ヌェダ⑦
「ふ、副団長。連絡、あるよ?」
「誰から?」
「さ、3人から。直接話してるのは、ふ、フランネルさん」
「何と言ってる?」
「た、戦ったって。フランネルさんとミズキアさんが、えっと、あの、アルフォリアの……」
「アキリアだな」
「う、うん。そんな名前の人。つ、強かったって。戦わないで比べたら、だ、団長並みかもって」
「誰が言ってた?」
「フランネルさん。あと、ミズキアさんも、同じ意見だって」
「そうか。それ、団長に言うなよ。はしゃいで殴りこみ行きそうだからよ」
「うん。ミ、ミズキアさんも同じ事、言ってる」
「よく分かってんじゃねえか。能力借りてるだけの事はある」
「なんか、フランネルさんとミズキアさんの2人掛かりで行ったけど、踏み台されたって、言ってる」
「そりゃ相当だな。団長並みってのも大げさじゃねえかも」
「で、でも、副団長なら勝てる、よね?」
「あぁ? 団長並みの相手にオレが勝てる訳ないだろ」
「う、ううん、あなたじゃなくって、カインさんの方。あ、あなたが勝てないのは、分かってる」
「……お前、かなり図太いな」
「ご、ごめんなさい」
「気にしてねえから謝るな。さっきの発言は状況分析が良くできてる証拠だしな。
だが、カインが勝てるかどうかは微妙だな。あいつの能力は能力者相手なら無条件に使えるって訳じゃねえからな。そりゃあいつの歪んだ性根なら条件なんてほぼ無きに等しいが、オレたちって例外もあるしよ」
「で、でも、カインさんは能力なくても強いよ? 技術、あるし」
「確かにな。だがあの技術はどっちかって言うと戦闘に使う類のもんじゃねえんだよ。勿論そっちにも応用は利くが、基本的には潜んだり対面したりするのに使う代物だ」
「そ、そうなのかな。あ、あと……あっ!」
「今度は何だ?」
「ど、どうしよう副団長。み、見付かった。ば、バレた!」
「どいつにだ?」
「あ、アキリアって子。こっち見て、手を振ってくれた。ウィンクも、してくれた。これから用事ある、あるから、離れててって言ってる。あ、後をついて来るのも、覗き見するのも止めてくれないかなって、言ってる」
「バレた割りに随分と穏やかだな」
「ど、どうしよう」
「言われたとおりにしとけ」
「そ、それはもうしてる。そっちじゃなくて、だ、団長に殺されちゃう」
「いや、あの人はそんな些細な理由で処罰するような人じゃない。そんな人だったら【レギオン】なんて集団はできてない」
「な、なら良かった」
「しっかし、あの2人を踏み台にした挙句に気付く奴かよ。マジで規格外だな。ざらに居るんだよな、そういうの。時代が違ければ勇者とか英雄とか、あるいは悪魔とか魔王とか呼ばれる連中が」
「ふ、副団長はどれくらい見た事あるの?」
「そうだな、大体100年に150人くらいの割合かね」
「お、多いね」
「まっ、ピンからキリまで居るからな。冗談抜きで小国程度なら落とせるような奴から、並みの能力者よりも多少優れている程度の奴までな。そのアキリアってのはそいつらの中でも指折りだろうよ。あとは【死神】……はもう死んでるが、うちの団長とか」
「てぃ、ティステアにもいる?」
「探せば結構居る。あそこの……守護家だったか? あそこの当主クラスは軒並みそうだ。かつて戦った事があるから間違いない」
「つ、強いね」
「そりゃ曲がりなりにも大陸統一を果たした国家だからな。大陸中の良いとこ取りしてるようなもんだ」
「そ、そんな場所に3人だけで、だ、大丈夫、かな?」
「知るかよ。あいつらが行きたいって言ったんだし、万が一の事があってもそれは自己責任だろ? 弔いと仇討ちぐらいはしてやらん事もないが」
「そ、そうなる前に応援とか、送らない、の?」
「こっからティステアまでどれだけあると思ってんだ。メンバーの殆どは西側に居るだろうが」
「べ、ベスタさんに、頼む、とか」
「あー、やめとけ。お前は直接訪れた事がないから知らないかもしれんが、あそこの2人組は間違ってもそんな事に手を貸さねえ。普通に利用する分なら普通に対応してくれるが、頭下げても手伝ってくれねえよ」
「か、カインさんのせいじゃ、ないんだね」
「あながち間違いでもないんだが、少なくともあいつと一緒に訪れたりしなければ問題ねえよ。そういう事じゃなくて、性分なんだろ」
「な、なるほど……って、ね、姉さんから連絡が」
「何だって?」
「だ、団長が行方不明なんだけど、何か知らないか、って」
「……近隣のメンバー全員に招集掛けろ。場合によっちゃティステアに殴りこみも視野に入れるぞ」
「りょ、了解」
怪我は傷の数こそ多いものの、度合いとしては然程のものではない。
