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ヌェダ②



 5大公爵家は、その特異な成り立ちと性質故に多数の構成人数を誇る。

 基本的に1人しか継げない他家の爵位とは違い、当主になれない者に対しても各家の役割が割り振られる為に外に出て行く事が極めて少なく、基本的に世代を重ねていくほどに名を連ねる者が増えていくからだ。

 しかし、人数が多ければ必然的に意見の相違や対立というものも生まれて来る。

 それは意思ある人間ならば仕方のない事であり、そして5大公爵家であっても例外ではない。

 そこで生み出されたのが【ヌェダ】と呼ばれるシステムだ。


 5大公爵家内でのみ通じるこのシステムは、簡単に言えば自分の意見を押し通す為の決闘を行うシステムだ。

 専用のカードに時間と場所、そして日にちを書き込み、それを相手に送る。その際に差出人の名前を書く必要はない。

 受け取った相手はそれに書かれた日時に従って指定された場所に赴き、それを送った者を全力で叩き潰す。

 その場には立会いを行う者も居らず、ただその場に居るのは【ヌェダ】の招待状を送った者と受け取った者のみ。

 そして送った側が勝てば自分の主張を押し通す事ができ、反対に受け取った側が勝てば自分の主張を維持する事ができる。

 例を出せば、ウフクスス家では師団長を決める為に使われており、師団員が師団長に対して招待状を送り、師団長がそれを受理して戦い勝つ事ができればめでたくそいつが新しい師団長となる。

