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無様な敗者③




「まあ、当主つってもピンからキリまでだ。何せ3年前のあれで、繰り上がりで当主の座に着いた経験不足な奴も結構居るからな。特に被害のデカかったアルフォリア家じゃその傾向は特に強い。だから全員が全員強い訳でもねェし、何より当主って言っても所詮は分家。宗家の奴と比べれば実力は劣る」


 シロの補足は、余り必要のないものだった。


「だが、それでも腐っても5大公爵家の生まれだ。例え分家だろうが、当主以外も含めて全員が腕が立つ。そいつらを31人も纏めて、しかもその中には【雷帝】と並んでアルフォリアの2枚看板と称されるシャヘルまで居て、あの野郎は全員を殺した」

「確かにそんな事をしでかした事は驚きだが、やってのけた事自体はそこまで意外でもないだろう。あいつならそれも可能だ」


 戦慄した表情のシロだったが、おれからすれば意外でも何でもない。

 あいつなら、それをやってのける事は十分可能だからだ。実際のやるかどうかまではさて置き。

 あいつの能力と、歪みきった価値観。そしてレジストを無為にする技術が合わされば、あいつは例え相手が総合力において圧倒的に格上だろうが殺せる。

 そういう能力であり、そういう技術だ。

 本人の実力は決して高い方ではない。勿論客観的に見れば高水準に位置し、並みの者では相手にもならない。

 だが、おれだったら正面から挑んでも勝率は確実ではなけれど十分にあるし、何よりあいつの属している【レギオン】内においては、あいつの実力は下から数えたほうが早い。

 それでも、あいつは強い。

 相手が能力者ならば、強ければ強いほど、あいつも強くなる。

 逆に相手が無能者ならば、弱ければあいつも弱くなる。

 言ってしまえば、ジャンケンみたいな奴なのだ。


「2枚看板だかなんだか知らないが、あいつの能力の前じゃそこいらの雑兵と変わらない」

「【同値相殺】だったか」


 カインの固有能力である【同値相殺】は、同業者の間では使えない能力として認識されていた。

 その評価を覆したのは、他でもないカインだ。

 それを可能にしたのが、あいつの歪んだ、大陸全体でも圧倒的少数派に属するその価値観だ。

 あいつの本当に恐ろしいところは、能力でも技術でもなく、その価値観にあった。


 誰が呼んだか、あいつの通り名は【天秤のカイン】。

 随分とピッタリじゃないか。


「ともかく、これで先の展開は完全に読めなくなったぞ」

「だろうな。面倒な事をしてくれる」


 シャヘルを手に掛けた事は、悔しいと思うが目くじらを立てる程の事でもない。

 本音を言えばおれが自分で殺してやりたかったが、既におれはアゼトナをこの手で始末している。

 その事実があれば十分だった。


「ただ、最悪魔女狩りになるだろうよ」

「同感だ」


 カインがやったという事が分かっても、おそらく5大公爵家が当のカインを追いかけるのは殆ど不可能だ。

 いや、5大公爵家だけじゃない。大陸全体でもカインの事をカインと知って・・・・・・・追いかけるのは不可能なのだ。


「名前だけで、顔も背格好も特徴も知らない奴を追いかけるのはほぼ無理だ。そうなると次に起こるのは、怪しい奴らを片っ端から挙げていく魔女狩り。そうなった場合、おまえも真っ先に狙われるだろうよ」

「忌々しいな。だからこそ、あいつが勧誘を担当しているんだろうがな」


 今でこそこうして話題に上げているが、そのうちあいつの事はおろか、何について話していたかという事すら忘れるだろう。


「となると、アルフォリア家の次の当主は誰になるんだ?」

「さてな、さすがにそこまで話は進んじゃいねェと思うが、ただ最有力なのが――」

「アキリアか?」


 シロが頷く。


「後は隠居した前当主が候補に挙がってる。他にも宗家には何人か居るが、このどっちかになるだろうってのが大よその共通した見解だ」


 隠居した前当主――つまりはシャヘルとアゼトナの父親に当たる人物だ。

 名前は確かディゼルだったか。直接顔を合わせて言葉を交わした記憶など殆ど無い為、イマイチ思い出せない。


「それと、カイン以外にも王都に侵入した【レギオン】のメンバーが2人居たろ。そいつらはミズキアとフランネルって言う名前らしい」

「【死なず】と【見えず】か」

「そう呼ばれてるらしいな。詳細は知らないが」

「おれも詳しく知ってる訳じゃねえよ。つうか【レギオン】の構成員の大半の奴らが詳細不明だ」


 【レギオン】という名前こそ有名だが、相対して来た連中の悉くが死んでいる為、ある程度詳細な情報は手に入らないのだ。

 おそろしいのは、当人たちは積極的に吹聴こそしていないが、反対に取り立てて隠そうともしていないという事だ。


「ただおれの知る限り、ミズキアの方の団員ナンバーは26だった筈だ。フランネルの方は知らないがな」

「【忌み数ナンバーズ】かよ」


 【レギオン】のメンバーには、それぞれ団員ナンバーという数字が割り振られる。

 この数字は全体数を把握したり作戦をスムーズに進める為に利用される為のものであり、断じて強さの序列や身分を表すものではない。

 団長の数字が1で、第1副団長の数字が2であるという事を除けば、後の数字はまちまちだ。第2副団長であるカインの数字は17だし、欠員が出た際は一番数字の大きな奴をそこに当て嵌めたり、あるいは新人に割り振ったりするだけの、かなり適当なシステムだ。

