ヌェダ⑤
剣と剣とが噛み合い、火花が散る。
もう何度目かの鍔迫り合い。結果は決まっておれが勝つ。
シアの近接戦闘能力は大体分かった。
素人じゃない。太刀筋は基本に忠実で、尚且つ綺麗だ。おれの動きに対してキッチリと正しい対応ができている。
だがそれだけだ。実戦経験が圧倒的に不足している。
フェイントも察知してしっかりと対応して来ているし、対人という面でみればその太刀筋は完成に近い。だが一方で、太刀筋に実戦経験者特有の荒々しさがない。
数多ある動きはどれも型通りで、技をなぞっただけで自分用に昇華できてない。だから自分に合った動きではなく、僅かに遅れが生じている。
型をなぞるのではなく、自分の動きが型となるようにするのが重要であり、それには実戦経験が必要不可欠だ。
おれだって太刀筋はエルンストのそれを真似たものだが、一方で細部は自分なりにカスタマイズして自分のスペックに合った形に昇華している。
おれに負ける要素はない。
剣同士での戦いならばの話だが。
感覚が跳び距離が開く。
そこに【流血刃】が飛び、追撃を防ぐ。
最初は縦に振るわれたそれを右に走ることで回避するが、直後に横薙ぎに軌道が変更されて追いかけてくる。
直前で足元から土壁が隆起。シアの仕業だと気付きその意図について考えを巡らせるよりも、地面の下を魔力が移動しているのを感じてその場を飛び退く。
壁の向こう側で地面を潜って足元から強襲してきた【流血刃】はさらにおれの後を追い掛け、程なくして伸張しきり手元に戻っていく。
「【暴刃旋風】!」
その十分すぎる時間の間に、再びシアの合成魔法が炸裂。
街路樹も街灯も紙細工に等しい。石畳の地面も数十センチの深さにまで抉り取られる。
「もう1丁!」
しかもそれがさらに1つ追加される。
「ねぇ、ジン兄」
感覚が跳んで腹部に剣を突き刺そうとするも【憤怒王の心臓】に遮られる。
「タネは分からないけど、この異様な感触を齎している出処はさ、ノーリスクで使えるものなの?」
翻った剣を切断し、足元から生えて来た槍の群れも回避する。
「多分無理だよね。どんな手を使ってるかは分からないけど、仮に魔道具の効果だったとしても魔道具が有限の消耗品である以上使用制限が存在するよね。
それにもし魔道具じゃなかったとすればジン兄が無能者っていう前提がある以上、何らかのリスクを負ってる筈だもんね」
打ち合っている最中にそんな事を聞いて来る。
答えるつもりはないが、シアのその推測は正しかった。
「つまり、このまま消耗戦に持ち込んだら不利なのはジン兄の方だよね?」
「……それは違うな」
僅かな隙に新たに生成された剣をもう1度切断し、シアが反対の手に握り、自分の体の影に隠すように構えていたエストックの刺突も左手で受け止める。
確かに【憤怒王の心臓】を使用するのには対価を要する。
そしてその対価は、他でもないおれの魂とやらだ。
イマイチ見た事も感じた事も無い為に実感が湧かないが、ベル曰く【憤怒王の心臓】を使うには魂を少しずつ削っていってはそれを燃料とするらしい。
そしてその魂という動力を得た心臓は、全身を巡る血液を片っ端から変質させて再度巡らせる。
それは心臓が稼働している限り続き、稼働するには魂を燃料とし続ける必要がある。
当然そんな事をしていれば、あっという間に抜け殻になって死ぬらしい。
普通ならば。
だがサタンは既に死んでおり、殺したのは他でも無いベルだ。燃料として心臓に捧げられた魂は、巡り巡ってベルの物となる。
そしてベルは、今のところはおれと相補的関係下にある。
その為使用した後に修繕させれば実質的に対価は存在しないのと同じになる。
まあ多少は掠め取られるだろうが、それぐらいは黙認しよう。少なくとも抜け殻になってしまう事は無い。
ただし、永久的に使えないのも確かだ。
当然だが【憤怒王の心臓】は人間の心臓とはまったくの別物だ。
