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エルンスト③



「そろそろテメェも戦場に行くか」


 あくる日、まるでピクニックに行くかと言うような気軽さで、エルンストがおれに言った。


「戦場?」

「ああ、そうだ。戦場だ。人間同士が醜く争う場所だ。あるいは人間と魔が醜く争う場所だ。どっちにしろ、非生産的で醜い事に代わりはない。そろそろお前も人殺しを経験してみる頃だ」


 3年以上エルンストと一緒に暮らしていて、気付いた事がある。

 それは、エルンストは恐ろしいまでに子育てに向かないという事だ。


「でもおれ、まともに武器の扱い方を習ってないよ。ナイフぐらいじゃん」

「口答えしてんじゃねえ」


 咥えていた煙草を押し付けられ、熱と痛みが走る。だがそれぐらいはいつもの事なので、おれは悲鳴を上げる事も無かった。


「ナイフ1本あれば人は殺せるんだよ。相手よりリーチが短いから何だってんだ? んなもん、不利な理由にはなっても不可能な理由にはなんねえんだよ」


 そう言っておれの襟首を掴み、馬車に放り込むと、無理矢理戦場に引きずって行った。


 場所はティステアから遠く離れた、隣国同士の小競り合いの地。

 エルンストはそこで同じ傭兵の者と顔を合わせ、一時的な部隊を組んだ。


「よっしゃあ! 死神の旦那と同じ部隊になれるたぁ、今回の仕事は楽勝だな!」


 同じ部隊のメンバーとなった傭兵の1人がそう言っているのを聞いて、どういう事なのかを尋ねた。


「あぁん? おめぇそんな事も知らないのか? そんなんじゃこの先この世界じゃ長く生きてらんねぇぞ」


 男はそう言いながらも、おれに説明してくれた。

 曰く、エルンストの死神という名は、仕事中に遭遇したどんな敵でもいつも皆殺しにして生還する事から付いたのだと言う。


「この業界じゃ、まず相手側に旦那が雇われてないかを血眼で確認する。万が一遭遇すれば、生き残れないからな」


 そう言って笑ったその傭兵は、気の良い男だった。

 見てくれからしてガキであるおれに、わざわざそんな話をしてくれる辺り、悪い男じゃ無かったように思える。

 そんな男は、あっさりと死んだ。


 楽な仕事であったのは間違いない。

 敵は雑兵ばかりで、質も数もそれほど高くはない。

 何より、遭遇した側からエルンストが逃走すら許さずに皆殺しにする為、他の傭兵たちはお零れを拾うだけだった。


 一方おれはと言えば、その雑兵相手にすら苦戦する有様だった。

 平民生まれで、保有する魔力の量も大した事がない。にも関わらず、あれ程鍛え込んだ筈のおれと敵との間には、埋め難い程の能力差があった。

 何とか技術を駆使して倒したが、まだ自分が子供の身であるという事を抜きにしても、あれ程鍛錬したにも関わらずあの程度の相手に苦戦するという有様に、絶望すら覚えた。

 唯一の救いは、戦場特有の、エルンストのとは質の違う剥き出しの殺意に晒された事に対する恐怖と、先ほどの絶望とのダブルパンチで、始めて人を殺した事に対する感想など持ちようが無かった事だろう。


 そんな折に、そいつらは現れた。

 近辺には弱い魔物しか棲息しない筈の環境下で、突如として現れた強大な魔物の群れ。

 その場に居た両国の兵士を、片っ端から殺戮していったその魔物によって、気の良い男だった傭兵も殺された。

 最終的にはエルンストと、両国の兵士が一時休戦して合同で立ち向かった為に魔物は全滅したが、対する両国の兵士たちも半数以上が死に絶え到底戦を継続できる状況に無かった為、その戦いは終了した。


「どうだった?」


 帰還して早々に、エルンストはおれに尋ねた。


「あれだけ鍛えたのに、雑兵相手にも苦戦した」

「んな事は見てたから分かってんだよ。おれが聞きてえのは、その結果を前に何を思ったかだ。絶望したか?」


 おれは素直に頷いた。


「だろうな。これでよく分かったろ。俺たち無能者と、そうでない者たちとの差ってもんをよ。

 平民に宿る僅かな魔力でさえ、それを強化に回せば必死こいて鍛えたお前の身体能力に匹敵する。まあお前はまだまだ成長の余地が多分に残っているから、将来的にはあの程度の相手は圧倒できるが、もうちょい腕が立って魔力の多い奴が相手だと負けるな」


 その言葉におれはうな垂れた。

 ところがエルンストは、だがなと続けた。


「それでも無能者だって、やろうと思えば無能力者や能力者を超えられんだよ。聞くが、俺たちとそれ以外との差は何だ?」

「魔力の有無」

「そうだ、たったそれだけだ。それさえ埋めちまえば、むしろ俺たちの方が有利なんだよ。生まれ付きの魔力に頼って身体能力を底上げしている連中と、それを抜きに身体を鍛えている俺ら、どっちが優れてるかは考えるまでもねえだろ」


 そうエルンストは簡単に言ったが、おれにはその差はとても埋め難いものに思えた。

 確かに地力の身体能力はエルンストの言うとおり、無能者の方が勝っているように思える。だがそれだけなのだ。

 魔力を使えば、相手はその地力の差を簡単に覆す。一方おれたちには、それを覆す手段が無かった。


「差を埋める手段はあるさ。それもいくつもな。現に俺を見てみろ、無能力者や能力者が相手だって引けを取らねえ」

「その手段って?」

「それはまた今度教えてやる。まずは体作りからだ。じゃねえと耐えきれねえ」


 その日から、トレーニングの量は倍増した。

 また内容も、新たに剣の扱い方を習ったりする以外にも、より過酷なメニューも追加された。

 だがエルンストの言葉を目標にする事で、弱音を吐く事だけはなかった。







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