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エルンスト①




 追放されてすぐに、人攫いに捕まり奴隷商に売り払われた。

 神国では奴隷やそれに連なる魔法を使用する事は立派な違法だが、一方で一定の需要がある為に裏の社会ではそういった商売が堂々とまかり通っていた。

 身包みを剥がされて襤褸切れを着せられ、首輪を付けられて不衛生な馬車の中に閉じ込められた状態で1月以上に渡って各地を放浪としていたある日の事、今度はその奴隷商が襲撃を受けた。


 襲撃を行ったのは、5大公爵家の1つであり、国内の法の番犬と呼ばれるウフクスス家の私設兵団の者たちだった。

 奴隷商側も雇われた護衛が必死に応戦し、両者共に死者を出しながらも激しい戦いが繰り広げられた。

 その被害は捕らわれていた奴隷たちにも及び、満足に動く事もできず、また護衛対象にも含まれて居なかった奴隷たちは次々と死んでいった。

 そんな間にも戦いは佳境へと入り、戦況は徐々に潤沢な資金力と高度な訓練を施された上に数でも勝る私設兵団たちに優位に傾いていった。

 そして決定的だったのが、依頼人クライアントであった奴隷商人が流れ弾に当たり死んだ事だった。

 元々が金によって雇われていた者たちで、依頼人が死ねば報酬が支払われる事も無い為、奴隷商人が死んだ瞬間に我先にと逃げ出し、背後から魔法で撃ち殺された。

 そうして戦いは、ウフクスス家の私設兵団の者たちの勝利で終わったかに思えた。


 何が起こったのかは、当時のおれでは理解できなかった。

 ただ結果として、私兵たちは皆殺しにされ、その積み上げられた死体の中心に男が1人だけ立っていた。


「テメェも災難だな。いや、1人だけ生き残れたんだから、幸運だったと言うべきか?」


 火の付いた煙草を口に咥え、右目の下にピアスを付けた黒髪のその男は、馬鹿でかい剣にべっとりと付着した血を振り払いながら言った。

 その言葉がおれに対して発せられたものだと気付いたのはその直後で、見てみれば捕らえられていた者の中で生き残っているのはおれだけだった。


「あんたは、何で依頼人が死んだのに戦ったの?」

「あん?」


 それを聞いた事に意味は無かった。ただ、話しかけられた以上は何かを話し返さなくてはならず、たまたま頭に思い浮かんだ問いがそれだったというだけの事だ。


「初対面の相手をあんた呼ばわりしてんじゃねえぞガキが。生意気なんだよ!」


 そして殴られた。顔面を思い切り殴られ、奥歯が折れて飛んでいった。

 物凄く理不尽だと思った。だが文句は言わなかった。

 そんな理不尽には、慣れきっていたからだ。


「何でかって? んなの決まってんだろ。やられっぱなしは性に合わねえし、ムカついたからだ。だから殺した」


 清々しいまでの答えだった。

 そう答えられる事が、そして実行できる強さを持っていることを、素直に羨ましいと思えた。


「それに、生き残りが俺だけだからな。いや、お前もいるが、お前は奴隷だし数には数えん。つまり、この場にある物は全部俺の物っつーこった。成功報酬が消えた事を差し引いても笑いが止まらねえ」


 そう言いながら、男は手際よく死体から金品を回収していった。

 そして粗方回収を終えた後に、おれが閉じ込められている馬車の鉄柵を斬り裂いた。


「今回のテメェは運が良かった。俺が護衛に雇われていて、尚且つ今の俺の機嫌はすこぶる良い。もう会うことは無いだろうが、その幸運を噛み締めながら生きるんだな」


 そしてその男は、おれを置いてどこかに行った。


 一方おれはと言うと、その場は逃げ出せたもののすぐに別の人攫いに捕まり売り払われ、今度は盗賊ギルドに買い取られてスリのノウハウを叩き込まれた後、その技術を駆使して生き延びていた。

 そんな生活がさらに1月ほど続いた頃に、再びウフクスス家の私兵たちによる一斉摘発が行われ、おれを買い取った盗賊ギルドはあえなく皆殺しにされた。おれは運が良いのか悪いのか、たまたま人通りの激しい大通りに仕事に行っていた為、その一斉摘発に巻き込まれることは無かった。


 その後も、おれは奴隷商に捕らわれては逃げ出すという事を繰り返した。

 ある時は摘発に巻き込まれて、またある時には外で魔物に襲われ、またある時は裏社会の者同士の抗争に巻き込まれて。

 1度は、とある街にて歴史上でも類を見ない雷雨に見舞われた為に河が氾濫を起こし、洪水によって街そのものが沈み全滅するという事態にも見舞われた。それでも幸運にも、おれは生き延びる事ができた。

 おれを捕らえた奴隷商や買い取った者たちはことごとく死に、いつもおれだけが生き残った。

 そして通算7回目の奴隷商に捕らわれ、どこかの見世物小屋に檻に入れられた状態で売り払われた時の事だ。

 おれは再びあの時の男に出会った。


「どこかで見た顔だな」


 その男は今度は護衛側ではなく、シマを荒らすおれを買い取った組織の対抗勢力に雇われて襲撃を仕掛けてきた。

 やはり何をしたのかが分からない程の速さで敵を皆殺しにし、たまたまおれと目が合い、話し掛けてきた。


「半年以上前に、奴隷商がウフクスス家の私設兵団に襲撃されて死んだ仕事を受けていた筈。その時に生き残った奴隷だよ」

「……ああ、思い出した。あの時の生意気な口を叩きやがったクソガキか。折角自由になれたのに、再び奴隷に身を堕とすとはな。幸運だと言ったのは撤回する必要がありそうだ」

「正確には、再びじゃなくて7回目だよ。奴隷に身を堕とすのは」

「…………」


 さすがの男も、この言葉には沈黙するしか無かったようだ。


「……一体どこに、半年の間に7回も奴隷と自由の身分を繰り返す奴が居るんだよ」

「ここに居るよ」

「テメェを除いてだ。この分だと、ここでテメェを解放したところで、またすぐに奴隷になりそうだな。いっそここで殺してやるのが慈悲か?」


 檻越しに剣を突き付けられる。


「好きにすれば」

「……死ぬのが怖くないのか?」

「さあ? ただ、自由になったところでどうやって生きれば良いのか分からないんだ。おれは無能者だから、生き方が分からない」


 この時のおれは、自分の生に対してかなり無頓着になっていた。

 意図せぬ形で無能者に落ちぶれ、公爵家嫡男という立場も失い、挙句何度も奴隷に身を堕とす。

 まるで世界がお前は生きるなと言っているような結果を前に、生きる気力というものが完全に欠如していた。


「……そうか。奇遇だな、俺も無能者なんだ」


 だから、この男ならば殺してくれると思って無能者である事を告げた。

 無能者は差別と迫害の対象だから、伝えれば殺してくれると思った。

 だが返答は、おれも予想してなかったものだった。


「お前、名前は?」

「……エルジン。今はそれしか名乗れない」

「そうか。俺はエルンスト・シュキガルだ。【死神エルンスト】とも呼ばれている。お前に――」


 エルンストと名乗った男が檻を斬り裂く。おれはもう1度自由の身になった。


「戦い方を教えてやる。拒否権はねえ。戦い方を身に付ければ、限られた範囲内だが生き方も見付かるだろうよ」


 俺と一緒に来いと、差し出された手をおれは取った。

 そしておれは、その日から名前を改めた。

 エルジン・シュキガル、それがおれの新しい名前だった。






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