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ヌェダ⑥




 仮にこれがそれなりに戦場を渡り歩いた傭兵相手との戦いだったならば、まずあんな臭い演技は通用しない。

 そもそも、足に命中した訳でもないのに転ぶ方がおかしい。

 時と場合によっては倒れた方が衝撃を逃がしてダメージを減らす事ができるのでそうする事もあるが、当たってもいないのに倒れるのは戦場では死を意味する。

 故にそう簡単に倒れたりする方が不自然だし、ましてや倒れてもすぐに立ち上がらずに転がって移動なんて絵的にもマヌケな事をする筈がない。


「それにしても、先に引っ掛かったのはシアの方だったか」


 個人的にはおれに対して敵愾心を燃やして、頭に血を上らせたユナが先行して引っ掛かると思っていたが。

 個人的には手間が省けて良かったが、シアの本質を読み違えていたのが原因だな。


「シアちゃんは足を繋げる事に集中して」


 ユナが【流血刃】を周囲に振るって。張ってあったワイヤーの全てを切断する。

 そして腰を落として構える。

 あえて接近戦を挑んで張り付く事で、シアが足を繋げる時間を稼ぐのが目的か。


「無駄だな」


 距離を詰めながらの後ろ回し蹴りを、剣腹で受ける。

 自分の蹴りを受け止めた剣を踏み締めてさらに跳躍し頭部目掛けて膝蹴りを噛まそうとするが、甘い。


「迂闊に跳ぶな」


 逆に足首を掴んで背後に放り投げる。

 空中で身を捻って着地したところに蹴りを叩き込み、防がれたところに間髪入れずに掌底。

 折り返しに繰り出されたハイキックを回避し、剣を手放して両手の突きをそれぞれの手首を押さえつける事で受け止める。


「何で、受け止められ――」

「残念だったな。おれの身体能力に魔剣は関係ない。単純な地力だ」


 持ち上がった顎を狙った蹴りを左手を開放することで回避し、次の左手の大振りの拳を弾き落とす。

 その勢いのままに体ごと持ち上げた左の蹴りを右手を開放する事でいなし、地面に手を置いて回転しての右足の蹴りを叩き落す。


「単純な体術で言えば、お前の方がシアよりも上か。魔力で劣る分を、能力を使って全身に送り込む血液量を増やして運動能力を引き上げて補ったか。血圧は凄そうだな」

「うるさい……!」

「何だ、魔力で劣るってのが癇に障ったか? 事実だろう」


 ユナの表情が歪み、攻勢の激しさが増す。

 拳と蹴りが入り乱れたその一連の流れは、並みの相手だったら10回は殺している。

 だがリズムは単調でフェイントも単純なものしか含まれておらず、受け止めても駄目という事を差し引いても十分に対応できる。

 眼を使うまでもない。

 何度目かの拳打を弾いたところで、焦りからか体勢の崩れた状態で無理に放たれた拳を側面から掴み捻り上げる。

 当然ユナもその力の流れに逆らわぬように体を捻り、拘束から逃れようと蹴りを見舞ってくるが、それに対処するよりも先に軸足を払う。


「あっ……!」


 そこでようやく自分の失態を悟るが、既に遅い。


 そのまま捻った腕を引き寄せ、おれ自身も反転して背中に乗せながらシアとは反対方向へと投げ飛ばす。

 そしてユナが受身を取って起き上がったところで向き合う。

 そのままシアの方へ向かい、治療をし終える前にトドメを刺す事もできたが、それはしない。

 別に余裕ぶってる訳でも、ましてや舐めきっている訳でもない。

 ただ現状の優先順位はシアよりもユナの方が高いというだけだ。


「……どういうつもりだ」


 何故なら、シアは自分の足を繋げるどころか止血すらせずにおれとユナの戦いを齧り付くように観戦していたからだ。

 はっきり言って、それにどういう意図があるのかさっぱり分からない。

 というか、そこに意図があるかどうかすらも分からない。


 一言で戦闘狂と言っても、その実態は様々に種別できる。

 自分の力を試せる事を楽しんでいるのか、単純に戦っているという行為そのものを楽しんでいるのか、それとも命のやり取りによるスリルを感じたいというものなのか、はたまた相手を捻じ伏せたり殺したりするのが大好きなのか。

