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アキリア⑥




「フランネル、ここは退け」

「お、お前、は……?」

「あん? テメェ、こいつが撤退すると聞いて、はいそうですかと大人しく見送ってくれると思ってるのかよ?」

「そういう、意味じゃ、ない……」

「カッ、息も絶え絶えのくせに他人の心配なんざしてんじゃねえよ。さっさと退け」


 動ける程度には回復したのか、再び【液体化】を発動させて、急速に遠ざかっていく。

 これで1対1になったね。


「言っといて何だが、マジで見向きもしないのか? 良いのかよ、大人しく見逃してよ?」

「別に構わないよ。だって、どっちかは戻る必要があるでしょ? 君たちの母体集団にこの事を伝える為にさ」


 でなければ、私の命を狙ってきた相手を見逃す訳が無いでしょ。


「オレは逃がさねえってか?」

「そういうつもりで言ったんだけど、そうは聞こえなかったかな?」

「いや……」


 両手を握って、腰を落として構える。

 待ちの姿勢はやめるみたいだね。1人じゃ持久戦に持ち込む意味はないし、当然の判断だと思う。


「たぁくよ、最終的には賛成したオレが言って良い台詞じゃねえけど、やっぱり闇に紛れての暗殺が本分の奴に決闘の真似事をさせるのはどうかと思ったぜ」

「確かにね。君たちは私がもう1人の存在に気付いた時点で、速やかに退くべきだったと思うよ」


 フランネルって名前の彼――【見えずのフランネル】って呼ばれていたっけ。

 雨の日になり、もしくは湿地帯なりで闇夜に紛れてその通り名の通りに姿を現さず暗殺に従事していれば、単身で1個大隊――下手をすれば1個連隊は壊滅させられる。

 それをわざわざ姿を現して、私に自分の種まで悟られながらも尚戦いを挑んできたのは無謀としか言いようが無い。


「……あれ、もしかして、私って既に嵌められてる?」


 冷静に考えれば【レギオン】ほど名の知れた傭兵団に属している人が、そんな無謀な事を無策でしてくるかな?


