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レギオン②

 



 大陸の西に存在する巨大国家ゼンディル。

 その北西部にある港町のとある酒場で、ちょっとした揉め事が起きていた。

 もっとも、それ自体は珍しい事ではない。むしろ揉め事の起きない酒場の方が珍しいぐらいだ。

 ただ、当事者のうちの片方が、見るからに気弱そうな子供である事を除いて。


「もう1回言ってみろガキ」

「だ、だから、ギレデアさんを連れて行くから、ぶ、部外者の人はお引き取り、ね、願います」

「舐めてんのかよ、あァッ!?」


 もう片方の当事者である男が、唾を吐き出しながら凄む。

 180を優に超える身長は厚みも伴っており、また使い込まれた鎧と武器を身に付けたその姿は、一目で荒事に慣れた者であると分かる。

 対して子供の方は、身長はおそらく150にも満たず、また線もかなり細く肉も碌に付いてない。

 身に付けている衣類も、ボロボロに着古されて変色した外套と、到底荒事に向いた格好ではなかった。


「ギルはうちのエースだ! なのにオレらを部外者呼ばわりした挙句、連れて行くから引っ込んでろと言われて、ハイそうですかって引き下がると思ってんのか!?」

「ぎ、ギレデアさんはこっちの身内、ですよ」

「明らかに分かる嘘を吐いてんじゃねえ! いい加減にしねえと麻酔なしの抜歯を経験させんぞ!?」

「リーダー、ガキだからって遠慮する必要はありませんよ。向こうがこっちを舐めてんのは明らかだ、遠慮なくヤッちまいましょうよ」


 男の仲間と思しき者たちが、その言葉に同意するように口々に言葉を発し始める。


「……ちょっと裏まで来い」


 男自身も思うところがあったのか、しかしさすがにその場で事を起こすのはマズイと判断し、相手を掴んで外まで引きずっていく。

 そして明かりも月や星からの光のみで、碌に先を見渡す事もできない店の裏側に行き、地面に投げ飛ばす。


「一応警告だ。大人しくどっかに行って、2度とそのツラを見せんな。聞けないってんなら、どうなっても知らねえぞ」

「け、喧嘩、売られた。さ、殺害予告、された。こういう場合、どうしたらいい?」

「ま、まず手足を封じたら、い、良いと思う」


 男の脅しに怯えた素振りも見せず、その状況におおよそ相応しくない疑問を口にする。

 その疑問の言葉に、答える声が男の背後から発せられる。

 同時に、男の右腕に小さな手が触れる。


「なっ――!?」


 いつの間にと、男が自分の腕に触れた存在を見ようと振り向く直前に、手に力が一気に込められる。

 そして生々しい音を立てて、男の腕が肘からへし折られる。


「ぎゃああああああッ!?」


 いきなり腕を折られたという事実と痛みに悲鳴を上げて、男が手を振りほどいて逃れようと駆け出す。

 そして前に立ち塞がった、自分が引きずって来た子供に足を引っ掛けられて転倒。

 咄嗟に体を支えようにも、腕が肘から折れている為に叶わず、顔面から地面に突っ込む。


「て、テんメェ……」


 左手で体を起こし、背後を振り向いた男は、一瞬自分の目を疑う。

 そこに居たのは、自分が引きずって連れて来た子供と、その子供にそっくりな姿のもう1人の子供。

 来ている服も同じな為、どっちがどっちだかまるで見分けが付かなかった。


「わ、悪くない案だけど、封じるならへし折るよりも、捥いだ方が良いと思う」


 両者のうち、男に近い位置に居た方――おそらくは男が引きずって来た方の子供がそう言いながら、男に近づいて行く。


「ま、待て、何をするつもり……!」


 男の言葉は、自分の傍まで歩いて来た子供が、両手でへし折られた右腕を掴むのを確認して途切れる。


「や、やめ――」


 その後に起きるであろう残酷な運命を悟り、慌てて静止の声を上げようとするも、その前に折れた部分を捻じり上げられ引き千切られる。


「ぎゃああああああああああッ!!」


 先ほどのものよりも長く、大きな悲鳴が上がり、力尽くで引き千切られた腕が地面に投げ捨てられる。

 その腕は、子供の細腕で引き千切れたのが信じられない程に太く、逞しかった。


「こんの、ガキ共がぁあああッ!!」


 腕を引き千切られた事、そして自分よりも圧倒的な小さな子供にやられたという事が、男の怒りに燃料を注ぎ込み、痛みを1時的に消す。