普通に全身に血液を循環させるだけならば問題はないが、血液の変質なんて機能は人間の心臓にはついていない。その為それをやらせたままにしておくと、この心臓は本来収まっていた魔族の体と人間の体の相違に拒絶反応を起こし、心臓そのものとしての役割を放棄する。
つまりは、心臓麻痺を引き起こす。
その為連続で使えるのは、ベルが拒絶反応を引き起こさないように補助をしながらでおよそ6時間程。その後は当分の間使用を控える必要がある。
だが少なくとも、この戦いの間はその心配をする必要は無い。
「へぇ、つまり先にバテるのは私たちの方って事?」
ニンマリと笑みを浮かべる。
「じゃあ試してみよっか!」
時間が停止してシアが後退する。
入れ替わりに迫って来たのは、2つの掘削機。
左右から蛇行しながら挟み撃ちをしようとして来るそれらに捉えられないように迂回しながら走る。
「選手交代!」
そこでまた時間が停止し、眼前にユナが現れる。
「……フッ!」
「ッ!?」
左のハイを受け止めた直後に手を伸ばして掴み掛かって来る。
掴まれれば地を引きずり出される事は分かっているので1歩後退すると、間髪入れずに後ろ回し蹴りが炸裂。ハイに続けて受け止めた腕が痺れる。
また感覚が跳ぶ。
視界からユナは消え、距離を取った筈の掘削機が迫る。
のどかな景観を瞬く間に荒廃した光景へと変えながら追ってくるそれに、些かの衰えも見えない。
時折飛来してくる【流血刃】を回避し、街路樹や街灯を盾を捨て駒にし、黒曜石の巨大な時計のモニュメントを盾にする。
後を追ってくる2つの暴風は、その盾としたモニュメントとぶつかり、火花と焦げ臭い臭いを散らしながら半分ほど削り取ったところでようやく消失する。
そのえげつない破壊力もさる事ながら、発動時間も厄介に過ぎた。
その前のはシアが途中で解除した為にそれを実感する事はなかったが、シアが解除をせずにそのままにすれば、優に3分間はその猛威を振るい続ける。
脅威の一言に尽きる。
魔法としての凶悪さもそうだが、何よりもそんな魔法を2つも同時に展開させて3分間も維持させられるシアの能力が。
単純に考えて、1つだけを展開するよりも掛かる負担は倍になる。
逆を言えば、単純計算であれ1つを展開し6分間は優に維持できる。
それも、術中も術後も僅かも息を切らす事無く、能力を発動して近接戦闘まで挑んで来れる。
しかしあくまで能力は補助止まり。真骨頂はその魔力と適性を用いた魔法主体のスタイルにあった。
それは正統派の戦いだった。恵まれた魔力と適性という先天的な要素が齎すアドバンテージを存分に活かした正統派のスタイル。
だが誰にも真似はできない。それだけの事をやってのけられる程の、歴代の平均的な宗家の者の倍以上に匹敵する膨大すぎる魔力と、そして4属性持ちという神国の歴史を遡っても数えるほどしか確認されていない、全属性持ちに次ぐ魔法の適性を持つからこそできる芸当だ。
「またまたチェンジ」
時が跳んでシアが横殴りの斬撃をぶつけて来る。
それを剣で受けたところに、背後からユナの強襲。やむを得ず痺れの残る左腕で頭部を狙ったハイキックを受け止める。
辛うじて蹴りを受け止めたところに拳が放たれ、手首を掴んで受け止める。
『馬鹿ガ、気付ケ!』
脳内にベルの声が響くと同時に、蹴りを受け止めた左の上腕に焼け付くような痛み。
舌打ちしたい気持ちで後退しようとした瞬間に時が跳んでシアが剣を振り被ってくる。
それを迎撃せずに半歩下がって回避した瞬間、シアがニヤリと笑って剣を地面に突き刺し、それを基点に体を持ち上げて縦に180度回転する。
そしてシアが滞空しているその最中に、ユナの【流血刃】がシアが支点としていた剣を切断して襲い掛かる。
咄嗟に伏せて回避できたのは上出来だろう。
その場に留まってシアの上空からの回転踵落としを喰らって脳を揺らされるのは、ユナの【流血刃】を喰らうよりも遥かにマシだ。
