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災厄の寵児③




「神は人間を創り出したってのが、神話の常套句だ。偽りに塗れているがな」


 おれが差し出した七色に輝く宝石を指に挟んで満足気に光に当てて眺める【強欲王マモン】が話し始める。


「実際はまったくの逆で、人間が神を、そして神族を生み出した」

「神やその眷属は『人工生命体ホムンクルス』だって事か?」

「安易な発想だな」


 鼻で笑われイラッと来るが、変に話を蒸し返して会話を放棄されても困るのでとりあえず我慢する。


「遠い昔の事だ。まだオレたち魔族という存在もあいつら神族という存在も無かった遥か昔に、最初の【願望成就】の固有能力を持った人間が誕生した。

 そいつが神の存在の有無を知っていたかは知らねえが、ともかく願った訳だな。神とその眷属が人類を導いてくれるようにってな。そうして誕生したのが神族だ」

「神族だけ? 魔族はどうしたんだ?」

「順番に話してやるから黙って聞いてろ。

 ともかく、そうやって生み出された神とその眷属は、その【願望成就】の持ち主の願い通りに人類を導くように動き出す訳だ。要するに、より多くの人類が幸福と感じられるようにな。

 ところがそれで上手くいかないのがこの世の不思議なところだ。

 世の中ってのは均衡を好む法則ってのに満ちている。光がある場所には必ず影があるってのは、その典型的な例だな。

 それと同じように奴ら神族が誕生した事により、その対となる存在が発生する。それがオレたち魔族という存在のルーツだ。

 そして対となる存在同士、当然の如く対立が起こる。オレたち魔族と奴ら神族の憎み合いってのは、それこそが存在理由であると言っても過言じゃねえ」


 ベッドの上に寝転んでいたマモンが体を起こす。

 視線は相変わらず宝石に向けられたままだったが、指を鳴らしてどこからか天秤を引き寄せる。


「そうして魔族と神族の睨み合いの関係ができあがった訳だが、それさえ除けば、人類は【願望成就】の最初の持ち主の願い通りに動いた神族の働きにより、概ね幸福を謳歌する事ができた」


 マモンが天秤の片方の皿に金貨を積み上げて行き、必然的に天秤は金貨を積み上げられた皿の方だけに傾く。


「しかしそれを良しとしないのが、さっきも言った世界の法則とやらだ。

 神族の働きによって人類の大多数は幸福を謳歌するようになった。言い換えれば、幸福の絶対値が不幸を圧倒的に上回るようになったという事だ。

 だがそれじゃあ均衡が取れない。そこで世界は、増えた幸福の絶対値と同じだけの災禍をばら撒く事にした。そうする事によって絶対値こそ増えたものの、結局は均衡状態に落ち着く事になった」


 反対側の天秤に、もう片方に載せたのと同じだけの量の金貨を積み上げる。

 すると傾いていた天秤は元に戻り、拮抗し合う状態になった。


「それで今度困ったのは神族の方だ。折角動いたのにこれじゃあ意味が無いってな。

 そこでどうすれば良いか考えた。考えて考えて、1つの解決策を思い付いた」


 積み上げたばかりの金貨を全て取り除き、代わりに拳大程の大きさの宝石を載せる。

 重さはもう片方の皿の上の金貨とちょうど同じだったようで、天秤はきっちりと釣り合っていた。


「神族たちが望むのはより大多数の幸福。その為なら、少数ぐらいはそうならなくても仕方ないと考えた。

 世界の法則ってのは要は均衡状態に落ち着かせられれば良いのであって、その内約までは関係がない。

 ならば弄れば良い。量の幸福に対して質の災禍を充てる事で均衡状態にすれば良い。具体的には本来大多数がその身に受ける筈だった微々たる災禍を、ごく少数――1人だけに押し付けて圧倒的災禍に変じてしまえば良い。

 その災禍の内容次第では周りに被害が及ぶかもしれないが、それにしたって大陸全体に及ぶのと比べれば誤差のようなもの。文字通り多数の為に少数を切り捨てた訳だ。これぞ人間の大好きな上っ面の平等って奴だな」


 そこで笑う。実に面白おかしいと言わんばかりに。

 ひとしきり笑い満足したのか、天秤に載せていた宝石を手に取りおれに向けて放って来たので受け止める。


「そうして誕生したシステムが、貴様みたいな存在――所謂【災厄の寵児】という訳だ」










 店を訪れて最初に気付いたのは、鼻をつく血の臭いだった。

 次に視界に入って来たのは、カウンターでナイフやフォークを布で拭っているシロの姿だった。


「よう。主従そろって仲良くご来店か」

「何があった?」


 適当な椅子に担いでいたミネアを降ろしながら尋ねる。


「こないだうちに来たイゼルフォン家の連中が居たろ? そのうちの2人がさっきここに来てな、一方的に襲い掛かって来たから返り討ちにしてやったところだ」

「死体は?」

「片方は速攻でベスタにどっかに落とされた。落とした先は溶岩の上だって言ってたから、灰も残っちゃいねェだろうな。

 もう片方はアタシが殺って、その死体はどっかの海の藻屑になったな」


 そう言うシロの持つナプキンは、心なしか赤い汚れが付着しているように見えた。


「……凶器はそのナイフとフォークか?」

「ああ。最初にナイフで喉を突いて、眼球をフォークで貫いて脳を掻き回してやったな。それがどうかしたか?」

「いや……」


 ただ、こいつの店で飯を食う事だけはやめようと思っただけだ。


「で、そっちは何かあったのか?」

「お前のところと似たようなもんだ」


 さっきの出来事を掻い摘んで説明する。


「なるほどな。こっちは能力者じゃ無かった見たいだが、もしそいつがこっちに来てたらヤバかったかもな」

「とりあえず、その2人に関しましてもそれとなく父に話しておきます。貴女の方に追求が及ぶ事は無いかと」

「おっ、ありがたいね」


 向こうから襲い掛かって来たのならば変に咎められる事も無いだろうが、追求ぐらいはされる。

 それすらも無いのならば、シロからすれば助かる話だろう。


「ああ、そうだ。本当は今度話そうかと思ってたが、いま来たんならちょうど良い。ついでに話しておく。

 以前王都に不穏分子が侵入したって話したろ?」

「ああ。そいつら【レギオン】だったらしいな」

「何だ、もう知ってたか」

「さっきそいつから聞いた」

「そうかい。ま、知ってるなら話が早い。そいつらな、つい昨日にお前の従姉妹に襲撃し掛けたらしいぞ」


 その言葉を咀嚼し意味を理解するのに要したのは、およそ2秒。

 従姉妹――アキリアとシアの2人が居るが、わざわざそいつらが狙い尚且つシロが報告して来るとすれば、襲撃されたのはおそらくアキリアの方だろう。


「……は?」


 ようやく絞り出せた言葉がそれだった。

 言葉の意味自体を理解できても、何でそんな事になっているのかまるで訳が分からなかった。











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