重要な体構造が傷付いた様子もないし、すぐに手当てもしたので後々に変な風になる事もなさそうだ。強いて言えば痛むぐらいで動くこと自体に支障はない。
その痛みも薬を投与すれば消えるので問題ないだろう。
予想よりも梃子摺ったが、予想よりも早く決着がついたので、その分浮いた時間を改めて準備する事に充てる。
まず気絶させた2人に軽い睡眠薬を投与してしばらく目を覚まさないようにした上で、少し離れた安全な場所に安置する。
次にあちこちの破壊の余波によって台無しにされた仕掛けを改めて設置しなおし、ついでに仕上げもする。
たったそれだけの作業だったが、3時間弱という時間は瞬く間に過ぎていく。
できれば朝からの連戦で体の奥深くに溜まった疲労もなくしてしまいたいが、さすがにそれをするには時間が足りない。
それでもコンディション的には概ね良好だが、その差がどう響いてくるかは分かったものではない。
「短期決戦だな」
決着に1時間も掛からないだろう。いや、あるいは30分も掛からないかもしれない。
手を抜くつもりはない。相手は【雷帝】と呼ばれ恐れられている、戦争を経験した5大公爵家の宗家の人間だ。手を抜けば死ぬ。
最初から全力でいく。その気概で向かわなければ敗北は必死だ。
だからこその、短期決戦。
隙を見つけて――いや、作り出して【無拳】を叩き込み、そこに畳み掛けてトドメまで行く。
それが最も勝率の高い戦法だ。
鍵となるのは、どれだけ早く隙を作れるかだ。
「という訳だ。メインはおれでお前は目暗ましだな」
『オマエがそう言うなら従ってやるヨ。喰らった事がある身としてはどれだけ恐ろしい技かは知ってるシ、確かに両手が自由でないと使えねぇからナ』
物分かりが良くて助かる。
てっきり『喰えねぇだろうガ、ふざけんナ』ぐらい言うと思っていたが。
「……来たな」
公園の敷地内に、強大な魔力の持ち主が足を踏み入れてくる。
そいつは一瞬足を止めたものの、すぐに元のペースで歩みを再開し近づいてくる。大方、公園の惨状に気を取られでもしたのだろう。
「こんばんは。良い月夜ですね、父上」
「……誰だ貴様は」
もはや原型を留めていない噴水のある広場に現れた事を確認して、先におれから挨拶をする。
当然、相手は怪訝な表情。
その姿は記憶にある姿よりも幾分変わっていた。
全体的に潤いを失くし皺の寄り始めた肌は勿論、やや白髪の混じり始めた、色褪せた金色の髪。
トレンチコートを羽織ったその姿は50には達していないはずだが、60代に見られてもおかしくない程度には老けて見えた。
「聞こえませんでしたか、父上? わざわざこんな呼び方をするのは1人しかいないでしょう。おれの名前は当然そちらは把握していると思いますが? エルジンという名前を」
「……まさか、エルジンなのか」
「どういう意味のエルジンなのかは分かりませんが、あんたの種から生まれたガキという意味ならば正しいです」
「……生きていたか」
「ええ、生きていました。用件は分かりますか?」
アゼトナの顔に険しいものが広がるが、すぐに元通りになる。
「貴様ごときに構っている余裕はない。私は別の用がある。それを済ませた後でならばいくらでも捻り潰してやる」
「ユナなら居ませんよ?」
ピタリと、踵を返そうとしていたアゼトナの動きが止まる。
「いまあいつは意識を失った状態にあります。おれが昏倒させました。命に別状はないのでご心配は要りません。ただ待っても来ないのは確かです。
先回りしてあんたの疑問に答えますと、あの招待状はおれが出しました。書いたのはユナで、それをおれに送ってきたのでそのまま転用させてもらいました。もしかして筆跡からユナと勘違いでもしましたか? 残念ながら送ったのはおれですので、貴族法典に従えばあんたが戦う相手はおれだ」
「……【ヌェダ】のシステムを利用できるのは、5大公爵家に連なる者だけだ。妄言は考えてから口にする事だな」
「その言葉はそのままそっくりお返しします。おれが何で最初から招待を明かしたと思っているんです? おれが【ヌェダ】を行うのにルール的に問題がないという事を明らかにする為です」
「貴様は5大公爵家の者ではない。そもそも存在しえぬ者だ。分を弁えろ!」
予想通りの返答。だからこちらも用意しておいた返答をする。
「貴族法典に則れば、5大公爵家の者が【ヌェダ】の利用権を失うのは勘当を言い渡された場合のみだ。おれは勘当されたのではなく、存在ごと抹消された身。そして存在しない者に対しての制約は何も存在しない。何せ大公爵家に落とし子なんてものはザラですからね」
「だが、貴様が申請した――」