「さて、どうでしょう?」

「あっ、嵌められてるねこれ」


 まいったね。どういうつもりかはさっぱり分からないけど。

 ただ、どういうつもりにしろ、ここで1人死ぬのは計算外の可能性が高い。

 だから逃がすつもりは無いよ。

 すぐに終わらせる。


 周囲にあった魔力仕掛けの街灯の光が消えて、静かな雨の降る闇の世界になる。

 そこに水音を立てながら地面を蹴って、右の鉤突き。


「……ッ!?」


 一瞬驚愕した表情を浮かべるけど、この鉤突きにはしっかりと対応。

 ただ次の左の腹部へのブローこそ受け止められたけど、さらに次の3段構えの蹴りには対応できずに頭部にもろに喰らう。


「ガッ!?」


 脳を揺らされて視界が安定していないのに、止まらずに手を伸ばして捕獲して来ようとする気概は凄いと思う。

 だけど君と力比べをしても今は勝てそうに無いから、身を引いて回避して、後ろ回し蹴りを顎に打ち込む。

 我ながら結構綺麗に決まって、顎が外れる。


「ガッ、グッ、アガッ――!」


 強制的に嵌めるけど、舌を切ったのか唇の端から血混じりの唾液が垂れている。

 あれってかなり痛いよね。


「何だ、ってんだ。能力が――【超感覚】が発動しねえ!?」

「無駄だよ」


 戸惑いの声――怒声に近いものを上げる彼に教える。


「ちょっとの間、魔力を用いた一切の行為ができないように願ったから・・・・・。能力や魔法は勿論、魔力の循環による身体強化も不可能だよ」

「……【願望成就】」

「うん、そうだよ。さすがに殺す相手の事ぐらいは調べてるみたいだね。

 今の私じゃそこまで広い範囲は不可能だから、精々範囲はこの区画程度かな。それに私だけを除外なんて都合の良い事もできなかったし。でも、返って都合が良いね」


 手刀による貫き手、からの手刀打ち。そこに前蹴りを挟んで、大きく振り被っての殴り掛かり。

 わざと回避させたその隙に、本命の三日月蹴り。


「ぐあ……ッ!」


 ちょっと外れちゃったね。肝臓から少し外れている。

 それに手痛い反撃も喰らった。相打ち覚悟の拳を、それもただ打ち込まれるだけじゃなくて、打ち込んだ際に親指で指圧するかのようにアバラを圧迫して折られた。

 あんな殴り方があったんだね。かなり痛い。

 さすがは歴戦の傭兵かな。


「カハッ……ハァ、ハァ……穿て【針葉真珠の銀輪】!」


 私が痛みに怯んでいる隙に後退して距離を取った相手が、左手首に付けている真珠の嵌った銀輪に触れて言う。

 多分その魔道具を発動するための呪言なんだろうけど、駄目だね。


「ゴメン、説明不足だったね。

 私が願った内容は、正確には周囲一帯の魔力の動きを固定するようにっていうもの。

 だから循環もできないし、循環を前提に発動させる魔法は勿論、能力も使用できない。そして魔力と術式を閉じ込めた魔道具も同様。

 ほら、だから周囲の街灯も消えてるでしょ?」

「……どうしてだ」

「何が?」

「どうして、最初からこれをやらなかった。そうすりゃフランネル相手に、あそこまで手を拱く事は無かっただろう」


 ああ、そういう事ね。


「確かにそうだろうね。でも、それだと君たちは最初から魔力魔法能力無しの戦法で攻めて来てたでしょ?

 今は唐突な事態に混乱していた面もあったから、不意を打つ形でそれなりに君にダメージを負わせる事ができたけど、もう立ち直っている。

 これが2人相手で、しかも唐突にじゃなくて頭からだったらこうもダメージを与える事はおろか、逆に私が袋にされてたと思うよ。それに――」


 1つ目の理由も大きいけど、こっちが本命。


「君も言ったとおり、経験は大事だからね。折角腕の立つ経験豊富な傭兵を相手にするんだし、是非とも参考にすると同時に経験を積みたいっていうのもあるよ。徒手空拳による体術を主体にした戦い方をね。

 私は能力一辺倒だとか、魔力によるゴリ押ししかできないとか思われたくないし、それしかできないような人にはなりたくないからね。私にできる事があるならできる限り全部積み上げて、糧にしなくちゃ。

 それがなきゃ、君の【還元】の能力だって最初にありったけの魔力を込めた魔法でゴリ押ししてるよ。

 わざわざあのフランネルって人を見逃したのも、君と1対1で立ち会う事で効率的に技術を吸収させてもらうっていう意図もあるよ」


 私には少しでも多くの力が必要だからね。

 それも【願望成就】に頼らない、魔道具にも頼らない、純然たる私自身の力が。

 知識だって同様。わざわざ1回ドロップまでして学園に留まっているのも、少しでも多くの知識を吸収して糧にする必要があるから。


「このガキが……」

「あっ、やる気になってくれたんだね」

「ハッ、どうせ逃げられそうにねえし、この状態を解除されれば勝ち目もねえ。だったら最期の最期まであがくぜ。テメェが解除する前に仕留められるって可能性に賭けて、存分に戦ってやらぁ!」

「それはそれは――」


 嬉しいな、とっても。


 最初に動いて来たのは向こう。相手から動いたのはこの戦いが始まって初めてだね。

 顔を目掛けて振り下ろされる拳を側面から円を描いて包むように逸らして、絡め取りながら投げ技に移行する。

 だけどその前に腕を捻って関節を外して拘束から脱出。そのまま身を撓らせて、左のミドルキック。好機。

 間合いを詰めながら膝を脇に抱えるように受け止めて、脇腹に左手を押し込み、さっきやられたように今度はこっちが親指を捻じ込んでみる。


「ガァ――!?」


 これで向こうは私の肋骨を折ったけど、相手は痛みを感じているみたいだけど上手くいかない。

 そこに5指を鉤爪に見立てた掌打――虎爪を掬い上げるように放たれ、とっさに身を捻ったけど人差し指と中指が頬を掠めて、2本の切り傷を刻まれる。

 これ、事が終わったら絶対に治療しなくちゃね。万が一彼女に見られたら、間違いなく騒ぎ立てる。


 半歩下がって、側頭部を狙った左のハイキック。

 間に腕を入れられて受け止められるけど、戻す際に肩に踵を引っ掛ける事に成功。そこを起点に体を持ち上げて右足による蹴りを入れようとするけど、その前に相手が私の右の腿を手で押さえる。

