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レギオン①

 



 つくづく思う事だが、貨幣はもっと細かくても良いと思う。


 例えば、銅貨1枚でパンを10個まで買えるとしよう。

 パンを1個買っても値段は銅貨1枚。だが10個買っても支払いは銅貨1枚だ。

 すると奇妙な事に、パン1個とパン10個の価値が等価になる。

 絶対に10個の方が価値はあるという事は、子供にだって分かる。


 それと同じ事だ、俺の能力は。


 俺は戦うのが好きな訳じゃない。うちの殺しが大好きな馬鹿共とは違って、戦うこと自体に楽しみを見出したりはしない。

 ただ、戦いを見るのは好きだ。

 自分が戦っている場合でも、他人が戦っている場合でも、その戦い自体を見る事が好きだ。

 人が積み上げ練り込んだ技を、力を観察するのが好きだ。

 それの完成度が高ければ高いほど、見ている側である俺の胸のうちには感嘆と羨望の念が込み上げて来る。

 だから好きだ。


 反対に、そういうものが見られない戦いは嫌いだ。

 その戦いを演じている奴には吐き気がする。

 悲しい事に、それなりの戦場を渡り歩いて来たが、参戦している奴の殆どがそういった類なのだ。

 価値のない連中だ。


 ティステアに来た時、期待は多少あった。

 かつて大陸統一を果たした大国であり、能力者の質は他の国と比べても圧倒的だと言われている。

 基本的に能力者には価値がないと言っている俺でも、少しぐらいは期待しても仕方がないだろう。基本に含まれない例外といった奴を。

 同じ【レギオン】に属する奴らと同種の、価値ある能力者とやらを。


 とんだ期待外れだった。

 そりゃ強力だろうよ、アルフォリア家当主のシャベルだがシャーベットだかの能力【空間支配】は。

 範囲内の空間を支配して、空間を入れ替えたり、足したり、消したり、ズラしたり、切り取ったり、重ねたり、色々とできる。

 範囲内に足を踏み入れれば、即座に死が降りかかって来る。

 強力過ぎるぜ、本当に。

 戦場に顔を出せば、ただ歩いて能力を使うだけで、死体の山を積み上げられるだろうよ。

 そのお陰で、碌に価値を高めようとしてなかった。


 肝心の範囲が半径20メートルとか、舐めてんのかよ。

 俺の能力だったら50メートルに達するし、それでも狭い方だ。

 仲間の中には数十、数百キロ離れても能力を継続させられる奴だっている。勿論そいつの能力が遠隔型ってのもあるが、それでもそいつと比べれば俺の効果範囲なんざ狭過ぎる。

 その俺よりも長く生きていて、俺の半分以下の範囲とか、努力を怠り過ぎだ。

 ただ生まれ持った能力をそのまま振るうだけで、碌に磨いていない。

 無価値に等しかった。


 銅貨1枚で、あいつの何人分もの命が買える。

 あいつの価値は銅貨1枚未満だ。絞れば、さらに価値は薄れる。

 だから消してやった。

 あいつの能力が届かない範囲から、俺の能力で相殺してやった。


 そいつだけじゃない。

 どいつもこいつも、能力者としては強力だったが、ただの人間としてみた場合は弱かった。

 戦場に出て能力を振るえば文字通り一騎当千だ。ティステアが巨大国家として君臨していた理由が良く分かる。

 俺以外の【レギオン】の団員が戦ったら、シャヘルが相手でなくとも敗北していたかもしれない。

 だが、相手になったのは俺だ。俺だったから、一方的に終わった。

 確かに固有能力は絶大で、それが傍にあればそっちに走りたくなるのも分かる。それが強くなる1番の近道だからな。


 だけどよ、昔の人も言ってたぜ? 急いては事を仕損じるってよ。

 いいよな、この言葉。地道な努力が大事だって事だ。

 努力を積み重ねていけば、誰もが強くなれる。

 努力を積み重ねていけば、無能者だって能力者を上回れる。

 あの【死神】コンビみたいにな。


 ティステアの連中は向上心が無くて困る。

 偏見も混じってるが、昔オーヴィレヌ家に居たっていう【液体化】の能力持ちは、フランネルよりも弱かったんじゃねえか?

