アキリア⑤
「この【超感覚】は借り物で、本来の持ち主と比べると随分と効果が落ちている。所謂劣化版と言ったところだな。
死んだ奴から奪うならオレの努力次第ではあるが、大概の能力はある程度頑張れば元の持ち主と同じくらいのレベルまで使いこなす事ができる。何せ、そこまでの事が可能だっていう明確なビジョンがあるからだ。
ところがこの【超感覚】は、いくらそのビジョンを元に努力を積んでも、さっぱり練度が上がらん。持ち主がまだ生きている所為なのかどうかは分からんがな」
掌底からの手刀打ち、回避される。
続く足刀蹴りからの鉄槌打ち、受け止めいなされる。
右手から現れたフランネルに向けて左手での掌底、失敗する。
「この【超感覚】は本来の持ち主が使うと、そもそも何もできねえ。させてもらえねえ。
おれが使うと挙動の起こりを見てからじゃないと動けんが、あいつの場合は視覚だけに限らず、聴覚あるいは嗅覚だけで挙動の前兆を察して挙動の起こりが発生する前に制圧する。あの【死神エルンスト】に最も近い傭兵とまで言われてるのは伊達じゃねえ。
それと比べればオレの劣化版なんざ駄作も良い所だ。だが、テメェに対してはその劣化版で充分みたいだな」
水の張った地面に向けての【雷撃】は余裕を持って還元される。その還元した隙を突いて攻めるが、躱される事はなかったが、それでもいなされ、あるいは受け止められる。
そこに小剣で斬りつけられ、回避が間に合わずに左手に傷を負う。間髪入れずの掌底はまた失敗。
「【炎獄牢】!」
火の魔法は炎が生み出された側から還元される。
「火の魔法はトロい。地も大概だが、術式が組まれてから発動するのが1番遅いのが火だ。その分火力は折り紙つきだが、オレからすればわざわざ還元してくださいと言ってるようなもんだ。
そもそも、1番早い雷を還元できるオレに火が通用する訳がねえだろうがよ」
また地面からの襲撃。今度はさっきよりも大分強く力を込めた掌底を腹部に当てる。
水が爆ぜて、ちょうど上半身と下半身を構成していた水に分かれて、勢い余った上半身を構成していた水が私の頭上を飛び越えて地面に落下する。左の肩口に熱。
「痛いね」
左の肩口から肩甲骨の辺りに掛けて、斜めに走る切り傷。
液体だから、分断されてもすぐに合流すれば問題ないからこそできる芸当。
「【圧着】」
傷口はこれで塞がるけど、失った血を作るだけの時間はくれそうにない。消耗狙いなんだから、当然といえば当然だね。
極力傷を受けない為にも、掌底は失敗した際に相手が四散するように打ち込まないと。
「【無空】」
ミズキアの周辺を真空状態にして、自分は肺にたっぷりと空気を溜めて接近する。
突然呼吸ができなくなって混乱しているところに攻撃を畳み掛ける――その目論見は初撃の鉤突きを受け止められた事で失敗する。
真空空間から逃れようとする相手を、そうはさせまいと攻撃を畳み掛けて追い討ちを掛けるも全て回避される。
さらに追撃を掛けようとするけど、その前に地面から何度目かの襲撃があった為に中断して回避し、掌底を打ち込みまた失敗。
結局戦果を上げられずに真空を解除する。
「悪くないが、甘いな。こっちは何度も戦争を経験し、戦場を渡り歩いている。
戦場じゃ何でもありだ。それこそ今の真空空間や、毒ガスの類だって相手は遠慮なしにバンバン使ってくる。
それらを事前に察知するのは殆ど不可能だ。だからこそ、如何にそれに気付いた時に被害を最小限に抑えられるか、如何に迅速に察知し対応できるかが求められる。
テメェが無酸素空間にオレを叩き込んだのは良かったが、こっちは最初の半呼吸でそれに気付いたし、初めての事じゃないから焦る事無くすぐに呼吸を止めた。後は優々と範囲外に逃れるだけだ」
深呼吸をして、無酸素状態にあった為に荒くなろうとする呼吸を無理やり押さえつけて、呼吸の感覚を乱さず淡々と当たり前のように話しかけてくる。
「経験だ。テメェら戦争を知らない甘っちょろい世代とは違って、オレらは戦争を、戦場を知っている。
ポテンシャルじゃ断然圧倒的にテメェの方が上だ。現状のスペックも個々で見れば圧倒的に上だ。それは認めるぜ。正確な現状把握は戦場じゃ大切な事だからな。