 もしくは死の恐怖を実感したいのか、その恐怖を誤魔化したくて楽しいと自己暗示をかけて錯覚しているのか。

 この中で最も多いのが1番目のタイプで、対してエルンストは2番目と3番目が合わさったタイプの戦闘狂だった。

 対してシアはどのタイプなのか、イマイチ判別がつかない。

 もっとも、そうそう見ただけで分かるものでもないのだが。


 まあ良い。いまはそんな相手の心理分析をしている暇はない。

 相手が戦線復帰する気がないというのなら、むしろ好都合だ。そんな事よりも、目の前の相手に集中しよう。


「…………」


 ユナもおれの不自然な行動に疑念を抱いているのか、その場を動かない。距離もそこそこあるし、これも好都合だ。


「噴水、壊れたな」

「……それがどうかした?」

「別に、そろそろだと思ってな。あれって、記憶が正しければ毎日定刻に水の芸をしてくれるだろ?」


 1日に4回。午前と午後の3時と9時に、ただ水を上向きに放水するだけでなく複数個所からタイミングをずらして莫大な放水を行うその芸は、水量やタイミングが綿密に計算されており、初見ならば誰もが度肝を抜かれる。


「生憎、今は見れそうにないがな。噴水口を塞いじまってるし」


 ユナの【流血刃】で土台から水平に両断されたことに加えて、シアの魔法でバラバラになった石塊や砂礫で噴水は原型と役割を完全に放棄している。

 その為に放水はほぼ行われていないに等しく、常時供給されている水は出口で詰まった状態にある。

 そこに定刻の芸を行おうとすれば、引き起こる現象は1つだ。

 公園中に張り巡らされた水道管は、常時放水を行う為の水を供給するものも含めて莫大な水を放とうと水が詰め込まれる。

 だが当の出口は塞がれており、ちょっとやそっとでは出口を開けることはできない。

 そうして逃げ場を失った水は出口を求めて、自分たちを覆う水道管を破ろうとする。

 ましてや王都の名物にまでなっているその光景を作り上げるのに必要な水量は、尋常なものではない。それを時間にして数分間の間に放出するのだ。水圧はとてつもないものとなるだろう。