 何せ、フランネルを相手に碌な対応ができて無かった。

 単純に、そいつが手の内を隠していたっていう可能性もあるがな。


 本気になったフランネルは、誰も捉えられない。

 大雑把に補足しても、殺すのは簡単じゃない。

 ミズキアも大概だが、フランネルも大雑把に言えば不死だ。不死性の中じゃ程度はかなり低いがな。

 そこまでの領域に至るのに、能力を理解して物にするのに、どれだけの努力を費やしてきたかと思うと頭が下がるね。


 そうやって合計で31人。俺がやったのは20くらいか? ともかく、そいつら全員を殺した。

 俺の【同値相殺】の前じゃ、どの能力者も等しく無価値だった。

 この能力を俺は気に入っている。まさに俺にピッタリな能力だからな。基準となるのが俺の主観だってのが特に良い。短所にもなり得るが、基本的には長所だ。

 気に入っていると言えば、俺の通り名も同様だ。

 誰だか知らないが【天秤のカイン】とは、中々良いネーミングセンスじゃないか。

 まさしく天秤だよ、俺は。

 俺が価値を決める。

 昔の偉い人も言ってたろ? 自分の評価は他人が決めるってな。


 でもまあ、期待していたのとは違うが、望外の奴も見る事ができた。

 アキリア=ラル・アルフォリア、ミズキアとフランネルが2人掛かりで踏み台にされたって相手。

 最初は期待なんて全然してなかった。願っただけで叶う【願望成就】なんて能力、俺からすればゴミよりも価値がなかった。

 ただ、能力一辺倒じゃなかった。

 しかも腐れ悪魔が余計な入れ知恵してくれたお陰で、俺の技術も看破された。冗談じゃねえよ、技術が通用しなければ俺の能力なんざ、防ぐのは簡単なんだぜ? それをあの悪魔は。

 それでも、あの女を殺すのは簡単だ。

 だが一方で、相手が俺を殺すのも簡単になった。

 危ない橋は渡らない主義だ、とりあえず撤退させてもらった。


 あの女の価値は元々【願望成就】の能力持ちで圧倒的マイナスだったが、戦ってみた事で俺の中の評価は上がった。

 かろうじて銅貨1枚分くらいにはなった。

 これで【願望成就】の能力がなかったら、果たしてどうなっていたか。

 その事が惜しい気もするし、一方で少しばかり安堵の気持ちもある。


 あれを殺すのは普通の連中じゃ不可能だ。

 殺したいならゾルバ最精鋭の軍属の1個旅団を完全武装状態で派遣しろって話だ。俺たちみたいな雇われを使わないでよ。

 団長とどっちが強いかね。

 かろうじて団長の気がするが、仮に接近戦じゃなくて、遠距離戦でゴリ押しされたら団長が負けるかもしれん。

 団長は近接戦のエキスパートであって、魔法はからきしだもんな。


 まあ実現しない事を考えても仕方が無い。

 そんな事よりも、あの女は気になる事を言っていたな。

 このままじゃ第2の混迷期が引き起こされるとか何とか。

 引き起こされるって事は人為的にだよな。一体誰がそんな事をするんだ?