 そして【忌み数ナンバーズ】というのは【レギオン】内での公式名称ではなく、同業者が客観的に、あるいは相対的に見た際に特にやばいと感じた団員のナンバーを纏めた非公式の呼称であり、現時点では6人。

 それが先ほど挙がったミズキアの26、あとは小さい順に6と21と33と37と41の5人分ある。

 勿論所詮は不特定多数の者が勝手に付けているだけの名称なので、あるいはそいつらが勝手に他の団員も【忌み数ナンバーズ】に挙げている場合もあるが、大半の奴らに共通しているのが以上の6人となる。

 因みにカインはその中に挙げられる事はまず無い。誰も覚えていないからだ。


「何にせよ、あいつのお陰でおまえが動き難くなったのは確かだ」

「どうせ変わらないさ。むしろ、シャヘルが死んだのならばその分アルフォリア家に隙ができて、良い事だ」

「強がってんじゃねェよ」


 シロが立ち上がり、椅子に縛られたままのミネアを椅子ごと担ぎ上げる。


「もう行くのか?」

「ああ、粗方報告しておくべき事は報告したからな。あといくつか些事があるが、そっちはおまえは知らなくて良い。

 そんな事よりも、今後の展開を十分に注視しておく必要がある。マジでどう動くかは予測もつかないからな。1秒の遅れが明暗を分けるっつっても過言じゃねェ。

 とりあえずおまえはゆっくり療養していろ。抜糸も済んでねェし、何より情報が無きゃ動きようがねェだろ」

「……そうだな」


 そしてその情報を集めるのは、おれの役割ではない。

 暗に足手まといだと言われているに等しいが、不快感は無い。

 それが最も合理的であると、おれもシロも理解しているという事が分かるからだ。


「……おい、ジン」


 シロが部屋から出て行った後、ベスタが声を掛けてくる。


「ここいら、一帯には、多数の罠が、仕掛けて、ある……ついでに、別の部屋の扉は、店に繋げて、ある……有事の際には、すぐに駆けつける……。

 生憎、立場が立場、だから、護衛を雇う事も無理で、そんな手段を取らざる得なかったが、ひとまずの、安全は、保証して、ある……ここは、安全だ……。

 だから、しばらくの間、お前は、寝ていろ」


 普段から短い会話を意図的に選んでいるベスタからすれば、珍しいくらいの長広舌だった。


「存分に寝て、存分に食って、存分に体を休めろ……できる限り静かに、落ち着いて、時間を過ごせ……そして、その間に……思い切り、泣け……」


 布の隙間から、おれが椅子に座っていても尚低い位置から見上げるように視線を寄越して来る。


「……泣いて、後悔して、叫んで……そして食って、寝て……そうやって、過ごせ……これは、経験則から言う事だが、それらには、心を休ませる効果が、ある……特に、泣くのは、1番効果が、ある……。

