン】結成当時から在籍している。
あと昔1度、あいつがワンパンで要塞に風穴開けたのを見た事がある」
「……やっぱり何かの能力ですよね?」
「だから、無能力者なんだよ」
「……一体何なんですか、その人」
「返答は変わらねえよ。ただ……」
「ただ?」
「……ただ、本人曰く一時期魔界に足を踏み入れた事があるらしい。あとそれを聞いた【死神】が、昔言ってた事があってな。べ、べ、ベル……何とかの失敗作だなとか、何とか」
「【死神】って、どっちですか」
「先代の最強の方だよ。そう言えば、今の奴もそうだが、無能者なのに道理に合わない膂力というか、身体能力を発揮してんだよな。それと同じ原理か?」
「いや、知りませんけど。会った事すらありませんし。
それにしても、随分ととんでも無い人を向かわせたんですね」
「向かわせたのはそいつだけじゃねえけどな。あと2人居たろ」
「ああ、そう言えばあと2人居ましたね。片方のキュールさんは面識があるんですけど、もう片方は名前しか知りませんね」
「【不絶群体】と【家具職人】だな。お前と面識のあるキュールの方が【不絶群体】って呼ばれてる」
「そんな名前で呼ばれてるんですか? 軍隊とか呼ばれてるキュールさんはともかく、ギレデアさんの方はショボいですね」
「通り名だけを見ればな。ところがどっこい、実態は通り名からは想像もつかない程、この上なくエゲツない」
「まあ、所詮は他人が他人の視点から見て付けるものですからね、通り名は。中にはそういうのもあるでしょう。
貴方のだって、聞こえはカッコいいですけど、実際はただのイロモノ痛い痛い痛い痛いッ! 禿げる、禿げます!」
「誰がイロモノだコラ!」
「口を滑らせた事は謝りますけど、髪を引っ張るのはやめてください。まだ僕は貴方みたいに禿げたくありま痛い痛い痛いッ!」
「禿げてねえ!」
「怒るって事は気にし痛い痛い痛いッ!」
「それもこれも、どいつもこいつも余計な事ばかりしでかしてくれたお陰で、心労が溜まりに溜まってるせいだろうが!」
「いや、要するにストレスで円形脱毛症を患ったァアアアアアアアアッ!?」
「次は無い」
「は、はい、すいません。フサフサです」
「あぁん!?」
「な、何でもないです」
「ったく、どいつもこいつも……」
「ま、まあともかく、全員が生え抜きの精鋭揃いって事ですよね。これなら、いくら脱獄不可能とか、難攻不落とか言われている『マルティヌス監獄』でも、攻略可能ですよね。監獄に難攻不落というのも変な話ですけど」
「当然だ。【超人ザグバ】に【不絶群体キュール】の2人で十分かもしれないが、オマケで【家具職人ギレデア】も加えてある。人間性には多少難があるが、所詮は監獄だ、間違いなく落とせるだろうよ。
……自動的にストッパー役に任命されたキュールの奴の苦労が忍ばれるがな」
「ついでに、途中で【無刃帝】とかいう人が加わるんですから、襲われる側からすれば悪夢でしょうね。
そう言えば、件の41番さんは何をやって捕まったんですか?」
「街中でいきなり服を弾き飛ばして全裸になった」
「……はい?」
「因みにカインの仕業だ」
「何やってんですか」
「【無刃帝】の奴、ティステアに近付きたがらねえんだよ。だから仕方ねえだろ」
「……ああ」
「因みにカインの独断な」
「……そうですか」
「最初はてっきり、あんたらが何かをして来たのかと思っていた。だが今のあんたの様子を見る限り、どうやら違うみたいだな。となると今のあんたは、深い川は静かに流れるのか、それとも引かれ者の小唄なのか、一体どっちだ?」
壁を築いている煉瓦の1つ1つを手で叩き、その音を確認するように眼を閉じているカインが問いを発する。
問いを発せられた側の男――ウフクスス家の第11師団長を務めるゼインは、壁に掛かっている燭台の1つ1つを訝しげな眼つきで眺めながら答える。
「単に、慌てたところで無益であると構えているだけだ」
「つまり、急いては事を仕損じるって事を旨としている訳か。中々良いね」
やがて、互いに自分の中に抱いている事に対して結論を下したのか、一定の距離を保った状態で向かい合う。
唐突な事態に襲われると同時に互いの存在を認識した両者だったが、こうして顔を合わせるのは、これが初めての事だった。
「俺の名前はカインだ。知っているだろうが【レギオン】に属している。あんたが胸に着けているエンブレム、ウフクスス家のだろう? 名前は?」
「ゼイン=ルド・レスティレオ。ウフクスス家第11師団長だ」
「レスティレオ?」
その名前に引っ掛かりを感じたのか、顎に手を当てて、目線を上方にやる。
「……思い出した。この前殺した奴の姓が、そんなものだったな。あんたの関係者か?」
「……一応ではあるが、甥だ」
「なるほど、最初に遭遇した時から凄え殺気だったが、仇討ちという訳だ」
「いいや、そんなつもりなど毛頭ない」
カインの確信を持った言葉を、ゼインはあっさりと否定する。
「そんな事をするほど良好な関係でもなければ、そもそも知っている訳でもないからな」
「あれま、違ったか。なら、何でそこまで俺に対してデカい殺気を向けてきてる訳よ?」
「簡単な事だ」
ゼインが、両手を鉤爪状に構える。
両手の甲には、その手に込められた力を現すかのように筋が浮く。
「秩序を保つ為。そしてお前は秩序を乱す存在だ。
俺個人としてはできるだ限り残業はせずに定時で上がりたいが、それを排除する為ならば、残業も仕方が無い」
「なるほど、一貫してるね。そういうのは嫌いじゃない」
チリンと鈴を鳴らし、カインが剣を抜く。
それ自体はどこにでも見掛けるような、何の変哲も無い大量生産品の剣。
ただし、柄に紐で括り付けられている鈴だけが、異彩を放っていた。
「改めて名乗り直そうか。俺は【レギオン】第2副団長、カイン・イェンバーだ。人は俺の事を【天秤のカイン】と呼ぶ。あんたも名乗り直せよ」
抜いた剣を右手だけで持ち、切っ先をゼインに向け、堂々と口上を上げる。
その対応にゼインは一瞬呆気に取られたような表情を浮かべるが、すぐに取り直し、応じるように口上を真似て述べる。
「……ウフクスス家第11師団長、ゼイン=ルド・レスティレオだ。人は俺の事を【改訂者】と呼ぶ」