「がっ……!?」
視界が重い1撃を喰らった事によってぐらつくが、歯を食い縛って堪える。
この程度のダメージは馴染み深いものだ。耐え切れない訳がない。
左の上腕を眼で確認するよりも先に、表面を剣を使ってこそぎ落とす。
幸いにもそこに付着した血はごく微量であった事と、何より【憤怒王の心臓】の働きで血管自体が頑丈になっていた為、深くまで潜り込まれて血管に侵入される事はなかった。
表面の皮膚やその下の脂肪と肉を削ぐ羽目になったのは、相手の手口を確認できた事と比べれば安い対価だ。
「迂闊にガードもできないな」
ユナの履いている丈長のブーツの表面には、ベッタリと血が塗りたくられていた。
そんなものを受け止めれば表面に血が付着する。触れる事は自ら身の危険を招き入れる事と同じだ。
だが一方で、そんな小細工はユナの心情的余裕の無さの現われとも見る事ができた。
「そろそろ血にゆとりが無くなってきたか?」
「…………」
返答は無言のミドル。
受けるのは不味いという事は既に判明しているので、後退して回避するぐらいしか選択肢が無い。
そこでまた時間が止まり、ユナがシアと後退して斬り掛かってくる。
ユナの固有能力は【血液支配】だ。支配であって、創造ではない。
当然自分の血を使えばそれは出血しているのと変わらない。やり過ぎれば出血多量で死に陥る。
それをユナは使用した血を逐次回収する事で回避しているが、先ほどの至近距離での【流血刃】をおれに剣で受け止められた為に、やや血が足りなくなって来ていた。
【流血刃】はその射程距離故に、1度の使用に膨大な血液を要する。
それによって放たれた血は、回収するまでずっと1つ繋がりとなって――言い換えれば血管だけを外に出しているのと変わらない為、どれだけの量を1度に体外に出しても失血状態に陥ることは無い。
だが既に1度剣によって繋がりを絶たれたばかりか、回収する事も叶わなくなった。
これによって【流血刃】に費やしていた膨大な血液を一気に失う事になった。
そもそも、どうしてユナは最初から【流血刃】を2つ同時に使わなかったのか。
答えは簡単だ。万が一の時が起きて、その2つに費やした血液が回収できなくなったら困るからだ。
事実あれ以降、ユナの使う【流血刃】の射程距離は僅かながら落ちている。
何故か。
簡単だ。もしもう1度同じ事が起きて回収ができなくなっても、自分が失血死しない最低限の量を体内に残しておく為だ。
極力失血死のリスクを抑える為に、1度に使用する血液の量を減らし、尚且つ【流血刃】以外の小技に血を費やせるようにする為だ。
だからこそ、ユナは【流血刃】を2つ同時に使わなかった。
使ったのはたった1度だけ、シアの合成魔法を完成させる時間を稼ぐ為に、不意を打った時のみだ。
つまりユナの現在のコンディションは万全ではない。
故に今が攻め時だ――と、普通の奴ならば考える。
「…………」
何本目かのシアの剣を切断し、大きく距離をとって【流血刃】の射程範囲外に逃れ、チラリと半分以上削られたモニュメントに嵌め込まれている時計を見る。
予定の時刻まで、まだもう少し時間がある。
ユナとシアは、シアの【時間支配】を織り交ぜての両者交代制の接近戦に切り替えて来ていた。
おれの【憤怒王の心臓】にリスクがあると推測した上で、おれが先にバテる事を狙ったある種の持久戦が目的だろう。
その点だけで言えば、現状の2人の戦法は好都合だ。
心臓の使用は、この戦いの中だけに関して言えばノーリスク。相手の目論見はその時点で外れており、尚且つこっちも予定の時間を無理せず危なげなく待てる。
あくまで両者交代制の接近戦のみならば。
ユナが術式の展開を始める。と同時に、時間が止まる。
あくまで止まっているのはおれだけであり、術者であるシアや、そのシアの作ったピアスを付けているユナは対象外だ。