 そして【ヌェダ】の最大の特徴は、それによって死者が出てもウフクスス家含む5大公爵家は一切関与しないという点だ。

 【ヌェダ】を申し込みそれご受理された時から、もうその問題は当人同士のみのものとされる。

 それによって命を落とそうが、それは申し込んだ側が受理した側の問題であって、それによって他の者が騒ぎ立てるのは勿論恨みを持つのも言語道断とされるのだ。


 そして送られた側は受理を拒否する事もできるが、そうなるとそいつは決闘から逃げた恥知らずの臆病者と指差される事になる。

 具体的なペナルティなど皆無だが、5大公爵家に名を連ねながら挑戦から逃げるとは何事だと言う訳だ。

 そんな事を気にしない者にとってはそうでもないが、誇りなどを大事にする者にとっては強制的に近い。

 一方で送る側にはペナルティがある。

 迂闊に【ヌェダ】を乱用できないよう、発行する場合は申請者の事を逐次記録し厳正に審査した上で発行される。

 そしてもし送った側が敗北すれば、ウフクスス家はその記録を元に送った者を捉えてペナルティを与える。

 その内容は送られた相手によって変化し、軽い奉仕作業に従事するなどの軽い者から命で贖うという重いものまで千差万別だ。

 このペナルティがあるからこそ、年に数えられる程しか【ヌェダ】を用いた決闘は行われない。


「ふぅ……」


 担いでいた剣を突き刺し、一息つく。


 ちなみに師団員による師団長に対する挑戦のペナルティは、かなり軽いものに入る。

 だからこそミネアの言う提案とやらも承認されたのだろうし、何よりそこを厳しくされるとウフクスス家としては優秀な人材上に中々上がって来ないからだ。

 ただ、おれが失敗する事は無かった。

 後で怪しまれないようにミネアが適当なシナリオを用意するのだろうが、ともかくおれが負ける事は無かった。


「痛ぇな、クソ。アバラは簡単に折れるから仕方ないとして……指も両方共完全に折れてやがるな。そもそも堅過ぎんだよ」


 両手の中指が折れて腫れているし、呼吸する度に脇がズキズキと痛む。そこに喰らったのは1発だけとは言え硬化した拳の1撃はかなり強烈だった。


『オレ的には満足だがナ。しかも今日は更に喰えるんだロ?』

「良いからさっさと喰い終われ」

『少しぐらいゆっくりと楽しませろヨ』

「時間が惜しい。下準備だってする必要があるんだよ」


 ラジムという名の、ウフクスス家第7師団長に就いていた男だったものには、おれの使う剣が突き刺さっている。

 人間の体から魔力が霧散するには、死んでからそれなりの時間を要する。そうなる前に残存魔力を取り込んでいるのだ。

 もっとも、そんな事を知らない奴が見れば、おれのやっている事は死者に追い打ちを掛ける事に他ならないだろう。


「……【無拳】はを使ってようやく成功、眼を使わなければ良いところが3割か」


 痛む手を振りながら確認する。


「これがエルンストだと、眼を持たずにどんな相手でも確実に成功させるんだよな。つくづく遠い」


 それだけでなく、そもそも【無拳】自体がエルンストが考案し1から作り上げた技だ。

 先駆者の居るおれが教わってから5年以上経っているのに未だに3割の成功率なのに対して、エルンストは先駆者無しに発想から実現まで2年ほどで漕ぎ着けている。

 その差は、ただ魔力探知能力の練度だけじゃないだろう。


「だが、一応は実戦でも使える」


 シロもミネアも、おれのやろうとしている事は無謀だと言っていた。ベスタは……内心では同じように思っているのだろう。

 だがおれも、いくら何でも何の勝算も無しにやろうとは思わない。

 例えどんな奴が相手でも、そいつが魔力持ちである限り、絶対に勝算は存在する。

 そいつが保有する魔力が多ければ多いほど、おれには基本的に優位に働く。


「後は、タイミングだな」


 その技の性質上、効果を発揮させるには全部を完璧に決める必要がある。

 そしてその為には、ある程度の隙が必要になる。

 その隙を如何にして作り出すかが、1番の課題になるだろう。


「……シロさんから終わったと聞かされて来ましたが、まさか本当に終わっているとは。始まって5分経って無いですよ?」


 扉が側に出現し、中からミネアが何とも言えない表情で出て来る。


「上手く誤魔化すから、全力でやっていいと言ったのはお前だろう」

「まあ、そうなんですけど。勝つ事は信じてましたが、こんなに早くケリを付けるのはさすがに予想外です」

「向こうが油断していたのもあるからな。最初から全力で来ていればもう少し時間が掛かっていた」


 それでも負ける事は無かっただろうが。

 けしてラジムが弱かったという訳ではない。むしろその防御力は戦場で遭遇したならば、圧倒的脅威となっていただろう。

 ただ、戦闘スタイルが接近・近接中心であり、尚且つその能力に依存していたのがおれと相性的に悪かった。

 結果、決着に5分も掛からなかった。


「どの道勝てるって断言するんですね。貴方が強いのか、それともラジムさんが所詮は分家の繰り上がりだったのか。おそらくは両方なんでしょうけど」

「お前、そこのラジムって奴に何か恨みでもあるのか?」

「特にありませんね。ただ、生理的に受け付けないんですよね。暑苦しい見た目の上に寡黙気取りのコミュ障って」

「口悪いなお前」


 こいつの口からそこまでの毒が吐かれるのは始めて聞いた。


「それはスルーしておいてください。少なくとも貴方に対して毒を吐くつもりは毛頭ありませんし。

 ともかく、私はもう少ししたら父にそれとなく偽り交えて報告しておきます。今すぐはさすがに怪しまれるでしょうし。

 ただ、確実に誤魔化せる事を約束いたしますので、その点はご安心を」

「世話になるな」


 これは本心だ。

 【ヌェダ】の事もそうだが、気兼ねなくやれるというのはとても良い。


「べ、別に貴方の事を想ってやった訳ではないんですから、勘違いしないでくださいね!」

「そこはおれの事を思ってやったって言えよ」

「えっ、それってつまり――」

「奴隷なら当たり前の事って意味だろうが」

「ですよねー」


 はぁ、とこれを見よがしに溜め息を吐いて見せる。少しムカつく。


「何か文句でもあるのか?」

「特にありませんよ。しかし、あれにはこれが効果的と書かれていたのですが、やはり駄目でしたね。書物に書かれている事が正しい事ばかりではないという好例ですね、これは」