 結果水道管は、水圧に耐え切れず破裂する。


「それが何だってんのよ」

「代わりに爆発ショーが起きるって言ったところだ」


 公園全体から、僅かにタイミングのずれた連鎖爆発による爆音が響き渡る。

 当然いまおれが立っている通路でも、1発1発は小さな爆発が起きて地面に直線で結べる無数の穴が開く。

 そしてそこから、逃げ場を見つけた水が勢い良く噴出する。


 おれがやった事はただの小細工で、事前に与えられた権利を活用して水道管に直接触れるように癇癪玉を等間隔で埋めただけだ。

 水圧に耐え切れずに破裂する際の衝撃によって、側にあった癇癪玉が起爆するように。

 そして起爆した癇癪玉がすぐ隣の癇癪玉と連鎖爆発を起こすように。

 それを水道管のどの部位が破裂しても確実に起爆が起こるように、間隔を計算して公園全体に埋め込んだ。

 因みに埋め込む際にはベスタの能力を存分に活用させてもらった。でなければまだ人目のある時間帯で埋める作業などできないし、ましてや短時間で作業を終える事も不可能だ。


 だがその地道な作業は功を奏し、おれの思い描いた通りの光景が現実のものとなった。

 おそらくウフクスス家は損害費の総額を確認して眩暈に襲われるだろう。

 シンボルたる噴水自体の損害に加えて、定刻に水が送り込まれるようエミティエスト家が設計した水道管全ての破裂。

 さらには戦闘の余波による破壊の数々は下手をすれば領内の年間税収を上回るかもしれない。

 ザマァ見ろ。

 そしてこれで詰みだ。


 水道管の破裂によって外部に勢い良く放出された水は、側にいたおれは勿論、ユナに対しても掛かっている。

 その不意打ちにユナは気を取られ、反対に事前に仕掛けを知っていたおれは僅かたりとも気を取られる事なく距離を詰める。

 だがユナも、反応が1歩遅れたとは言えハッキリと対応して来る。

 おれに投げられた後に自ら数歩下がった事によって、おれとの間にはそこそこの距離がある。

 その距離をおれが詰め切る前に、水の奔流に妨害される事なく応対できる技――つまり【流血刃】を放とうと右腕を振る。


 その振られた腕が、内側から裂ける。

 付け根から指先まで余す事無く無数の線ができ、そこから血が勢い良く噴出する。


「……え?」


 既に遅れを取っている中で、その2度目の意識の外れは致命的だった。

 気を取られていたのは、2秒か、3秒か。最初の遅れも含めれば十分すぎる猶予。

 その猶予の間に相手の背後に回りこみ、右腕の上腕と二の腕を使って左右から頚動脈を絞め、手首を左手で引き寄せる。

 所謂スリーパーホールドと呼ばれるその絞め技は、綺麗に極めてやれば僅か2秒で相手を締め落とすことができる。


「…………」


 抵抗らしき抵抗もできず、ユナの全身から力が抜ける。あるいは、自分が何をされたのかも認識できていなかったのかもしれない。


 おれは特に何かをした訳ではない。

 確かに仕掛けを事前に施してそれを作動させはしたが、その内容は相手に直接の危害を加える代物ではなかった。究極的には、ユナはただ自滅しただけだ。


 ユナの【血液支配】は――もっと突き詰めれば【流血刃】は、傷口から高圧の血液を多量に放出する必要がある。

 そしてその傷口から放出される血液がどこを通って外に出るかと言えば、勿論全身に張り巡らされている血管だ。

 ユナは【流血刃】に使う多量の血液を放つ為にも、そして自分の能力を使って身体能力を引き上げる為に毎回の脈動で運搬される血液量を増やす為にも、血管の直径をできる限り拡張している。

 ましてや戦闘の最中で積み上げられた運動量は、生物の当然の反応として体温を上昇させる。その上昇した体温は、血管の拡張にさらに1役を買っている。

 そうして限界まで血管が膨張していたところに、外部から水を掛ける。

 すると水は体温を急激に奪っていき、結果血管は体温を必要以上に奪われまいと収縮しようとする。

 おまけにこの時期はまだまだ夜になると肌寒く、ついでに夏場に備えて作り出されたこの公園の噴水は放出する水の温度を低く保つように術式が組まれている。

 その水温はおよそ2度前後。それが多量に体に掛かれば、奪われる熱量は相当なものとなるだろう。


 それによって血管が収縮したところで【流血刃】をしようとしても、体外に放出されようとする血液は普段と比べて大分狭い道を無理やり押し広げようとし、結果血管は負荷に耐え切れず水道管と同じように破裂する。