跳んだおれの感覚が捉えたのは、2秒という時間をフルに使ったユナがちょうど術式を完成させるところだった。
「【鳳凰不死炎舞】!」
ユナが突き出した両手の先の虚空から、莫大な炎と熱が生まれる。
炎は生み出された瞬間は激しく燃え盛るも、すぐに勢いを弱め、代わりに流体のように滑らかに動いて形を取っていく。
完成したのはまさしく火の鳥だった。それも巨大な。
高さはおよそ2メートル。翼幅に至っては優に10メートルはある。
全てが真っ赤な炎で構成されているはずなのに、眼や嘴、鉤爪や翼を構成する羽の1枚1枚に至るまでが精巧に再現されており、1つの彫刻品であるかのような印象を抱く。
離れていてもはっきりと感じられるほどに圧倒的な輻射熱と、その下ろされた足に触れた石畳が溶解している事を除けば。
その見ているだけで神聖さすら覚えさせられるような造詣は、まさしく幻獣として有名なフェニックスそのものだった。
今までに見たことも無ければ、聞いた事もない魔法。
ただ分かるのは、それが火属性の魔法であるという事と、並みの者が保有する魔力を全て次ぎ込んでも発動できないどころか、その10分の1の大きさのものも生み出せないような量の魔力が注ぎ込まれているという事。
「ジン兄、運が良いね」
火の鳥の陰に隠れて姿の見えないシアの声だけが響く。
「これはユナちゃんのオリジナルの魔法で奥の手だよ。滅多に見れるものじゃないね、私も実際に見るのは2度目だよ」
新しい玩具を見付けたかのようなはしゃぎ声。
そのはしゃいだ声とは正反対の、低く、それでいて平坦な声が響く。
「……行け」
「ヒュィィィィィィィッ!!」
声帯などあったものではない筈の鳥が雄叫びを上げて飛び立つ。
羽ばたく度に羽を象った火の粉が撒き散らされ、巨体に見合わない速度で旋回しながらおれに飛んで来る。
だが、その速度は【流血刃】と比べれば圧倒的に遅い。
「フッ……!」
飛んで来た火の鳥を、真正面から迎え撃つ。
やった事は単純明快。ただ剣を両手で握り、頭から尾羽の先まで振り下ろして両断しただけだ。
中央から別れ、さらに斬られる際にその体を構成する魔力の幾ばくかを喰われた鳥の残骸は、不安定な軌道を見せながら地面に墜落。石畳を溶解させる。
「確かに熱量は脅威で、自律行動することは驚きに尽きるが、実用性は皆無だな」
人を殺すのに地面が溶解するほどの熱量は要らないし、直線状ではなく自律飛行して襲い掛かって来るのは、とりわけ所見の相手に対しては脅威だろうが、消費した魔力に見合う成果を挙げられるかどうかと言えば愚問だ。
「甘いよ」
だが他でもない術者であるユナが、それを否定する。
「不死鳥は死なない。何度でも蘇る」
背後で魔力が膨れ上がる。
振り向けば墜落して地面が溶解してできた穴から、先ほどよりもサイズを落とした火の鳥が2羽、誕生したところだった。
「たとえ両断されても、水で掻き消されても、地面に埋められても、真空で消滅しても、構成している魔力が尽きない限り、時には数を増やしながら何時までも蘇り続ける。それが【鳳凰不死炎舞】」
「「ヒュィィィィィィッ!!」」
火の鳥――いや、不死鳥の2重の咆哮が響き渡る。
「おいベル、あれを1度に食い尽くせるか?」
『無茶を言うナ。オマエはバケツ満杯の水を1口で飲み干せるのカ?』
「使えねえな」
左右から旋回して迫る不死鳥を、片方を跳び越しつつもう片方を両断。
両断された不死鳥は、そのサイズを半分以下にしながらも倍の数となって復活。
より小回りの利く姿となって、おれに迫る。
「私たちもいるよ!」
【流血刃】が飛来し足を止めたところに、不死鳥の1羽が突進。
掲げた剣腹と衝突し、力比べの末に構成する魔力を全て喰われて消滅するが、代わりにおれを輻射熱で炙り無酸素状態に陥らせる。
「【炎刃暴速旋風】」
そこにシアの凶悪な合成魔法が追加される。
こっちも不死鳥ほど複雑な動きはしないが、やはりおれの後を追って自律移動する類の魔法だった。