 それほど力は篭っていない、ただ置かれているだけの手なのに、その手が邪魔で体が持ち上がらない。そんな防ぎ方があったんだね。

 授業料は肝臓へのブロー。間に腕を入れようにも間に合わない。凄く痛い。

 ちょっと高すぎな気がする。


「けほっ……」


 痛みのあまり咳き込んだところに、容赦なく貫き手。

 蹲り掛けた体を慌てて逸らすけど、気道を指先で突かれて咳すら一瞬止まる。間髪入れないその容赦の無さには感心するよ。

 続く手刀を鉄槌打ちで逸らすけど、今度はその腕を逆に掴まれて投げられる。

 地面に叩き付けられる前に手を付いて衝撃を殺しつつ、逆立ちした全身の体重を支えつつの回転蹴りを放つ。


「随分と柔らけえなオイ」


 意表を付くの1番の目的の技だけど、相手はしっかりと対応。

 受け止めて、私が身を跳ね上げて立ったところにパンチング。それは受け止められたけど、それは牽制だったようで直後に本命の拳をガードの上から叩き込まれる。

 そこから流れるような連撃を喰らい、防戦一方に追い込まれる。

 一応反撃もできてるけど、大体相手が5撃打つ間に1撃ぐらいの割合。


「……うん、大体分かった」


 上段拳を両手で受けたところに、腹部に蹴り。

 それを喰らった瞬間に後方に跳んで威力を殺しつつ、距離を取る。

 そして両手を拍手のように打ち鳴らして、願いを解除。


「体術はまた1から鍛え直しだね」


 まずは筋力をもっと付ける必要があるかな。

 いくら性別的に不利があるって言っても、この分だとちょっと貧弱すぎるね。普段如何に魔力による身体強化に頼っているかが浮き彫りになったよ。


「【神速】」


 速力強化の魔法を自分に掛けて、同時に全身に魔力を循環。

 腕を引いて、脱力からの緊張による突貫。心臓目掛けて手刀の貫き手を放つ。


「ガッ……!?」


 狙い通り胴体を貫通。ただ途中で骨に引っ掛けちゃったみたいで、嵌めていた手袋の先端が破けてる。

 書庫の本に無闇に傷を付けない為にと嵌めておいたものだけど、嵌めたままで良かったみたいだね。


「速過ぎ、だろう、が……」

「基本的に魔力が多いのは優位に働くからね。例え基礎身体能力が低くっても、魔力が莫大なら相手を上回れちゃうんだよね」

「ケッ、その上、さらに技術や、基礎能力を向上、させるだ……? 一体、そんなに強くなって、何をする、つもりだよ……?」

「そこまで話す義理は無いかな」


 腕を抜く。当然だけど腕は血塗れで、血を落とすには降ってる雨じゃ量と勢いが足りないね。


「【炎々螺】」


 うつ伏せに倒れた、もう息をしていない死体に火の魔法を放って、念の為に燃やしておく。

 杞憂だとは思うけど、彼の能力は【還元】。他にどんな能力を持っているか分からないもんね。

 一応、灰になるまで手を合わせておく。襲われた側だけど、勉強させてもらったしね。


「さてと、一応本家には報告しなくちゃね……」











 チリンと、音が鳴る。

 チリンチリンと、音が響く。

 規則的に響くその澄んだ高い音はしかし、降りしきる雨に飲まれて殆ど響き渡らない。


 その降りしきる雨の中を男が歩く。

 黒髪にくすんだ橙に近い瞳を持ち、腰には長剣を1振り提げて傘も刺さずに歩く。

 腰の長剣の柄の先端には小さな鈴が紐で括られており、男が歩く度に、チリン、チリンという音を規則的に鳴り響かせる。


 やがて男は立ち止まり、適当な建物の屋根の下に入る。

 男の手にはいつの間にか金貨と銀貨、そして銅貨が各2枚ずつ握られており、鈴の音の代わりにそれらをこすり合わせる音を響かせる。


 そうして雨宿りしながら待つ事しばし、地面を覆う水の上を滑るように無数の細かな粒が集まって来る。

 それは1箇所に集まり、その大きさを粒から点に、点から丸にと増していき、やがて独りでに持ち上がる。

 持ち上がったそれは次に人の形をとっていき、そして色が付いていく。

 そうやって数分掛けて姿を現したのは【レギオン】所属の傭兵、ミズキアだった。


「お前って、灰になった上に雨で流されて散りじりになっても復活できたんだな」

