エルンスト②
エルンストはスパルタだった。
「ナイフは基本的に刺す物だ。斬る事もできなくはねえが、圧倒的にリーチと重さが足りない。ナイフで致命傷を与えたかったら、突いて刺すのが1番だ」
おれにナイフを握らせ、必死に繰り出す攻撃を容易く捌き、隙あらば逆に容赦無く殴ったりナイフで刺したりして来た。
「痛いか? 安心しろ、命の危険のない部位しか刺してねえ。すぐに手当てすれば死ぬ事はない」
その手当ても、エルンスト自身が施してくれたのは最初の頃だけで、処置の仕方を教わった後は全部自分でやらなければならなかった。
「ナイフを投げる時は回転させるな。それじゃあどれだけ速く投げようが、当たった時の殺傷力はタカがしれてる。無回転で、一直線に、切っ先が当たって突き刺さるように投げろ」
手に豆ができて潰れるまで、ひたすら投げナイフの練習をさせられた事があった。
投げた際に回転が掛かったら、回転が掛からずとも的を外したら、エルンストは容赦無しにおれに向けてナイフを投げて来た。
「眼を閉じるな。殴られても蹴られても、ぶん投げられても眼だけは閉じるな。そうすりゃそのうち見えるようになる」
組み手と称して一方的にボコボコにされる事はしょっちゅうだった。
エルンストの方が圧倒的に強い為、反撃する事などおれには到底できず、受け身ばかりが上手くなっていった。
「ダラダラ走ってんじゃねえぞ。スピードを上げろ、休んだりすんな、ぶっ倒れるまで走り続けろ、ぶっ倒れても走り続けろ」
走り込みも、当時のおれの年齢を考えればあり得ない程の距離を毎日走らされた。
体力が無いと何もできない、エルンストはそう言っていた。
「おら、誰が休んで良いと言った。さっさとやれ、あと50回追加だ」
「もう、無理、だって……」
「無理とか言えてるうちは無理なんかじゃねえんだよ。死ぬまでやれ、死んでもやれ。もし途中で倒れてみろ、ブッ殺してやる」
逆立ちしたまま腕立て伏せをする事を、毎日強要された。
もし指定回数をこなす前に倒れれば、回数を増やされた上で顔面を蹴り飛ばされた。
「日没までに頂上まで登り切るんだな。日中は安全だが、夜になれば魔獣共の天国だ。喰われて死ぬぞ」
おれと同じくらいの重さの荷物を背負わせ、見知らぬ山中に放置された事があった。
結局日中には頂上まで辿り着く事はできず、それどころか何日も掛かってようやく頂上まで登り切った。
当時はよく魔獣に襲われなかったなと、自分の幸運に珍しく感謝したものだったが、後々によく考えてみればそんな都合の良い話がある筈もなく、影でおれに気付かれないようにエルンストが守ってくれていた事に気付いた。
エルンストがおれに施したのは、肉体的鍛錬だけではなかった。
エルンストは自身が持つ豊富な知識を、惜しみなくおれに与えてくれた。
その知識量と造詣の深さは、曲がりなりにも元貴族として生と教育を受けた筈のおれですら感心する程で、一体どこでそんな知識を手に入れたのか非常に気になった。
「魔法が使えないから魔法を学ばないんじゃねえ。魔法が使えないからこそ、魔法を学ぶんだよ」
1度、無能者なのにも関わらず魔法を勉強させられた事に対して、愚痴を零した事があった。
その時はキツイ鉄拳を喰らった上で、そう言われた。
「テメェは自分が知らない物に、それが危険な物なのかもしれないのにホイホイ近付くのか? 俺たち無能者が少数派である以上、魔法とは否が応でも付き合っていく必要があるんだよ。だからこそ、俺たち無能者は能力者や無能力者以上に魔法に精通する必要がある」
結論は極論ではあったが、納得のできる言葉だった。
それからは、それまで身の入らなかった勉学も真剣に学び始めた。
元々は体が痛めつけられ過ぎて休息を欲している時の隙間を埋める為のものであり、大した時間は取れなかったが、それでも本人のやる気というものは短い時間に対して驚く程の密度を齎した。
勿論、肉体的鍛錬の方も欠かす事はなかった。むしろ、そちらの方がメインだった。
時たま組み手やナイフ捌きの訓練もあったが、基本的には基礎体力作りをメインとしたメニューが中心で、おれの身体は年齢に見合わない筋力と体力を付けていった。
エルンストが施す教育は、どれも並大抵の苦しみではなく、何度も血反吐を吐いて悲鳴を上げた。だが、不思議と嫌では無かった。
どれほど苦しくとも、そこには申し訳程度とはいえ愛情めいたものが存在していたからだ。
いや、愛情という程大した物でも無かった。
どちらかと言えば、友情と言った方が近かった。
どちらにせよ、それが分かったからこそおれは頑張れた。
そうして、エルンストに拾われてからの最初の3年は過ぎていった。