実質、敵の数が増えたも同然だ。
「さらに追加!」
ユナとシアが、同じ魔法をさらに展開する。
これで2つの灼熱の竜巻と、大中小3羽の不死鳥がおれを追いかける事になる。
『オイ、吐き出すカ?』
「珍しいな、お前からそんな提案をするなんてよ!」
不死鳥にすれ違い様に斬撃を2度叩き込み4分割。
それらが墜落してできた穴の1つに、即座に剣を叩き込んで渦巻いていた魔力を全て喰らい復活できないようにする。
『さすがに状況は弁えてル。こっちの焼き鳥はともかク、あっちの竜巻は喰えねえからナ』
「焼き鳥って、おい……」
あながち間違いとも言えないかもしれないが、程度が違うだろう。
「できればこの後に温存しておきたい」
『四の五の言ってると本当に死ぬゾ』
「知ってるさ。さすがにマジでやばくなったらそうするが、あと大体10分弱稼げば詰みだ」
時計を見てそう言う。
無理に反撃する必要は無い。ただ時間まで逃げ切れば勝ちだ。
とにかく回避に徹する。
不死鳥に対してはすれ違い様に斬撃を入れ、可能ならば墜落したところに追撃を掛けるが、深追いはしない。
「ねえ、ジン兄」
時折飛ばされて来る【流血刃】やシアの【時間支配】による妨害を受けながらも、そうして不死鳥の殆どを喰い尽した頃だった。
「上昇気流に上から圧力を掛けると、何が起こるか知ってる?」
シアがそんな事を言う。
仮に【炎刃暴速旋風】の持続時間がその前の【暴刃旋風】と同じだと仮定すれば、そろそろ効果時間が終わる頃の事だった。
「【墜落気流】」
ちょうど猛威を振るっているそれぞれの灼熱の竜巻の真上に、下向きの特大の突風を落とす。
上昇気流とそれは激しくぶつかり合い、最終的にはシアから魔力の供給を受け続けている突風のほうが競り勝ち、上昇気流を丸ごと押し返す。
「ベル!」
呼び掛けながら大きく後退。とにかく距離をとる。
【流血刃】は勿論、正確な範囲の分からないシアの【時間支配】も及ばない場所まで全力で退避して、剣を上段に振りかぶる。
上昇気流が何らかの原因によって上空で押され、下降気流に転じた際に引き起こる現象――所謂ダウンバーストは、地表に衝突した際にその勢いを殆ど減ずる事無く四散する。
ましてや、魔法によって無理やり起こされた上昇気流には、酸素を過剰に供給された炎や億単位の鉄片が混じっている。
それらが木々すら薙ぎ倒すほどの突風に乗せられて放たれるのは、遠心力によって放たれるのとは次元が違う。
「吐き出せ!」
『折角喰ったってのにヨォ……』
だったら提案するなという突っ込みを入れる暇も無く、剣を振り下ろした瞬間に、それまで喰らってきた魔力が全て物理的奔流となって吐き出される。
その奔流とダウンバーストとが衝突。周囲に圧倒的な暴風を撒き散らすが、それに剣を地面に突き刺して耐える。
やがて奔流は風を完全に飲み込み、残っていた不死鳥も全て掻き消し、地面を大きく削りながら抜けていく。
途中で感覚が跳び、その射程距離から回避したユナとシアは、それぞれの面持ちでその破壊の後を見ていた。
「……おい、もう少し調整できないのか?」
『オマエはゲロの量を自由に調節できんのカ?』
「ゲロ言うな」
これ以降使う気が失せるだろうが。
「……あはっ♪」
しばらく沈黙していたが、やがて喜色に塗れた笑い声をシアが上げる。
「すっごい、すっごいよジン兄!」
「シアちゃん、笑ってる場合じゃないよ」
緊張感の欠けるシアをユナが諌めるが、シアは首を左右に振る。
「それは違うよユナちゃん。心配する事はないよ、次は来ないから。何となく分かるもん、今のは奥の手だって。それも多用できない類の。だから今まで使ってこなかった、違う?」
「……これだから、無駄に勘の良い奴は嫌なんだ」
あるいは戦闘狂とも言えるが。
せめて理屈で推測してくれれば反論して惑わす事ができるが、それ以前に勘で確信している奴を理屈で惑わす事は不可能だ。
