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兄妹喧嘩②




 頭の中のカウントは、半分を切っていた。これが0になった時、おれの敗北は決定する。

 かと言って、このまま勝負に動き出すのは愚策だ。時には賭けが必要な事は理解してるし実行してきたが、少なくとも現段階はその時ではない。

 今はただ、ほんの少しだけ不意を打てれば良いのだ。


「……油断しただけ」


 唐突に、ユナがそんな事を言う。


「最初から全力で行ってれば、わたしが勝ってた。あんたがいまこんな状況にまで持ち込めたのは、ただ運が良かっただけ」


 そうじゃないだろう、ユナ。お前は本当にそう思ってる訳じゃない。

 ただ単純にそう言う事でおれを苛立たせたいだけだ。この膠着状態が動いた時に少しでも自分に有利になるように、おれに冷静さを欠かせたいだけだ。

 ただ単純に会話をする事で時間を稼ぎたいだけだ。お前はおれのタイムリミットが近い事を確信している。だからこそ会話で時間を引き伸ばそうとしているだけだ。

 そしてお前は、こうしている間にもおれが動いた際に即応できる準備を整えつつ、いざ動き出した時に自分に有利になるように別の準備も整えていってる。


 実際に動き出した時にどの布石が有利に働くかまでは不明だが、いずれにしろ、時間が経つほどこの状況はユナに有利なように傾いていくのは紛れもない事実だ。

 だが、あえて乗ろう。

 少なくとも会話をする意思がそっちにもあるのなら、こっちもそれに乗った上での手がある。


「ドーピングにその剣――多分魔剣だよね。そのどっちだって、あんた自身の力じゃない」

「かもな。だが、戦いじゃそんな言い訳は無意味なんだよ。ああしていれば勝てただとか言ったところで、敗者の言を誰が聞く? 死者の死んだ後の言葉を、一体誰が聞く?

 確かに過程が大事だとか抜かす奴もいるが、それはそいつが生きている間のそいつ自身の問題だ。敗者の言葉など戯れ言にすぎず、死者は黙するのみで何も語らない。生者の勝者のみが全てを語り聞かせるだけだ」


 おれがあれからどんな事を積み重ねて、これからどんな事を積み上げようとしても、エルンストは何も言わなければ言う事もできないように。


「つまり、勝つ為ならどんな手でも使うって言いたい訳?」

「そこまでは言わないがな。さすがに最低限の倫理観ぐらいは持ち合わせている」


 とんだ嘘だ。

 そんなくだらないもの、とうの昔に捨てている。


「ただまあ、会話の合間にこっそりと準備を進める程度は普通に許容するな」

「……ふーん、気付いてたんだ」

「あまり驚いてないな」

「あんたが魔力探知できる事ぐらいは推測できるからね。じゃなきゃ、あんなに立て続けにわたしの攻撃を回避できる訳がないでしょ。それに、知り合いに同じような躱し方をする人も居るしね」


 魔力の動きがより速く、大きくなっていく。発覚した以上は隠すつもりもないと開き直ったか。


「わざわざそんな事をしなくても、直接この場でおれを捉えれば良いだろう。おれがこの場から碌に動けない事は気付いているだろう?」

「こっちから動くつもりはないよ。こんな状況で無用な危険を犯す必要はないし、このまま待たせてもらうよ」


 ユナは即応できる体勢を崩さず、あえて待ち続けるつもりのようだった。

 自分の必勝の陣が完成するのを。おれのタイムリミットが来るのを。おれがそれに焦れて動き出すのを。

 少なくとも合理的な判断をくだせるぐらいには冷静で、慎重さを持ち合わせているようだった。

 その事に、おれは感謝するべきだろう。


『オイ、こっちは整ったゼ』


 楽しみで仕方が無いという声が頭に響く。

 おれの勝ちだ。


「ありがとよ、わざわざ時間稼ぎに付き合ってくれて」


 大剣の柄を握りしめて剣身を90度回転させ、より一層深く突き刺す。


「喰え、【暴食王ベルゼブブ】!」

『ギャハハハハハハハッ!!』


 嬉しそうに哄笑し、剣が足下に広がる血溜まりに混じっていた魔力の一切合切を吸い上げる。

 必然、様々な形をとっていたものもその動力を失い、ただの液体に戻る。


「嘘っ!?」


 さっきよりもさらに大きな隙。そこに割り込み、ナイフを新しく手に持って残る5歩の距離を詰め、左手を使ってユナの顔面を掴み押し倒す。

 盛大な血飛沫を上げて仰向けに転がったユナが、おれに向けて手を伸ばして来る。


 どんな固有能力だろうと、魔力を消費して発動する以上起点となるのは能力者自身だ。

 それ故に自分の近くで事象を発生させるのと離れた場所で発生させるのとでは、どれだけ小さな差であっても近くで発生させる方が発動が早くなる。

 そして最も早いのは、直に触れる事だ。


 追い詰められた時に、ユナが取り得る行動として最も可能性が高いのが、直に触れて能力を使う事だ。そしてその際に狙うであろう場所は1つだけだ。

 全身の血液を循環させる重要な臓器である、心臓。そこを支配してしまえば1撃で相手を殺せるからだ。

 そして実際に、ユナが手を伸ばして来たのはおれの心臓へだった。

 想定通りだった。想定通りだったからこそ、躱す必要はなかった。


「死ねッ!!」


 手のひらをおれの胸に当てて、能力を発動させる。

 心臓を支配下において、そこを起点に一気に外に引っ張ればおれを殺せるだろう。

 だが、引っ張れればの話だ。


「残念。おれの心臓は特別でね、その程度の魔力じゃ支配できない」


 最低でも、シア並みの魔力を持ってなければ支配下に置く事は不可能だ。


「じゃあな」


 狙うのは顔を固定されているが故に曝け出している、柔らかな喉元。

 そこを目掛けてナイフの切っ先を、一気に突き込んだ。











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