 男は腰に提げていた剣を引き抜く。


「け、剣を抜いたね」

「この場合、せ、正当防衛だよね?」

「た、多分」

「死ねえッ!」


 口角から泡を飛ばしながら、男が剣を振り下ろす。

 それは片手での斬撃であっても、むしろ普段のそれよりも遥かに鋭く、男の生涯で最高とも言える1撃だった。

 その斬撃は対象を捉える事なく、空を斬る。

 直後に、男は再び地面に突っ込む。


「ぐぎゃッ!?」


 剣が手からすっぽ抜けた男が見たのは、2人が自分の足に引っ付いて押さえつけている光景。


「だ、駄目だね。て、手足を封じるにしても、まずは足からやらないと」

「う、うん。でないと、て、抵抗されちゃうね」


 2人が自分の両足にタックルしたのだと理解するよりも先に、子供たちの腕に力が込められる。

 慌てて両足を力んで抵抗しようとするも、それも虚しく、男の力を上回る剛力で両足が膝から捻じり上げられて骨が折れ、そして肉ごと引き千切られる。


「ぎゃ――」

「う、うるさい、よ?」

「き、近所迷惑だね、多分。さ、酒場も十分うるさいけど」


 左足を引き千切った方が、男の口を抑えて悲鳴を上げる事すら許さない。

 その間にもう1人は、男の手からすっぽ抜けた剣を拾い上げる。

 それを逆手に持つ。


「じゃ、じゃあね、さようなら。次があったら、間違えちゃ駄目だよ?」


 そして突き下ろし、心臓を貫く。

 数度痙攣した後に、半分の長さになった四肢から力が抜けるのを確認して、2人は死体から離れる。


「あれあれ、21番さんじゃないすか。ちーっす」


 そのタイミングを見計らっていたかのように、店の裏に新たに人が現れる。

 やや色の薄い空色の髪に、特徴的な髪留めを付けた中性的な顔立ちのその人物は、2人よりもやや背が高いだけで、やはり客観的に見れば子供と言えなくもない外見だった。


「ど、どうも、ギレデアさん」

「や、やっぱり気付かれてなかったんだ。お、お陰でこの人、死んじゃったね」

「細かい事は気にしない。それで一体全体何の用で? もしかして副団長に昇格の話でも?」

「そ、それは団長に提案したら良いと思う。こ、この後に会いに行く予定だし」

「おおっと、また失踪したんすかい」

「う、うん」


 ギレデアと呼ばれた人物は、特に驚く事もなく、乱雑に髪を掻き回す。


「それで、行き先は?」

「さ、さあ? でも、場合によってはティステアに殴り込みも視野に入れるって、ふ、副団長が」

「ティステアかぁ、良さそうな素材がありそうっすねえ。出発は今すぐに?」

「う、ううん、まずは近隣のメンバー全員を招集して、集まってから。そ、その為にも、これから一緒にヴァイスさんを迎えに行く」

「誰っすか、それ?」

「あ、えと、41番の人」

「いま監獄に居る、らしいから」

「あー、41番の人すか。あの人、また監獄にぶち込まれたんすか。今度の罪状は何すか?」

「わ、猥褻罪、らしいよ?」

「……何やったんすかね?」

「さ、さあ?」

「詳しくは、本人に聞けって」


 3人が互いに神妙な表情で、首を捻る。


「……まあいいっす。で、メンバーは他にも?」

「う、うん。しょっぴかれた原因は猥褻罪だけど、そこから余罪がボロボロと暴かれて、か、監獄に連れてかれたから」

「け、警備も厳重だし、抜け道もないから、しょ、正面からブチ破って連れて来いって」

「いいっすねえ。運が良ければ良い材料が手に入りそうですねえ」

「す、好きにしたらいい、らしいよ?」

「残りは6番の人が、く、来る」

「わお、本気さが伺えるです」


 一瞬呆気に取られた表情を浮かべるも、すぐに元通りになる。


「まっ、良いです。思ってた程材料が手に入らなくてイラついてたんで、ちょうど良い機会です」


 そう言って、傍から見れば怖気が走るような、無邪気さと邪悪さが混同した笑みを浮かべた。










「ゲホッ――ぐっ、復活、完了……」


 自分の指で喉笛を引き千切る自殺はあまり好きじゃない。

 気道に血が入り込む上に、即死ができないから苦しすぎる。

 だが足を失くしたままよりはマシだから我慢する。


「穿て【針葉真珠の銀輪】!」

「散開」


 手首に嵌めている魔道具を発動させるが、地面にすり鉢状の穴を開けるだけに終わる。

 ちくしょう、全然当たらねえ!