「おいおい、マジかよ」


 王都の人の気配が皆無な通りで、ミズキアが驚きの声を上げる。


「こんな事があり得るか? ティステアの王都で、それも裏通りとかじゃなくて表通りで、こんな昼下がりから人が消えるなんてよ。

 しかも売り物までそのままほっぽり出して。これって盗んで良いって事だよな? 駄目でも盗むけど」


 手近な果実の詰まった箱に手を伸ばし、中身を1つ手に取り噛り付く。


「美味いな、これ。甘さと歯ごたえがちょうど良い。フランネル、お前も食ってみろよ。フランネル、おいフランネル? フラン?」


 その呼びかけに答える者は誰も居なかった。


「……あれ? 着いて来るんじゃなかったか? つか、近くに水場無くね?」


 言いながら最初の果実を食べ終え、次の別の果実を手に取り噛り付く。


「カインの奴もよく言ってる。急いては事を仕損じるってな。焦ると碌な事が無い。だから落ち着く為にもさらにもう1つ」


 瞬く間に3つの果実を食い切ったミズキアが、途端に表情を変えて、上着を脱いで身軽になる。

 そして脱いだ服を地面に落とし、体をほぐすように関節を回し始める。


「少し舐めてたぜ。昼下がりの王都の、こんな大通りを無人にするなんて、随分な権力を持ってるらしいな、ティステアの貴族はよ。あんたの所属どこよ?」

「ゼイン=ルド・レスティレオ。ウフクスス家第11師団長だ」

「……マジかよ」


 目を細めて呟くミズキアに宣告する。


「【レギオン】団員ミズキア、お前を粛清――」


 言葉は途中で途切れる。

 ミズキアが落ちていた服を足で掬い上げ、ゼインの視界を塞ぐように放ったからだ。


「オラァッ!!」


 そして視界を阻む服の上から、ミズキアは拳を放つ。

 拳は間違いなく顔面に命中し――そして落ちる。


「……あ?」


 二の腕の途中から地面に落ちた右腕を、ミズキアが目で追う。

 断面は滑らかで、血が落ちてからようやく、少しだけ流れ始める。

 一方本人の方はと言えば、血は1滴も流れて居ない。それどころか、痛みすら感じていなかった。


「お前たち傭兵は、戦闘のプロで戦争のプロだろう」


 顔に掛かった服を剥ぎ取り、鼻から垂れた血を拭い淡々と述べる。


「だが狩りのプロではない。これは戦争ではなく狩りだ。罪人は常に狩られる獲物であり、我らウフクスス家の者が狩人だ。

 できれば余り抵抗してくれるな。この後はさらに狩らねばならない案件があるんだ。できれば定時で上がりたい」

「……上等ぉ!」


 落ちた腕を蹴り上げて掴む。


「燃え散れ! 【炎火の紅玉】!」


 落ちた腕の親指に嵌められていた指輪の、真っ赤な宝石が割れ、内側から猛火が噴き出す。

 それは腕を掴んでいたミズキアは勿論、傍に居たゼインも燃やし尽くそうと襲い掛かり、その唐突な行動に驚いたゼインは慌てて手のひらで炎を遮り退避する。


「自害? 仲間の情報は売らないという意思表示――いや、違ったか」


 ミズキアだった灰が独りでに動き、人の形を取り始める。

 そして骨となり、肉となり、服となり、最後に色が付く。

 この間僅か2秒ほど。

 たった2秒の間に、ミズキアは5体満足で何事も無かったかのように立っていた。


「うっし、腕の再生も完了。ちと勿体無い使い方だったがな。いや、灰になった魔道具も含めたら勿体無いどころの話じゃねえな。無事なのは殆どねえじゃねえか。使うの間違えたな」


 切断された腕の調子を確かめるように、右腕をぐるりと回す。

 そして恨みの篭った眼をゼインへと向ける。


「この借りはここで返させてもらう」

「不死か、面倒だ。片付けるのに長引きそうだな」

「片付けるだぁ? 舐めんな、不死と戦って勝てるつもりかよテメェ?」

「少しばかり勘違いをしているな」


 ゼインが右腕を上げて、指を3本、次に2本立てる。

 それが合図だったのか、ミズキアを囲むように建物の影から、5人の男女が現れる。


「狩りは1人でもできるが、基本的には複数でやるものだ。特に、狩人が獲物に返り討ちにされる可能性がある場合はな」


 ゼインの言葉を半分聞き流しながら、やや引き攣った笑みを浮かべ、ミズキアは現れた5人の戦力をざっと測る。

 出した結論は、かなり不味い状況であるというもの。

 個々の力も低くは無く、むしろ高い練度を誇っているという事を、一目で看破していた。


「粛清はやめだ」


 ゼインが前言を撤回する。


「お前らは基本的には補助に徹しろ。必要な時以外は極力交戦するな、俺がやる。相手は不死だ、手足をもいで、自害できないように拘束して連行するぞ」

「「「「「はっ!!」」」」」


 部下の息の合った、威勢の良い返事に満足そうに頷くゼインとは対照的に、ミズキアは冷や汗を掻き始めていた。


「やっべえな、仕返しなんて考えずに逃げた方が良いか、これ?」










 

感想にて「マモンはベルフェゴールを取り込んだことで怠惰な感じになったのに、ベルゼブブはサタンを取り込んでも特に変化なしなのはなぜなんだろう」というご意見を頂きました。

何故かと言えば、マモンの司る大罪が【強欲】であり、その権能によって取り込んだ相手、つまりはベルフェゴールの権能を奪った結果怠惰となったのに対して、ベルゼブブの司る大罪は【暴食】であり、喰らったところで昇華し自分の魔力として還元するだけで、権能までを自分のものとする事はできないからです。

ちなみにベルゼブブが還元した分は監禁生活の中でとっくに消費しきっています。

描写不足で申し訳ありませんでした。


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