「それでそれで、奥の手を切ったジン兄は、次にどうするの?」
「次、ね……」
今の衝撃に辛うじて巻き込まれず無事なモニュメントを確認する。
決まってる。
「逃げるさ」
踵を返し、広場から幅のそこそこある整備された道へと駆け込む。
「あっ、逃がさな――!」
「シアちゃん、タンマ!」
背後から追い掛けようとシアが駆け出そうとし、寸前でユナが静止する。
直後にユナが【流血刃】を放ち、射程ギリギリに居たおれの足元を穿つ。
「ワイヤートラップ……仕掛けるなら、もっと明かりのない場所にするべきだったね……」
縦横に走り回った血の刃は、その途中に張られていたワイヤーを全て切断していた。
森の奥深くと違い、街灯の乱立する公園ではワイヤーが光を反射し、眼を凝らせばその存在に気付く事が可能だった。
「わたしが先行する。絶対に逃がさない」
「合点!」
押さえ込まれた激情に満ちた声を出しながら、ユナが血の刃を振るい走る。
だが、
「ワイヤーだけじゃねえよ」
光の事ぐらい、おれが考えなかった訳がない。
「わわっ、と……止まれ!」
イマイチ尻切れ感のある爆発音が響き、地面が不自然に割れかけて上に持ち上がった状態で停止していた。
癇癪玉を埋め込んで地雷代わりにしていたのだが、炸裂した瞬間に時を止められ、危ういところで回避していた。
「地面にも要注意、か。この分だと上も何かありそう。どこまで小細工を……!」
2人が足を止めた瞬間に、こっちは距離を稼ぐ。
ギリッと、歯を食い縛る音がはっきりと聞こえた。
「落ち着いてよ、ユナちゃん」
「でも、早く追い掛けないと……!」
「大丈夫、簡単な方法があるからさ!」
そんな遠巻きの声が聞こえた直後、背後に感じていた2人の魔力が、それまでのワイヤーを切断しながらの時よりも遥かに速い速度で迫って来ていた。
「罠の場所は仕掛けた本人に聞けってね! こういうの何て言うんだっけ?」
ユナとシアは、おれが道中に仕掛けた罠を潜りながら通った道順を、全く同じように進んでいた。
両者の速度は小回りが利き、尚且つ手荷物を持たない2人組みの方に分があり、距離は縮まっていく。
そう、傍から見れば見えるのかもしれない。
「もうちょいで追いつくね、次の手は何が来るの!?」
楽しそうなシアの声がハッキリと耳に届く距離になった時に、背後から血の刃が飛んで来る。
水平に放たれたそれを伏せて回避し、射程距離外に逃げようとするが、直後に軌道が下向きに変更され、足元スレスレを切られて転倒。前方に勢いのまま転がって行く。
「捉えた!」
そこにシアの声が響き、感覚が跳ぶ。
跳んだ先に移ったのは、シアが地面に頭から突っ込む光景だった。
「……えっ!?」
「ありゃ?」
当事者であるシアよりも、むしろ後ろから見ていたユナのほうが信じられないと言う声を漏らす。
「あれま、足が取れちゃった」
両者の視線の先には、膝の辺りで切断されたシアの左足が転がっていた。
その転がる足の上には、血が付着したワイヤーが視認できた。
「ハイ、引っ掛かった。思ったよりも掛かるのは早かったな。もう少し先になると思ったが」
「何で、そんなところに……」
「アホか?」
親切に解説してやる。
残りの時間もあと少しで、その時間を潰す為に。
「ワイヤーの反射に気が付かないとでも思ったのか? そんなもん、艶消しの塗料を塗れば簡単に防げる。わざわざむき出しのままあちこちに張ってたのは、その反射を防いだワイヤーの存在を悟らせない為だ」
「なら、なんで、引っ掛かって……」
言いたい事は分からなくもない。
だが結論から言えば甘いの一言に尽きる。
もう少し経験を積んでいれば、不自然さに気付けた筈だ。
「おれが引っ掛かる訳がないだろうが。おれはわざわざお手本を見せてやったぞ? そこを転がりながら潜り抜ければ、罠には引っ掛からないっていうな」
つまるところ、経験不足だ。