 そして、忘れても良いし、忘れずにバネにするのも良いし、とにかく、身体的だけじゃなくて、精神的にも休め……」


 ベスタが部屋から出て行く。

 後は点滴に繋がれて、椅子に座ったおれだけが残る。


「……いや、寝ろって言われても、ベッド消えてんじゃん」


 あいつ――ベスタの事は、おれも詳しくは知らない。

 ただ、シロが情報屋を始めて間もなく見付けて、気に入ったから雇ったと聞いている。

 その辺りの経緯は聞いていないが、気に入った理由というのは、何となく分かる気がする。


「誰が、泣くかよ……」


 涙なんてものは、とうの昔に枯れ果てている。

 泣いたのなんて、3年前の時を境に1度も無い。


「……ちくしょう」


 勝てなかった、それだけならばいつもの事だ。

 手も足も出なかった、それもそれなりにある事だ。

 だが……


「勝てねえよ、どうやったってよ……」


 手負いだったから、連戦の直後だったから、そんな言い訳なんて通じない位に圧倒的に敗北した。

 しかも、その時に理解した。させられてしまった。

 彼我の実力差を。

 今までに経験してきた、どの敗戦よりも正確かつ的確に。

 仮にあそこで、絶好調で薬を使って、考えられうる限りのありとあらゆる手段を講じたとしても勝てないと、理解してしまった。

 【無拳】を決めればどうにかなる相手じゃない。

 それを本能的に確信した。


 そしてこの様だ。

 随分と無様な姿じゃないか。


 たかが1日、2日休んだくらいでどうにかなるもんかよ。

 何週間、何ヶ月休んだってどうにかなるもんかよ。

 何年間鍛錬したって、どうにかなるもんかよ。


 人間である以上、肉体的成長の限界は存在する。

 無能者には、その限界に達したらそれ以上は無い。

 おれはまだ、その限界には達していない。

 だが、その残りの伸びしろはどれくらい残っている。


「ちくしょう、ちくしょう、ちくしょうがぁ……!」


 負けた事が悔しい。

 今の無様な姿を晒している自分に腹が立つ。

 だが、感情論だけでどうにかなるほど、世の中ご都合主義じゃない。

 感情の高ぶりで眠っていた力が目覚めるような都合の良い世界は、どこにも存在しない。

 他人の想いなんて形の無いものが力になるような都合の良い世界も、どこにも存在しない。


 一昨日来やがれ、何が【死神】だ。

 お前なんかがエルンストの名前を継ぐなんて事自体がおこがましいんだよ。


「無様だナ」

「……ベル」


 窓を開けて、土足でベルが部屋に入って来る。

 所々に血の飛沫を被っているのは、気にしない方が良いだろう。


「負けたナァ、そりゃあ無様にヨォ」

「……知ってる」

「素っ気ねェナ。それに随分と腑抜けた面をしてやがル。今のその顔を見たラ、あのガキは何て言うだろうナ?」

「怒って、ぶん殴るだろうな」

「そうかヨ」


 ベルが、適当な椅子を掴んで移動させ、おれの対面に移動する。


「……いつまで、その姿で居るつもりだ?」

「ンー、あと大体3時間くらいカ? それぐらいで活動限界ダ。あくまで何もしなければの話だがナ。ただこの姿で過ごすだけでモ、5時間くらいが限界だろうヨ」

「たった5時間かよ」


 能力者3人分の魔力を消費しておきながら、できる限り消耗を抑えてもそれだけしか活動できないのか。

 前も思った事だが、こいつは燃費が悪すぎるだろう。


「オイ、違和感は感じるカ?」

「……違和感?」


 言われても、特に何も感じない。

 強いて言えば、針を刺している右腕に異物感を感じるぐらいだ。


「その様子だト、感じてねえみてえだナ。オレの腕も捨てたもんじゃネェ」

「何の話だ?」

「いまオマエの胸の下で動いていル、心臓の事だヨ」


 その長い腕を突き出して、おれの胸を指で叩いて来る。


「もうそこで動いているのハ、サタンのものじゃネェ。アレはオマエごと貫かれた時点デ、もうダメになったからヨ、喰っといたゼ」

「…………」


 舌なめずりして言う。いや、そんな事はどうでも良い。

 ベルの言っている事が真実なら、つまりおれの胸の中で動いている心臓は……


「今のオマエの胸ン中に収まってんのハ、オレの心臓ダ。オレの気分1つで活動を停止するゼ。どうダ、命を握られた気分はヨ。もうこれまで通りの関係は続かねェゾ」

「……そうか」

「ンだヨ、それだけかヨ?」

「どうでも良い」

「カーッ、つまんねぇ奴だナ、オイ」


 ベルが点滴台から鎮痛剤の入ったパックを毟り取り、食い破って中身を飲み干す。

 何やってくれてんだ。


「覚えているカ、約束をヨ?」

「約束?」

「何でも喰わせるッテ、言ったロ?」

「……ああ」


 何か忘れていると思ったら、それか。

 早まった約束をしてしまったかもしれない。


「思い出したところデ、喰いに行くゾ」

「いや、おれ重傷人なんだ――」

「別に狩ろうって訳じゃねェヨ。仕方ねぇかラ、ニンゲンの食い物で我慢してやル」

「……飢饉でも引き起こすつもりか?」


 つうか、その前に金足りるか?


 まあ、仕方が無い。

 約束は約束だし、良い気分転換にもなるかもしれない。


「アア、それとナ」


 腕から針を抜き、ベッドのあった場所の近くにおいてあった着替えを手に取ったところで、ベルが思い出したように言ってくる。


「折れたら叩き直しテ、繋げれば良イ」

「……は?」

「オマエの従姉ナ、確かに強ェヨ。魔界でもあそこまでのは滅多にお目に掛かれなイ。それにもウ、3割くらいニンゲンをやめてル」

「…………」

「だけどヨ、あのガキの方が強いゼ」

「何が言いたい?」

「悪魔の甘言だヨ。後は自分で考えロ」


 甘言、か。

 その割には、随分と苦い言葉だったが。


「……一応礼を言っておく」


 そうだ、基本的な事をおれは忘れていた。

 おれはもっと強い奴を知っていて、そいつに数え切れないくらいに敗北してきた。

 そんな当たり前の事すら忘れていた。


 最強は他の誰でもない、エルンストだ。

 ほんの少しだけ、気休め程度だが、気分が軽くなった。










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