だが積み上げてきた経験値が違う。経験はポテンシャルの差も、スペックの差も覆す。勿論ある程度の下地は必要だがな、その程度の下地はオレにもフランネルにもある。
テメェらがいくら鍛錬を積もうが、ぬるま湯に浸かって命のやり取りによる落命の危険も経験した事が無い以上、オレとフランネルの2人掛かりなら十分に勝ち目はあるんだよ」
中々耳に痛くて、そして一理あると思える演説だね。
と、静聴しているところに足元を狙ったナイフによる刺突。跳躍して滞空しているところに、本命の小剣による斬り払い。
その小剣に掌底を当てて散らして、即座に反対の手で本体に掌底。
また失敗する。しかも小剣を散らす時に手のひらを少し切っちゃった。
「こんな事になるなら、もっと前から練習しておくんだったね」
本で聞き齧った程度の知識だったからか、中々上手くいかない。
「おいおい、さっきもそうだが、話聞いてたか? 練習したからってどうなる訳じゃねえんだよ。意味が無いとは言わないが、実際の経験とは何倍、何十倍、下手すれば何百倍もの差があるんだよ」
「それについては同意――!?」
話の最中でもお構いなし。戦場では何でもありだったっけ。
まあ魔力の動きで分かってたから、回避する事自体には問題ない。
半歩横にズレて、ちょうど脇腹の辺りに掌底を放つ。
「……おっと?」
今のはちょっと手応えが違った――言い換えれば惜しかった気がする。
「…………」
「どうした、フランネル?」
どうやら相手も何か違いを感じ取ったみたいで、相方の隣で実体化して、私に打たれた部位に手を当てて眉間に皺を寄せている。
「……いや、何でもない」
「そうか」
向こうは警戒心を強めたみたいだね。さすがと言うべきかな、些細な違和感を気のせいだって一蹴しないのは。
でも、私はもう攻め込まない。このまま待たせてもらう。
さっきので何となくだけど感覚は掴めた。次は成功する自信がある。
「ねえ、1つ訂正させてもらうよ」
液体化して地面に張った水と同化して、私の周りをグルグルと回る。
今度は警戒している為か、中々攻めて来ない。だからあえて会話して、少しでも攻めやすくしてあげる。
「君の言う通り、経験は大事だよ。その点に関しては全面的に同意できる。
でもね、確かに私は戦争は知らない。経験したことも無ければ、見たことも無い。だけど――」
来た。狙いは背後、私の視覚から心臓か頭部を本命に狙ってくる。
狙いは心臓。それを身を捻りながら回避して、掌底を放つ。
当てる瞬間に少しだけ引いて、衝撃を全身に浸透させるように。
「ガハッ!?」
「フランネル!」
今度は成功。堪らず実体化した相手が、打ち込まれた腹部を抑えて激しく咳き込む。それだけに留まらず、口周りを覆っていた布を取っ払って激しく嘔吐する。
やっておいて何だけど、そこまで力は込めてないのに、かなり凶悪な威力だね。
名前は打ち水だったか水打ちだったか、どっちかは忘れたけど、まあ良いか。
魔法じゃないんだし、わざわざ放つ際に技名を言う必要もないしね。
「殺し合いは経験してるよ。落命の危険もね」
貴族社会っていうのは、むしろ殺し合いも日常の風景の1つだ。
暗殺者を仕向けられるのは勿論、毒や偶然の事故を装った殺害だっていつ起こっても不思議じゃない。
そして何より、魔族に何度か襲撃された事があったからね。あれが糧としての経験の中では1番大きかったかな。
ともあれ、まずは1人。順番は間違えちゃ駄目だね。
最初に撃破するべきなのは、こっちの【液体化】の能力者の方だった。
感想にてアキリアが【ゾルバ式戦闘術】を身につけていることに違和感があると指摘を受けたので、この場で説明させて頂きます。
確かに主体で使われているのはその名前の通りゾルバのみですが、作中にもあるように成立してから30年の時が経っている為に戦争の際に使われた経験のあるティステアではそれほど活発にではありませんが一部で研究が行われています。
そしてアキリアはその研究した内容を独自に学んで擬似的に会得しているという事になります。
描写不足で申し訳ありません。