対面②
「……それだけか?」
「それだけって、何がだ?」
「いや、もっとこう……あるだろ」
「ねえよ」
何言ってんだこの情報屋は。
「ケッ、つまんねェな。もっと驚けよ」
「驚く理由がないだろうが」
言いたい事は何と無く分かるが、実際意外ではあったが驚きはしなかったのだから仕方が無い。
「それで、何があった?」
「ベスタが襲われた。外でな」
「誰にだ?」
「さあな。もしかしたら後で分かるかもしれねェが、顔を見た限りでは誰だかは分からなかった。ただ、多分貴族だと思う。それも精神干渉の類の能力者だ」
ベスタが座る席とは反対側の端の席に座り、金貨を1枚支払って注がれた酒を嗜みながら傾聴する。
「順を追って説明するとだな、おまえがさっきまで居た場所に打ち込んであった標が破壊されてな。それで詳しく調べようと直接足を運んだら看板がバラされてて、ついでにそこで襲われた。襲って来たのは、以前おまえに絡んで来た4人組だ」
「……ああ、あいつらか」
「そいつらだ。ただ、どうもそいつらは何らかの影響下にあったみたいで、様子がおかしかった。でもって交戦してる間にもう1人新手が出て来て、そいつがさっき言った貴族らしき奴って訳だ」
「つまり、罠だったって訳か。で、それがどうなってああなった?」
指差した先には、普段巻いている布を取っ払って黙々と本を読むベスタの姿。
「……ベスタの奴が普段巻いている布は、ゼンディルで造られた特殊な魔道具でな。精神が干渉を受けた際に持ち主の記憶からあらかじめ指定しておいた記憶を消去するっていう代物だ。ベスタが事前に指定しておいたのは、ここ最近の記憶と自分の能力の使い方についてだ。そうすれば、万が一支配を受けた際にすぐには敵に自分の能力を悪用される心配が無いからな。ただ、使い捨てで効果を発揮したら燃え尽きちまうのが難点なんだよな」
「それでああなったと」
魔道大国のゼンディルは、魔道具の開発と生産において大陸随一の能力を誇る大国だ。
分かりやすく言うならば、国民のおよそ半数がエミティエスト家の者のような変人で、魔道具の研究と開発に余念が無い。
そのゼンディルならば、今シロが言ってたような布があっても不思議ではないだろう。
そしてそれが効果を発揮したと言うのならば、精神的干渉を受けたという事だ。
「それでその貴族らしき奴が、精神に干渉する類の能力者だと推測してる訳か」
「具体的にどういう能力かまでは分かんねェがな。それに魔道具って可能性もある。ただ、おそらくは自我を奪って支配下に置くタイプだと思う」
確かに、最初に遭遇したという4人組の様子がおかしかったと言うのならば、真っ先に疑うのはその類だ。
だが、精神干渉系の能力で厄介なのは、違うプロセスを辿りながら同じような現象を引き起こす事ができる能力がいくつもあるという事だ。
そして辿るプロセスに応じて、対処法も違ってくる。
「……相手の目的が何にせよ、注意する必要があるな。ベスタは記憶が消去されたらしいが、そっちは問題ないのか?」
「問題ねェよ。現にさっき扉を潜ってここに来れただろ? ベスタが今やってるのは記憶の照合だ。あの本――つうか日記帳もゼンディルの産物で、事前に記録をしておく事で書いた奴の記憶のバックアップを取っておく事が可能なんだよ。で、読む事で忘れていた記憶を再度頭の中に入れる事ができる。ただし、絵日記限定だがな」
「……一体製作者にどんな意図があってそんな物を作ったんだ?」
「知る訳ねェだろ。ただ、作ったのはゼンディルの奴だからな」
「ああ、なるほど……」
つまり考えるだけ無駄だという事だ。
「で、次はこっちが聞く番だ。何があった?」
「計画自体は上手くいった。ただ、ユナと交戦した」
「……何やってんだおまえは?」
「言っとくが、仕掛けて来たのは向こうの方だ」
「当たり前だ。もしおまえから仕掛けたんだったら、さすがにフォローし切れねェよ。それで、結果は?」
「さてね、一応引き分けみたいな感じだったが、ユナの方は生死不明だ」
「どういう事だ?」
おれはシロに、さっき起きた出来事を掻い摘んで説明する。
「だから生死不明って事か」
「そうなる。ただ、多分生きてると思う」
あの魔造生命体が撃破されるまで、引っ切り無しに戦闘音は聞こえていた。
つまり撃破される直前まで戦っていた相手がいたという事だ。
仮に魔造生命体がおれが戦った時のベルと同程度だとしても、2分程度なら勝つ事は不可能でも生存は可能だろう。
「しっかし、予兆すら無しで引き寄せ始めるとはな。こりゃいよいよ、扉は必要に応じて出現させるだけに留めるか?」
