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アキリア④




「ハァ……」


 パタンと本を閉じて、元あった場所にもどす。

 これで何冊目かは忘れたけど、もう2桁は行っている筈。でも手掛かりはさっぱり掴めない。

 わざわざ学園長に頼んでエミティエスト家所有の書庫を解放してもらったのに、調べものは遅々として進まない。


「何だったんだろう、あれ……」


 首の裏筋を撫でる。

 昨日はそこに、炙るような不快感があったと思ったら突然それが灼熱のマグマを垂らされたかのような熱に変じて、かと思えばそれは訪れた時と同じように唐突に収まった。

 同時に、たまたま講義で訪れていた場所の付近にある森の方で変なものが現れるのと同じタイミングで。


 明らかに危険な存在だって分かったから思わず倒しちゃったけど、後であれとユナちゃんが戦っていたって聞いた時はさすがに肝を冷やした。

 ユナちゃん曰く、あのまま戦っていたら死んでいたって言ってたし。事実、首には頸動脈を切断された傷があった。

 間に合って良かったと、心底思ってる。


 だけど、あれが何なのかは結局分からず終いだった。

 おそらく1番近くに居た筈のユナちゃんは、昨日からずっと何かを考えているみたいで話し掛けても返事が曖昧だった。

 まるで私の感じた熱に同期していたかのような現れ方だったから、何か気になる点があったらできれば教えて欲しかったけど、かなり深刻そうな表情をしていたから無理に聞き出そうとするのは気が引けた。