 今回だけでもう7回使ってる。残りの使用回数は何回分だ?


「うおっとぉ!」


 危ねえ、かろうじて突き出された手を回避できた。


「クソが……!」


 続く炎弾や雷撃を直前で見切って回避するが、それは相手の思惑通りだ。

 明らかに誘導されてる。

 だが、それが分かってもオレにはどうしようもできない。

 あのゼインとかいう奴をどうにかしない限りは。


 技術は大体同じくらいだが、速さはオレの方が上手だ。

 おまけにおれには、団長から借りている【超感覚】の能力がある。普通にやればオレが勝つ。

 その筈なのに、現にオレは追い詰められてる。


 相手の能力が意味不明すぎだ。

 あの手だ、あの手がヤバイ。オレの勘がそう言っている。

 触られるのは勿論だが、近付けられるのもヤバイ。

 具体的な範囲が曖昧で、それが一層厄介だ。

 そして捉えられれば最後、その部位はどうやってか斬り落とされる。

 しかも、血は1滴も出ない。オレの本体の方からはな。


 普通に考えれば物理的にあり得ねえ。

 心臓は常に動いていて、血液は全身を巡っているんだ。道が途中で途切れていれば、そこから外に出て来て当然だ。

 どれだけ斬り口が滑らかだろうが、血が1滴も溢れないなんてあり得ない。

 だが現にそうなっている。

 その辺りに能力を解く鍵がありそうなんだが、中々分かんねえ。


「廻れ! 【トーキアの円月輪】!」


 ロックオンした相手を追尾して高速回転飛行するチャクラムの魔道具だが、相手が手を動かすと、半分に分割された状態で地面に落ちる。

 例え両断されても、相手を追尾する機能が付いてるんだぞ? 何だよその能力は!


 どんな能力だろうが、素手である以上は接近戦しかねえ。

 なら、団長から能力を借りているオレが勝つ筈だ。

 相手の技量は想定以上に高いが、それでも概ね互角だ。互角なら、能力の差でオレが勝つのが通りだ。

 なのに、接近戦を挑む気が起きねえ。

 挑むなと、オレの勘が警鐘を鳴らしている。

 逃げろと、オレの本能が言っている。


「しつこいんだよ!」


 屋台を踏み台に建物の屋上に上がり、補助をしているゼインの部下の1人に仕掛ける。

 【超感覚】を発動させて、相手の動きを見切って、1撃で決める。

 だがその前に、他の4人からすかさずカバーが入る。反応が速い。こいつら、相当連携の訓練を積んでやがる。


「そろそろ観念したらどうだ? もう結果は見えただろう?」

「……クソが」


 ざっけんな。

 定時で上がりたいとか抜かす奴に、負けてたまるかよ。

 傭兵は24時間戦うのが基本だ、この惰弱野郎が。

 それに、オレが何の策も無しに、ただいいように誘導されているとでも思ったか。


 事前準備が必要な上に、起動までに時間が掛かるのが玉に瑕だが、効果は折り紙付きだ。

 クッソ貴重で滅茶苦茶高いが、背に腹は変えられねえ。


「起動、座標転移!」

「ッ!?」


 ようやく顔色を変えたな。転移の魔道具なんてレア中のレアだから、当然か。

 慌てたところで、もう遅い。


「……あり?」


 視界からゼインとその部下が消える。それは良い。

 視界に映る景色が変わる。それも良い。

 だが、オレの転移の魔道具で事前に設定していた場所じゃない。

 つか、不発している。


 オレが立っているのは、どうやら通路だった。

 等間隔に火の灯った燭台が付いている壁は煉瓦製で、幅は10メートル前後とそこそこ余裕がある。

 天井は無く、代わりに茜色の空が広がっている。さっきまで昼下がりだったのにも関わらずだ。

 そんな通路が、前にも後ろにも続いている。


「どうなってんだ、こりゃ?」











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