「原因が判然とするまではそうした方が良いだろう。お前らまで巻き込まれたら目も当てられない」
と言っても、原因が判明するとは到底思えないが。
これがどんなものかは理解している。理解しているからこそ、原因など分かりっこないと漠然とだが理解しているのだ。
極端な話、あれすら原因も何もないまったくの偶然という可能性だってある。そうだとした場合、ありもしない原因を究明しようとするおれはただのマヌケだろう。
「ただ結果的には、想定していたよりも遥かに大事になったからな。それだけはラッキーだ」
「禍を転じて福と為すってか」
「別に利用した訳ではないが、結果的にはそうなるな。そう考えれば、ユナをあそこで仕留められなかったのは返って良かったのかもしれない。何かあった場合に、生きていた方が利用できるかもしれないからな」
何せ、アゼトナの唯一の子供だ。
その点だけでも、実行の可否を抜きにして数通りの利用手段が思いつく。
「まっ、何でもかんでも急げば良いってもんじゃねェって事だろ」
「それだ」
思い出してシロに尋ねる。
「知り合いに、急いては事を仕損じるっていう言葉が口癖の奴が居なかったか?」
「ん? ああ、居たな。確か……」
そこでシロが眉を顰める。
「待て、確かにそんな奴は居た。居たが、顔が思い出せねェ」
「おれもだよ。ついでに名前もな」
これは偶然か?
それとも、そいつが極端に影の薄い奴だったとか、そんな感じだったのか?
「……まあ良い」
少なくとも、おれの気のせいではないという事は分かった。
それに、今は余り関係がない。
「それよりも、予定よりも大事になったんだ。次のプランを練り直した方が良いかもしれない」
「ああ、それなんだがよ。その前にちょっと会って欲しい相手が居る」
「……誰だ?」
パッと思い付くのは、ゾルバ所属の奴だろうか?
「さっき襲撃して来た奴が後で分かるかもしれないって言っただろ? それと関係がある」
ついて来い、とカウンターの奥の扉を潜って行く。
言われた事に従って後を追うと、階段を登って2階の本来は宿泊用のスペースとして機能する筈だった空間まで移動する。
そこの一番奥の、異様なまでに厳重に戸締まりされた部屋の前で止まる。
扉には内側からは開けないように幾つもの魔法が施されており、仮にブチ破るとしたら、それこそ大型魔法をぶっ放すしかないというレベルだった。
「この奥に居る。向こうはおまえとの1対1での対面を望んでっから、アタシは同席できない」
「どっかで覗いてるのか?」
「いや、それもできない。信用に関わるからな」
つまり、奥に居るのはシロが信用に値すると、少なくとも信用するかどうかを検討する価値があると判断した相手が居るという事になる。
それにしたって、この厳重さは並では無かった。
「じゃ、アタシは下で待機してるぞ。扉に施された魔法はおまえが入ってから解除する」
「ああ」
ドアノブを捻って中に入る。
背後で閉まった扉から施された魔法が全て解除されたのを感じ取ってから、部屋の中の様子を探る。
部屋には今回の為に下ろしたのであろう、ベッドの上には真新しいシーツが敷かれ、その隣には小さなテーブルと2つの椅子が置かれていた。
その椅子の片方に、誰かが座っていた。
どういう訳だか室内には一切明かりがなく、相手の顔はよく見えなかった。
ただ、おおよその輪郭でベスタほどではないにしろ、小柄だという事は分かった。
「ようやく来てくれましたか。初めまして、ですね」
聞こえて来たのは女の声。そして座っていた人影が立ち上がるのが見え、1歩下がって間合いを取る。
「そんなに警戒しないでください……と言っても、さすがに無理がありますね。今から明かりを付けますので、眼が眩まないように気を付けてください。まあ要らない心配だとは思いますが」
天井に明かりが生じ、室内の様子がハッキリと分かる。
「さて、ようやくこの退屈な軟禁生活ともおさらばです。と言いましても、たかだか数時間程度でしたが」
部屋の中に居たのは、酷く場違いに感じられるドレスに身を包んだ少女だった。
後ろ髪の一部だけを伸ばし、他を全て切っているという特徴的なヘアスタイル。顔立ちは丁寧な口調に反して強気な目鼻をしており、それに丁寧な口調が合わされると不思議と小馬鹿にされているような印象を受けた。
「では、改めまして……初めまして、私の名前はミネア=ラル・ウフクススといいます。以後お見知り置きを。エルジン=ラル・アルフォリア様」
そいつはそう言い、ドレスの裾を摘まんで持ち上げて礼儀正しく頭を下げて来た。