 ただ、1つだけ気になる事があった。

 あの熱を感じた時、まるで【願望成就】の能力がその熱に呼応しているような感じがした。

 上手く言えない不思議な感じだったけど、あの感じた熱が気のせいじゃなく、そして【願望成就】の能力が関係しているというのは何となく分かった。

 だから何か分かればと、昔神国に存在したと言われている【願望成就】の持ち主について調べているけど、さっぱり当時の記録が残っていない。

 かなり昔の事だから残っていないのも不自然ではない。だけど、もし意図的に破棄されていたのだとすれば面倒だ。

 そうならば徹底的に破棄されているだろうから、手掛かりを掴むのは絶望的になる。


 かと言って、願うのも駄目だ。

 色々と試してみたけど、何故か発動しない。

 それも成就させるのが不可能だからという訳ではなく、どちらかと言えば拒否されているかのような、そんな不発の仕方だった。


「……あっ、もうこんな時間か」


 あと10分弱でこの書庫は閉じられる。早目に出ないと。


「雨……」


 後片付けをして外に出ると、小粒の雨が降っていた。

 降り始めて結構時間が経っているのか、石畳みの上まで水が張っている。


 どうしようか。

 願って雨を止めても良いんだけど、ここのところ日照り続きだったし、放って置いた方が良いかもしれない。

 あまり空気が乾燥し過ぎると火事の危険もあるしね。


「アキリア嬢」


 声を掛けられて振り向くと、黒い傘を手に持ったメネキアさんが立っていた。


「これを使いなされ」

「……ありがとうございます」


 断ろうとも思ったけど、ここは素直に厚意に甘える事にする。

 この人のは下心無しの、純粋な好意によるものだって分かるから。


 受け取った傘は、私の体をスッポリと覆えそうなくらい大きかった。これ、常備している物じゃなくて多分メネキアさんの私物だと思う。

 きちんと後日返さなきゃだね。

 その為にも、この傘は壊さないようにしないと。


「誰?」


 傘を畳んで、側に立て掛ける。

 途端にそれまで傘が遮っていた冷たい水滴が体を叩く。まだこの時期はさすがに肌寒い。


「アキリア=ラル・アルフォリアだな?」

「そうだけど、できれば君も名乗って欲しいな」


 立ち塞がる男の人が私の名前を確信を持って聞いて来る。

 体の随所に様々なアクセサリーを施していて、それら全てに魔力が宿っているのが分かる。全部が魔道具だった。

 細く、そして鋭利な殺気を向けて来ている。暗殺者かな。ここのところは滅多に来てなかったけど、何と無く分かる。

 今までのとはちょっと格が違う。


「オレはミズキアだ。【レギオン】に所属している」

「【レギオン】って、傭兵団の?」

「知ってんのか?」

「ちょっと事情通の人なら、誰でも知ってると思うよ」


 傭兵の主な活動地は魔界と隣接していて、年中国同士で戦争を繰り広げている西側が主だけど、それでも【レギオン】の名前は有名。

 だって過去にゾルバ側に雇われて、ティステアに相当な痛手を与えているから。


「そうか? その割には【死神】の奴を知らねえみてえだが?」

「【死神エルンスト】の事かな? それなら中枢の人たちが必死に隠しているから、知らなくても仕方ないと思うけど」

「そっちじゃねえよ。まあ、どうでも良いか」


 向けられて来る殺気が大きくなる。しかもそれだけじゃなくて、変質する。

 殺気っていうのは、相手の実力を測るのには重要な要素だ。単純に大きいだけじゃなくて、より研ぎ澄まされている殺気を出せるのは相当な手練れの証でもある。

 だけど、相手にまやかしの感覚まで抱かせられるのはそれよりも更に格が上。

 単純なのだと相手に冷気や凍らされるような感覚を感じさせるものがあるけど、中にはそれ以外の変則的な感覚を覚えさせるものだってある。

 そういった殺気を発せられるという事が一概にどうとは言えないけど、それでも並の相手よりも遥かに厄介で、一筋縄ではいかないのは共通している。


 そして目の前の人の向けて来る殺気は、雨の中に身を晒しているのにも関わらず、乾燥しているような錯覚を抱かされていた。


「マズイねぇ。潜んでるもう1人も、君と同じくらいの力を持ってると仮定すると、ちょっとしんどいかな?」

「……気付いてたのかよ」

「そりゃあ、ね。魔力でバレバレだよ。もう少し隠蔽は上手くやるべきだと思うよ」

「……チッ、なぁにが【見えずのフランネル】だよ。改名しろよテメェ」


 背後の水が集まって、持ち上がっていく。

 まるでそこに粘体生命体スライムがいるかのように蠢く水は、やがて人の形を取り始める。

 現れたのは、口と鼻周りを布で覆った細身の男の人。


「自分で名乗っている訳ではない」

「当たり前だ。自分でンな恥ずかしい名前を名乗ってンなら、オレはテメェと縁を切ってる」


 フランネルと呼ばれた人が、ミズキアと名乗った人から視線を私へと移す。


「これでも、それなりに魔力の隠蔽には自負がある。今回は彼女が規格外だったと認識した方が良いぞ」

「ビビってんのか?」

「用心しているだけだ。元より莫大な報酬に疑問を抱いていたが、その疑問がいま氷解した」


 フランネルという人が、足元から徐々に溶けて行く。

 身に付けている衣類や、持っている小剣も一緒に。

 その現象はおそらく能力が関係している。そしてその能力に心当たりがあった。


「【液体化】?」

「……知ってたか」


 下半身が溶けても、口さえ残ってれば喋れるんだね。ちょっと見てて怖い。


「昔、オーヴィレヌ家に同じ能力持ちが居たって記録を読んだ事があってね」


 オーヴィレヌ家史上最も多くの暗殺任務を達成して来たと言われるその人が持っていた能力がそれだと記されていた。

 そしてその対処法も。

 完全に液体化しても、居場所は視覚に頼らずに魔力を感じ取ればすぐに分かる。

 そこを含む周辺の水ごと蒸発させてしまうか、もしくは感電させてしまえば良い。


「【伽藍浄獄炎】!」


 最初に遭遇した時から術式は既に編んでいた。

 後はそれを液体化直後の油断しているところに放つだけ。


「……あれ?」


 その私が放った筈の業火は、地面に張った水に触れるか触れないかの当たりで急速に勢いを弱めて消える。

 その間に液体化した相手が近寄り、私の背後で顕現して小剣を突き出してくる。

 そこに腕を振るって裏拳をぶつけるけど、返って来るのは水を叩いた感触。

 バシャリと派手な音を立てて相手は液体化して、地面の水の中に落下して紛れ込む。


「教えてやる。オレも能力者で、能力は【還元】だ。範囲内のあらゆるものをオレのものとして還元できる」


 炎が不自然な収まり方をした際に感じ取った魔力の発生源を――ミズキアの方を見る。


「何でわざわざ能力を教えるか分かるか?」

「……その方がかっこいいから?」

「それもあるな」


 あるんだ。


「だがな、1番の理由は分かったところでどうしようも無いからだ」

「そうでもないよ」


 だったら君から倒せば問題ない。


 距離を詰めて、踏み込みから下手からの拳を放つ。

 間髪入れずに軌道を変化させて振り下ろしの裏拳へ。そこに右足のミドルキックを繰り出す――と見せかけて直前で軌道をローに変化させると見せかけて、ハイに変更。

 前の拳の2連撃は全て回避されたけど、それは想定範囲内の事。

 【ゾルバ式戦闘術】に組み込まれている3段構えの変化蹴りを、前の2連撃を回避して僅かに体勢を崩したところに叩き込む。

 2回変化する事に並の相手では反応もできない。そして仮にできても、その僅かに崩した体勢の差が私に味方する。


 普段なら。


「おいおい、人の話は聞くもんだぞ。無駄だって言ったろ?」


 蹴りにはしっかり対応して来た。

 それも、2回目の変化の切り替えの瞬間を狙って受け止められた。


「今までオレに接近・近接戦闘を挑んで来なかった奴がいないと思ったのか?」


 背後に再び現れた相手に回し蹴り。液体化して回避される。

 その勢いを殺さずに軸足交換からの蹴り。回避される。

 続く拳の連撃。受け止められたところの顎への蹴りも同じように回避される。


「速いし鋭い。けどな、全部見えている」


 距離を取る。

 今までの彼の躱し方はどこか不自然だった。

 ただ彼の言葉の通り動きが見えているというよりは、まるで先を読んでいるなのような。


「オレの能力は、範囲内のあらゆるものをオレのものとして還元する。固有能力もな」

「未来視……?」

「そんな不確かなものしか見えねえチンケな代物じゃねえよ」


 彼は神殿に聖女認定されてる子に謝った方が良いね。


「【超感覚】。視覚や嗅覚、聴覚や触覚といった感覚から手に入れた情報を脳内で高速で処理できる。

 結果、テメェの動きはオレの眼には随分とスローに見えたぜ。まあそれでも速いんだが、オレなら充分に挙動の起こりを視認して対処できる」


 足元から剣が突き出されて来る。

 頭部を狙ったそれを回避して着地した瞬間、足に熱を感じる。

 どこかに持っていたのか、半分以上液状化したナイフが私の左の足首を浅く斬っていた。


「つっても、あんまり自分から攻撃をし掛けたところで打ち勝てる自信はねえ。こっちはあくまで待ちに徹させてもらう。元より持久戦狙いだ、先にバテるのを待たせてもらうぜ」











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