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蟲惑①




 カチャカチャと、硬質の物が触れ合う音が室内に響く。

 床の面積に反して高い天井を有するその室内では、大きく分けて2つの山ができていた。

 1つは、いくつもの椅子を積み上げてできた足場となる山。

 もう1つが、様々な物を絶妙なバランスで積み上げて形成されている山。


 前者の山の頂上には、斑色の髪を持っただらしない格好の青年がしゃがみ、担いでいる大きな袋の中から何かを取り出しては隣の山の頂点に置いている。

 後者の山はナイフや金具から食器やガラス玉など様々なもので形成されており、1つ1つを見てみるとガラクタとしか思えなかったが、離れて全体図を見てみると整然とした1種の美しさが感じられる。


「なんかさぁ、違うよねぇ……」


 袋の中身がなくなったのか、積み上げるのを止めた青年がポツリと呟く。


「どうしようかなぁ。自分で考えてあれだけど、かなり微妙だよねぇ。うーん、杞憂じゃなければ良いんだけど……」


 頬杖をついて何やら思案するが、すぐに答えは出たようで、ガラクタの山の中に手を突っ込んで引き抜く。

 引き抜かれた手には、銀のベルが握られていた。

 それを揺らして音を鳴らして待つ事数秒後、ノックの後に肩に満杯の大きな袋を担いで部屋の中に入る者が1人。


「ねぇ、セリオ君。君は件の情報屋を最近訪れた事があったんだよね?」

「はっ、その通りですが……」

「なら、ちょうど良いや。ちょっとさぁ、そこに書かれている子を始末してきてよ」


 青年はガラクタの山から紙とペンを取り出し、何かを書き込んだ後にセリオと呼ばれた男へと落とす。


「……失礼ながらカルネイラ様、何故私にそのような事を?」

「君が1番適任だと思うんだよねぇ。店の行き方も知っていて、訪れた事もあって、尚且つ3人の中で唯一能力者じゃん」

「それだけ、ですか……?」

「そう、それだけ。別に失敗しても良いよ。まあ邪魔が入らない限りは失敗しないだろうけど、もし失敗したら大人しく撤退しなよ。本気でやるつもりだったらオーヴィレヌに頼むし。これは命令ね」

「……かしこまりました」


 肩に担いでいた袋をその場に置き、セリオが胸に手を当てて頭を下げて退がる。

 残されたカルネイラは何気ない動作で床まで一気に飛び降り、袋を担いでもう1度椅子の山の上に登る。


「うーん……死んじゃうかな、彼。死んでくれないかな、彼。その方が面白そうだよね。どう死ぬかにもよるけど。まあ普通に行けば死なずに殺してくるだろうね」


 袋を開けて中身を漁り、適当な物を手にとって積み上げていく。


「何が出てくるかな、何が出てくるかな、チャラランチャン♪」











 まだ講義中の時間帯に、おれは学園の屋上に立って講義をサボっていた。


 服を軽く肌蹴させて、心臓の辺りを見る。

 そこには縦に大きな縫合痕が走っており、その上からまだ真新しい赤い幾何学模様の刺青が刻まれている。

 隷紋とは対になる令紋と呼ばれる存在のその刺青は、対象となる奴隷の血と特殊なインクを混ぜたものを使って刻み込まれており、おれか対象となる奴隷が死ぬまで効力を発揮し続ける。

 これがある限り奴隷が焼き鏝などを使って勝手に隷紋を消しても本当の意味で自由になる事は叶わず、またその逆も然りである。

 通常は体に直接ではなく適当な物に刻むのが常だが、そうするとその刻み込んだ対象物が破損した場合効力を失ってしまうのと、何より隷紋を行使するのにイチイチ魔力が必要となってしまう為に無能者であるおれは体に直接刻み込むしかなかった。


 隷紋ならばともかく、令紋を刻まれるのは初めてのことだったが、やはり隷紋と同じく刻み込んだ直後はジクジクとした鈍痛が絶えず走っている。

 おそらく普段ならばその痛みが嫌な記憶を思い出してくれるのだろうが、少なくとも今はそれどころではないもっと大きな痛みがその下から襲い掛かって来ている為、然して気になりはしなかった。


「……で、心臓の不調の原因は判明したか?」

『大体ナ』


 頭の中で欠伸を噛み殺した面倒くさそうな声が響いて来る。


『まア、端的に言えば原因はオマエの妹の能力だナ』


 件の騒動から2日が経ち、薬の副作用による全身の痛みも倦怠感もとっくに取れた中、何故か心臓の痛みだけが持続しておれを苛んでいた。

 令紋の下の体内から発生する鋭い痛みはかなり強く、今もそこを押さえて蹲りたいほどだ。

 しかもそれだけならばまだしも、心臓そのものの調子がここ数日おかしかった。

 具体的には鼓動が不規則で、時には10秒以上もの間鼓動が停止する。

 さすがに命に直結するほどではないが、その際の痛みは通常時の何倍もあり、日常を送る上ではとても不便な思いをしている。それでなくとも戦闘の最中にそんな現象が起きたら洒落にならない。