「利用するのが5大公爵家の者だけに限るというだけで、申請の資格に関しての事項は存在しない。ルール違反はしてませんよ」
「…………」
アゼトナが反論を止める。
代わりに今度こそ踵を返す。
「どちらへ?」
「戻るだけだ。これは受ける必要がない。貴様の浅はかな魂胆は理解したが、納得する必要はどこにもない。後日貴様には沙汰をくだすとしよう。精々その日まで怯えて暮らすが良い」
「ここで戦わねばユナは死にます」
「……貴様、そんな真似が――」
「どの道後日始末するつもりでしょう。なら、1人殺したところで変わらない」
【ヌェダ】のシステムを利用すれば誇りや体面に拘るアゼトナを引きずり出せるだろうが、かといっておれの屁理屈で戦いに乗って来るかどうかは分が悪かった。
だからこその人質だ。ユナを見捨ててまで無能者との戦いを放棄する事が、アゼトナに耐えられるかどうか――
「好きにしろ」
アゼトナは、あっさりとそう言い放った。
「……おいおい、自分の娘だろうが」
「だからどうした。出来損ないを直接手を下さずに始末するちょうど良い機会だ。やったのは貴様で、私には何の関係もない」
「…………」
拒否されること自体は予想された事の1つだったが、ここまであっさりと、しかもそんな理由で切り捨てられるのは予想外だった。
「あんたの、たった1人の子供だろうが。跡継ぎだろうが。それを見捨てるのかよ」
「勘違いするな」
アゼトナは嘲笑う事すらせず、さも当然のように語る。
「あれは私の子供ではあるが、たった1人でもなければ跡継ぎでもない。所詮は繋ぎ、いざという時の為の代替品だ。そんな兄者の子供にも劣る出来損ないの代替品など、生かしておく事に大した価値もない」
「…………」
代替品という事は、メインが居るという事か。
おそらくは男の子供が、最低1人は居るという事か。
だからユナは使い捨ての可能な代替品であると言うか。
嗚呼、この感じは久し振りだな。
「話はそれだけか。なら――」
「シアも死ぬぞ」
懐から、ミネアから受け取った、シアの書いた招待状を取り出す。
そこでようやく、ハッキリとアゼトナの顔色が変わる。
「それで、シアまで見捨てるか? 自分の兄の――当主の娘を、あのアキリアの妹を、自分のくだらない理屈で見捨てるか?」
「……見下げた奴だ」
元から対等にすら見てないくせに、良く言う。
「自分の無能を棚に上げて、たかが虐げられていた鬱憤を、そうまでして晴らしたいか」
「虐げられた? ああ、そんな事もありましたね」
いきなり何を言い出すかと思えば、そんな事か。
おれがそんな理由で復讐をしに戻ってきたと、本気で思っているのか。
嗚呼、駄目だ。このままじゃ駄目だ。
燃料がまた投入されている。
何かを喋らないと、何かを言わないと、爆発しそうだ。
「父上、右腕はどうしました?」
「…………」
アゼトナの羽織ったコートの、右腕を通す部分。
そこは風に煽られて、力なくはためいていた。
「蔑み見下していた無能者という存在である師に、右腕を斬り落とされた気分はどうでしたか?」
「……師、だと?」
口調から、言葉から、馬鹿にされている事を察したのだろう。顔を真っ赤に染めながら、それでも気になった部分を聞き返してくる。
嗚呼、愉快愉快。
「今のおれの名前をご存知ありませんでしたか? エルジン・シュキガル。エルンスト・シュキガルはおれの師です」
「…………」
「そんなに恐ろしかったですか、エルンストの存在が。
ティステアの、欺瞞に満ちた腐れ神の加護とやらを受けた人間が作ったというこの国の能力者を、無能者でありながら脅かすエルンストの存在が。
無能者でありながら能力者である自分の腕を斬り落としたエルンストの存在が。
よってたかって襲って、1000人単位の死傷者を出してまで殺してやる程に目障りだったか!」
嗚呼、駄目だ失敗した。
自分で喋りながら、返って燃料を追加する結果になった。
自爆、自滅。愉快愉快と自嘲する事すらできない。
「……良いだろう。かつて生み出してしまった失敗作の出来損ないを、この手で始末する良い機会だ」
「図に乗るなよ、老害が」
自分の中で沸々と沸き上がっているもの、それは怒りだ。
別にユナの扱いに対して怒ってる訳じゃない。
同情する事はできるが、するつもりはないし、ましてや義憤だなんだと綺麗事を並べるのに利用するつもりもない。
アゼトナのやってる事は貴族の視点から見れば正しいし、ましてや貴族の立場として【ヌェダ】の招待状を出したおれがとやかく言える立場じゃない。
だがそれでも、ムカつく。
ただただ、単純にムカつく。
究極的に言えば、八つ当たり。
そこに付け加えるエルンストの仇。
「ぶっ殺してやるよ」