「流行ってんのか、それ?」

「そんな訳が無いじゃないですか。こんなのが流行った日には人間関係が拗れ過ぎてその国は滅びますね」


 さすがにそこまでは言わないが、人間関係が拗れるという点には同意できる。

 少なくともおれならそんな面倒極まりない喋り方をする奴が居たら苛立って殴ってる自信がある。


「ところでジンさん、見たところ怪我をしているみたいですがどうするんですか? この後に2試合も控えてますが」

「このままでも問題ないと言えば問題ないが……可能なら治した方が良いだろうな」

「治せる宛てがあるんですか?」

「……一応あるな」

「あっ、もしかしてゾルバ関係ですか?」

「おれとゾルバはそんな関係じゃねえよ」


 仮に要請しても、ティステアでどうにかしろと蹴られるだけだろう。


「なら、どこで治療するんですか? 失礼ですが、無能者である貴方に治療を施すような酔狂な場所はティステアには無いかと」

「酔狂かどうかは知らんが、場所というよりも人だな」

「貴方に治療を施す人が居ると?」

「実際にやってくれるかどうかは分からんがな。駄目元で一応訪ねてみる」


 昨日の日中に言われた事を思い出す。


「誰ですか、それ?」

「アルトニアスだ。アルトニアス=レデ・セリトリド」

「セリトリド……?」


 頭に指を当てる。


「もしかして、オーヴィレヌ家の分家の方ですか? 元神殿騎士見習いの」

「知ってるのか?」

「当たり前じゃないですか。貴方と同じ学級に籍を置いていて、尚且つあのオーヴィレヌ家所属です。貴方に危険を及ぼす可能性のある人物について調べ上げるのは当然の事じゃないですか」


 何が当然なのかおれにはまるで理解できないし、理解したくもない。


「しかし、アルトニアスさんですか……はぁ、なるほど。女の方ですねえ、それもオーヴィレヌ家の。よりにもよってオーヴィレヌ家の女の方が貴方に治療を施すんですか。よりにもよって貴方を消すか検討しているオーヴィレヌ家の女の方に治療を頼むんですか」

「文句でもあるのか?」

「……いえ、ありませんよ。ですが、どういう経緯でそんな発想に思い至ったんですか?」

「いや、そもそもおれを消すかどうか検討しているっていうのを話してくれたのがそいつなんだよ。その時ついでに、怪我をしたら手当てぐらいはしてやるって言われてな」

「……それ、リップサービスじゃありません?」

「だから駄目元って言っただろう」


 この手でも殴れるし、剣も握れる。

 薬を使えば痛覚も消える為そこまでの支障はない。


「……仕方ありませんね、私も一緒に行きます。私からそれとなく口添えすれば、断られる事もないでしょう」

「それは助かるが、それだったらウフクスス家お抱えの治癒士とかは居ないのか?」

「そりゃ居ますけど、頼むのはやめた方が良いです。貴方を治療して、どんな怪我をしていたかというのは間違いなく父の耳に入ります。それでも良いんですか?」

「……いや、少し困るな」


 怪我の仕方を見れば、殴って指が折れたという事ぐらいは分かるだろう。

 それでどうという訳でもないが、用心するなら伏せておいた方が良い。


「でしょう。なら、アルトニアスさんのところに一緒に行きましょう」

「助かる」

「そうでしょう。もっと感謝して崇めてください」

「いい加減禁則事項に会話を加えるか」

「すいませんごめんなさい本当にそれだけは勘弁してくださいただ書かれている事を実践してみただけなんです」

「もうそれ読むな」

「それがご命令とあらばそうします……それに内容は全部暗記してますしね。しかし、ツンデレ系も高飛車系も駄目ですか。従順系も駄目みたいですし、何が良いんでしょうね」

「おい、後半全部聞こえてんぞ」


 ついでに言えば、いつお前が従順だった。


「まあ、ここら辺りでおふざけのお話はやめましょうか。これ以上続けると本当に貴方も怒りそうですし。

 そろそろ講義もインターバルに入ってる頃です。その隙に会いに行きましょうか」

「ふざけてたのは主にお前だろうが」


 とは言え、その意見自体に反対は無いので、突き刺していた剣を引き抜く。


『オイ、まだ終わってねえゾ』

「わざわざ疲れる会話までして時間を潰していたのに、ちんたらと喰ってるお前が悪い」


 頭の中に響いてくる文句を全て黙殺し、収納する。

 そしてミネアの後を追って、出現していた扉を潜る。


 因みに結論から言えば、治療を受ける事はできた。ミネアの捏造された口添えもあったが、反応から察するにそれが無くても治療は受けられた可能性は高そうだった。

 ただ、物凄い顔をされた。

 曰く「確かに言ったけどその翌日に早速押し掛けられるとは思わなかった」との事。

 ついでに「講義をサボったからこうなったんでしょうが」という小言も喰らった。

 正論だったので反論するのはやめておいたが。











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