ミネア①
「参考までに聞きたいんだが、もし【ヌェダ】の最中に器物破損が起きた場合、その補填は誰がやるんだ?」
「基本的にウフクスス家が負担しますが、それがどうかしましたか?」
「噴水が両断されたぞ」
「……あれ、高いんですけどね」
高いと言えば、いま飲んでいるジェパ酒というお酒も中々値が張りますね。
丸々1本で金貨1枚ですから、まず庶民の手には届きません。
「戦況は?」
「大体互角だな。今の所は誰も有効打は喰らってない」
「2対1でそれなら、1対1なら優勢に傾いていたかもしれませんね」
「まだ始まってそんな時間が経ってねェし、そうでもないだろ。前話が長かったからな。つうか、その2対1の状況に持ち込んだおまえがそれを言うか?」
「私はジンさんが後に優位に動けるように動いただけです。それはあの人も納得済みでしたでしょう?」
「それ自体は良いさ、あいつも納得してたからな。だが、無謀なのも確かだ。
百歩譲って1対1が2連ならまだしも、おまえはそれを3連戦に加えて今の2対1の状況まで作り出した」
「私は、ジンさんが望むように動いただけですよ。ラジムさんの件だって、最終的に選んだのはジンさんです」
「そもそも、おまえが持ち込まなければ済んだ話だろう。いまやっている【ヌェダ】だって、1対1でも支障は無かった筈だ」
意外と鋭いですね。いえ、決して馬鹿にしている訳ではないんですが。
統計的に、情報屋というのは情報収集能力に秀でてる程、分析能力が欠如している。
自分の能力に自信を持ってるからこそ、手に入れた情報を過信してそれから発展させる別の情報を手に入れる事を知らないんです。
確かにシロさんの言うとおり、問題は無かったですね。ジンさんにとっては。
相手が1人増える事と、それによって後に得られるメリットを天秤に掛けた場合、リスクに見合うかどうかと問われれば正直微妙です。
ですが私的には少し困るんですよ。
「私はジンさんの勝利を信じてます。貴女はどうなんですか?」
「願うのと信じるのは違ェぞ」
「仰る通りです。その上で、私はジンさんの勝利を信じてますよ」
ユナさんとシアさんのペアに対する勝利を、ですがね。
ジンさんの実力は、あの人が中々教えてくれない為にイマイチ把握できませんが、少なくともラジムさん相手に圧倒しながら勝利を収められる事は分かっています。
ならば、ユナさんとシアさん相手に勝利を掴むのは、決して非現実的な事ではありません。
しかし、アゼトナさんを相手となると唸らざる得ない。
ゾルバから【雷帝】と呼ばれ畏怖されているその実力は、相性などもありますが上から数えた方が圧倒的に早い。
おそらくユナさんとシアさんを同時に相手取っても勝利を収められるでしょう。
本来私のシナリオでは、アゼトナさんとぶつかるのはもっと先の事でした。
私がジンさんの力を測り終え、アゼトナさんを相手にほぼ確実に勝利を収められる方程式が出来上がってからの筈だったんです。
ですがユナさんがジンさんの正体に気付いてしまった。
気付いて【ヌェダ】を使ってしまった。
ジンさんもそれを知らない事として無視してくれれば良いものを、受理して尚且つ転用までしてしまった。
この時点で私のシナリオは大きく狂っている。
その事に文句はありません。他でもないジンさんが選んだシナリオなのですから、文句など生まれる筈がありません。
だからせめて、そのシナリオで最大限の成果が得られるように私は動きます。
アゼトナさんを相手に、連戦状態で勝てるとは思いません。
しかし、仮にラジムさんとシアさんの2人と戦う事が無かったとしても、勝率は大差が無いでしょう。
ですが私が動く事で、ジンさんはアゼトナさんと戦う前にユナさんとシアさんのペアと、あわよくばラジムさんとも戦う。
首尾よくいけば、ジンさんはウフクスス家の師団長とアルフォリア宗家の者2人に勝ったという事実が手に入る。
そしてそうなる可能性はかなり高い。現に既にジンさんはラジムさんに勝っている。
その事実は、ジンさんにとって非常に役に立つ筈です。
勿論、私にとっても。
その結果さえ得られれば、アゼトナさんを相手に負けても構いません。
勿論死なれては困りますが、その心配は余りしてません。
アゼトナさんが情けを掛けるという意味ではありません。あの人は冷酷で非情な方です。そんな情など持ち合わせていないでしょう。
しかし、ジンさんにはあれが――大罪王の1柱である【暴食王】さんがいる。
ベルゼブブさんはジンさんを死なせないと約束してくれました。ジンさんに死なれれば困るのは、自分も一緒だと。
伝説に謳われ単身で国を滅ぼすと言われている大罪王が付いているんです。ジンさんは勝敗はとにかく、絶対に死にません。
それでも、もし仮に死んでしまったら、私はベルゼブブさんを絶対に許さない。
言われたとおり細やかながら対価まで支払ったんです。約束を果たせずにジンさんを死なせたら、私はどんな手を使ってでもベルゼブブさんを追い詰め息の根を止めて見せる。
ともあれ、今のところは当初のシナリオを大幅に修正した事を除けば概ね順調です。
このままいけば、事が済んだ時ジンさんは間違いなく消耗しているでしょう。
そしてその時は……
「まあ、落ち着いて信じましょう。ジンさんは絶対に死にません。見ていれば分かりますから」
にやけそうになる口を、グラスを充てる事で隠します。
これからの事を考えると、ウキウキしてきて仕方ありませんね。堪りません。
「おまえは――」
シロさんは尚も私に何かを言おうとしますが、その前にベルの音がして来客を知らせて来ます。
「よぉし、よしよし、ようやく当たりだ。やぁっと見付けたぜ、やっぱ焦ると碌な事が無い。
あのまま王都に留まって見付け出せずに右往左往してるよりも、一端王都を出て外から繋がってるところを探したのは正解だったな。まさに急いては事を仕損じる、だな」
誰でしょうか、余り頭のよろしくなさそうなこの男の人は。
見たところティステアの方ではなさそうですが、歩いて近付いて来る度に、何の為に付けているのか分からない剣に括られた鈴がチリンチリンとうるさいですね。
あとどうでも良いですが、発言から察するに正しくは急いては事を仕損じるではなく、急がば回れだと思います。
「……おまえ、カインか!」
「ハハッ、やっぱさすがに顔を見れば思い出すか……って、このやり取りも何度目だろうな?」
カイン――って、まさか【レギオン】のカイン・イェンバーですか。
現在ウフクスス家に連なる者を暗殺した容疑で、本家の方々に血眼で探されている筈でしたが、どうしてここに。
「おまえ、ここに何の用で来た!?」
「そうカッカするな、落ち着けよ。焦っても良い事は何も無い、急いては事を仕損じるぞって、毎度のように言ってるよな?」
相変わらず鈴がうるさいですね。
気のせいか、足を運ぶ間隔関係なしに規則的に鳴ってる気がします。
……と、私の右に2個隣のカウンターの席に乱雑に腰を掛けます。品がありませんね。
私には見向きもしません。興味無しと言ったところですか。こっちも変に睨まれたくはないので好都合ですが。
「とりあえず何か適当に酒を頼む。見たところ【死神】のクソガキも居ねぇみたいだし、のんびり待たせてもらう」
唐突ですが、1つ今のでハッキリしました。
この人は私の敵です。