「そんな事ぐらいは予測できる。そもそも不調が始まったのがあの日からなんだからな。おれが知りたいのは、具体的な原理だ」

『せっかちだナ、順に説明していくから落ち着けヨ。まず前提だガ、これは元々オマエの物じゃなくて移植したものダ』

「今さらだな。それで?」

『元が自分の物じゃない以上、時間を掛けて馴染ませる必要がある訳ダ。でもってオマエのハ、移植してから大分時間が経っているから殆ど馴染んでいタ。

 とは言え馴染んだと言ってもやはり他人の物である事に変わりはなイ。そこに来たのガ、あの能力による支配ダ。

 馴染むってのは言っちまえば自分の物ではない物を支配する事と同義ダ。ところが折角殆ど支配を完了していたところニ、別の方向から支配しようとする力が働いて来タ。結果支配しようとする力同士が相殺し合ッテ、一部が支配から開放されて反逆している訳ダ』

「なるほどね……」


 金属製のケースから煙草を取り出し、着火して肺を煙で満たす。

 肺を満たした煙がそのまま外に染み出し、肺のすぐ側にある心臓に触れて痛みを和らげるかのような気になる。勿論、錯覚でしかない。


「また馴染み直すまでこのままという事か……」

『そうなるナ。だが1度完全に馴染む寸前まで行っていたんダ。1度やった工程をもう1度やると1度目よりもスムーズに行くのと同じデ、同じ度合いまでは前回よりもスムーズに行くだろうヨ』

「それを聞いて安心したよ」


 さすがに同じ時間を掛ける必要があると言われれば、プランの練り直しをせざる得ない。


『ケケケ、安心するのはまだ早いかもしんねーゾ。もしかしたらその差ガ、後に大きく響いてくるかもしれねえんだからナ』

「そんな未来の仮定の話をしても仕方がない。おれは今を考えるので精一杯なんだよ」

『よく言うゼ』


 肌蹴させた服を元に着直し、地べたに腰を下ろす。

 そのまま煙草をふかしながら暇を潰していると、程なくして屋上に続く扉が開く。


「こんなところに居ましたか」

「呼びつけた覚えはないぞ」


 現れたのは学園の制服に身を包んだミネアだ。


「おや、随分と不機嫌なようでして。鬱憤でも溜まっているんですか? よろしければ発散させるのをお手伝いしますよ? どうぞ、私を好きに使ってください。遠慮なさる必要はありませんよ。私は貴方の物なんですから」


 そう言って下腹の辺りを撫でる。

 そこにはおれの令紋と対になる隷紋が刻まれている筈だった。


「一昨日申し上げました通り、私の全ては貴方のものです。貴方は都合の良いように私を利用してくださって良いんですよ。

 押し倒すのも良いし、殴り痛めつけるのも良い。私はその全てを喜んで受けさせて頂きます」

「……用件は何だ?」


 一昨日から――厳密には隷紋を刻んだ昨日からずっとこんな感じだった。さっさと本題に移らねば、同じような内容の事を延々と喋り続ける事をおれは昨日のうちに学習していた。


「貴方のご機嫌取りに」

「失せろ」

「命令ですか? それならば従いますが、差し出がましい事を1つだけ。いま私を送り返すのは貴方自身にとっても良い事ではありませんよ? 私は貴方にとって不利益な事はできない事はご存知でしょう?」


 当然だ。そういう風に設定したのだから。


「私の用件はさっき言った通り、ご機嫌取りです。そして同時に、一昨日の約束を果たす事でもあります」

「一昨日……?」

「条件を呑んでくだされば、良い物を差し上げると言ったでしょう? それを貴方に渡しに来ました。因みに良い物には2種類ありまして、どちらが良いですか?」

「……一昨日の時点でお前の頭の中にあった方だな」

「……つまらないです」


 途端に不満気な表情を浮かべる。

 いっそふざけた真似ができないように、全部の行動を禁則事項に追加してやろうかとも思う。だが隷属の魔法はその実かなり大雑把で、あんまり禁止の範囲を広げると不要な箇所にも影響が出る事がある。

 それを考えると、どうも踏ん切りがつかない。


「と、これ以上は本当に貴方を怒らせかねませんね。貴方にとって不愉快な事をするのは私にとっても本意ではありませんし、真面目にやりましょうか」


 そう言ってミネアが懐から何かを取り出す。

 それはかなりボロボロの本だった。革表紙の文庫本サイズの書物で、表面には掠れた、大陸の言語ではない文字が書かれていた。


「……ッ、それは!?」

「言ったでしょう、良い物だと」

「それをどこで手に入れた!?」

「落ち着いてください。先ほども言った通り、これは貴方に差し上げる為に持って来たんですから。

 これは実家の3年前の記録を元に私が能力を使って、もし大切な物を隠すとするならどこを隠し場所とするかを推測をし、実際に探して発見しました」


 書物の表紙に書かれた文字は大陸のものではないが、おれにとっては馴染みの深いものだった。

 それはエルンストが考案しおれに教え込んだ、おれとエルンストの間だけに通じる暗号化された文字。そしてその本の表紙に書かれた文字列が表すのは、エルンスト・シュキガルの名前。


「エルンストさんが死ぬ前に隠した、彼の手記です。どうぞ」











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