 しかも元々が攻撃の為に高圧を掛けられていた代物だ。血液は血管を破裂させるに飽き足らず、その上層にある肉も容赦なく切り刻む。

 結果、ユナの右腕は内側から切り刻まれ、あたかも破裂したかのような状態になる。


 もっとも、場所からして自分の血液を武器にしてくる事は予想していたが、さすがに【流血刃】という技は予想外でここまでの効果があるとは思わなかったが、結果オーライだ。


「うっひゃー、すっごいねえ、かっくいいねえジン兄! 超クールだね、勝利おめでとう!」

「……一体何なんだお前は」


 こいつの行動や心情の一切合財が、終始分からないままだった。

 今も水を大量に浴びて震えているが、自身を治療する素振りは見られない。既に出血で大分体温が下がり、極めて危険な状況下にあるというのにも関わらずだ。


「何って、敗北者です! 自分の能力を手玉に取られて利用されて足を切断された、惨めで哀れな敗北者です!」

「そういう事を聞いているんじゃない。どうしてお前は――」

「その前に足繋げて良い? このままだと失血死しそう。勿論繋げた後に抵抗なんてしないよ」

「……勝手にしろ」


 どうせユナが落ちた以上、仮に抵抗されたところで制圧は十分可能だ。

 それに何と言うか、こいつとの会話は主導権を渡したまま成すがままにしておいた方が良い気がする。

 ミネアとは別の意味で疲れる相手だった。


「【接合】と【圧着】」


 手際よく骨と肉と神経を繋げていく。

 失った血を元通りにする事のできない、比較的低位の魔法を使うのは抵抗の意思がない事を示すためだろうか。


「うっし、終わったね。それじゃ改めて、勝利おめでとう!」

「本当に、お前は何なんだ。何がしたい」

「秘密」


 一瞬縊り殺してしまおうかと検討する。


「だけどジン兄がひとまず今は私たちを殺すつもりがないのは分かってるよ。だって、人質に必要だもんね」

「…………」


 人質――即ちこの後に戦うアゼトナに対してであり、またユナとシアたちに対する人質だ。


「まず叔父さんが来たとしても、ジン兄と戦うかどうかは楽観的に見ても半々に届かないよね。だって、向こうはユナちゃんと戦うつもりで来てるんだもん。

 だけど人質に自分の娘が、ついでに私も居ればほぼ確実に戦えるよね。でもその為には人質が死んでいたら意味がない。

 そしてその後の結果次第だけど、ジン兄が勝った場合、後始末が大変だね。

 現場に【ヌェダ】のカードを残しておけば、筆跡からユナちゃんがやったという事に仕立てあげられる。その為には勝者であるユナちゃんが生きている事が必要不可欠だけど、そのユナちゃんが自分の立場を省みずに暴露したら全部がおじゃん。

 でもその勝者に私も加わるとなると、話は違ってくる」


 出血によって蒼褪めながらも、心底楽しそうに自分の考えを――あるいはおれのプランを解説していく。


「勝者が2人になる事で、暴露はユナちゃん1人だけの問題じゃなくなる。ユナちゃんがそれで良くても、暴露すれば私の立場もまた危うくなるから。

 そしてそれは、私に対してもそのまんま言えるよね。

 つまり私とユナちゃんは、互いの存在が互いに対しての人質に――言い換えれば足枷になる。勿論2人で話し合った上で暴露する可能性も無きにしも非ずだけど、その可能性はユナちゃん1人だった場合よりも圧倒的に低いもんね」


 シアが語った事は、全てが正しい。

 より正確には、ミネアから聞いた事をそのままおれに話しているのだろうが。

 立ち戻って考えると、おれはミネアのプラン通りに動いただけとも言える。


「でも安心して! 私は絶対に暴露しないから!」


 そんな事をシアが胸を張って宣言する。


「……何が目的だ」

「だから秘密。でも、結果的にはジン兄の利益にもなるよ」


 そこでまた、歪んで壊れた笑顔を浮かべる。


「ジン兄が暗躍しているように、あちこちで色んな人が暗躍している。私たちもその1つって言うだけの単純な話」

「…………」


 ミネアから聞かされただけの事――という訳ではなさそうだった。

 だが一方で、この戦いに望んできたという事は。ミネアから聞かされた事はこいつにとっても渡りに船だったとも取れる。

 しかし戦いは間違いなく本気で殺しに来ていた。

 勝敗の結果は関係ないという事なのか、それとも別の理由なのか、推測する材料が足りていない。

 そしてミネアに聞いたとしても、望んだ答えが得られるとは思えなかった。


 いまはっきりと確信した。

 あいつは――ミネアは信用はできるが信頼はできない。


「ジン兄、という訳で落とすならお願いね。自分でやる勇気ないし!

 それと今度時間を設けて話そうよ。殺伐は抜きでさ。色んな事を聞きたいし色んな事を話したいもん」


 地面に投げ捨てていた剣を拾う。

 手に取った瞬間に脳内に「乱暴に扱うナ」だの「適当に捨てるナ」だの文句の嵐が舞い込むが全て黙殺し、面を振り下ろすように構える。


「ジン兄、楽しかったね! またやろうよ!」

「楽しかったのは否定しない。だが――」


 頭部を目掛けて振り下ろす。

 おれとこいつは同類であっても、同属ではない。


「2度とやるか」











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