「いや、自分でもビックリだわ。まあ相当消費したけどよ」


 男の立つ建物の屋根の下にミズキアも入り込み、雨宿りをする。


「フランネルは?」

「体の中がちょっとグチャグチャになっていたから治療中だ」

「それはちょっとと言えるのか?」

「お前よりはマシだろう」

「ああ、それな。つうか、普通心臓貫かれた相手を追い打ちに燃やすとか、どんな神経してんだよ!」


 ダンッ、と地面を踏みつける。


「あれで本来1人分で澄んだところを、2人分も消費するしよ!」

「それだけ用心深いって事だろう」

「いや、それ自体は良いんだよ。だけど何で頭を潰すとかにしてくれなかったかね。灰が雨に流されたおかげで、集まるまでに7000人分も消費したわ! 途中マジで終わるんじゃねえかって思ったっての!」

「それは……悲惨だな」

「オブラートに包まなくて良いぜ?」

「無様だな」

「そっち!? 罵倒の方!?」


 ミズキア――またの名を【死なずのミズキア】と言い、彼の固有能力である【還元】は範囲内のあらゆるものを己のものに還元する。

 それは例え、他人の命であってもだ。


「ほんと、終わらなくて良かったぜ。能力借りっ放しで死んだら借りパクになるじゃん。そしたらあいつ、地獄の果てまで追って来そうじゃん……」

「それは……否定できないな、さすがに」

「そこは嘘でも良いから否定してやれよ、さすがに。オレたちの団長だろうが」

「否定してくれの間違いじゃないのか?」

「……まあ、そっちの方が正しいな。で、そっちの首尾はどうだった?」

「芳しく無いな。場所を変えたのか、それとも引き払ったのか、元あった場所には無かったな」


 答える男の脳裏には、信用を重んじる情報屋の店が思い浮かんでいた。


「場合によっては、王都の外から向かうしか無いかもしれん」

「マジかよ。入るのも一苦労だったろ」

「仕方ないだろう。少なくとも場所の変更などは事前には聞いてなかったんだからな。そんな事よりも、そっちはどうなんだ?」

「どうって、フランネルに大体聞いたろ?」

「ああ、聞いたな。戦闘中だと言うのに随分とご高説を垂れてたみたいだな」


 嫌味っぽく言う男に、ミズキアが気まずそうに目を逸らす。


「い、いや、それはほら……持久戦狙いで基本待ちの体勢だったから、手持ち無沙汰になるだろ? それでつい……」

「つい喋り過ぎて、余計な事まで喋ったか?」

「い、いや、それはない」

「身内の情報ペラペラと喋ったりとか、助言らしきものをしたりとか」

「し、してねえって!」


 男がミズキアの反応に溜め息を吐く。


「お前の悪い癖だな。不死身のせいで、危機感が他の奴らと比べて薄い」

「不死身は関係なくね?」

「言われたく無かったらその癖を直せ。それで、俺が聞きたいのはその後だ。どうなったんだ?」

「あの後は、まあご覧の通りだ。あれ無理。オレとフランネルでも無理。まあお前なら相性的にいけると思うけどよ」

「さて、ざっと聞いた話から推測するに5割といったところだが、まあ今は放置で良いだろう」

「はぁ!? テメェ人に死にそうな目に遭わせておいてそれかよ!」

「落ち着け、今はと言っただろう。今やるのは性急過ぎるという意味だ。急いては事を仕損じるぞ」


 男が柄頭に手を置くと、チリンと1回だけ音が鳴る。


「それよりも先に、店の在り処を探すぞ。でもって【死神】のガキに一応面通ししとかないとな」

「面倒だな」

「実際に顔を合わせるのは俺だけだ。お前らまで顔を晒して無用な情報を与える必要はない」

「そっちじゃねえよ、それくらいはさすがに分かる。そっちじゃなくて、店を探すのがだ」

「慎重にゆっくりやれば良い。焦ったところで――」

「急いては事を仕損じるだけだって事だろ? もうそれぐらい分かるわ」


 溜め息を吐くミズキアを、男は鼻で笑う。


 男の名前は、カイン・イェンバー。

 またの名を【天秤のカイン】と言った。











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