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侵蝕③




「クソが、何でこんなところにヴァルーガの群れが居やがんだよ……!」


 眼下で赤い髪を持つルーイックが、苛立ちと焦りを滲ませた声を絞り出しながら腕を振るう。

 するとその動作にあわせて虚空に火球が出現し、それが爆ぜて橙色の業火が怒り狂うヴァルーガへと殺到し呑み込む。

 優に数十メートルは距離をとって見下ろしている筈のおれの元にまで強烈な輻射熱が伝わってきており、その業火が如何に強力なものであるかが伝わってくる。

 そしてそれは、炎が消え去った後にその毛皮を炭化させて地面に倒れるヴァルーガの姿からも理解できる。

 火竜の息吹にすら耐え切る耐火性を持つヴァルーガを、生きているとは言え虫の息にまで追いやる程の熱量。それがどれほど凄まじいものであるかは、文字通り火を見るより明らかだ。


「【吐竜息とりゅうそく】……固有能力の中では保持者の名前をそれなりに聞くが、だからと言って大した事がないって訳じゃない……むしろ下手な固有能力よりも、よほど強力だな」


 竜の息吹を人間が再現する事のできる固有能力――それが【吐竜息】だ。

 再現される息吹がどの竜種のものであるかは本人の持つ適性属性にもよるが、圧倒的な威力や質量と範囲を兼ね備えた輻射式の攻撃を通常の魔法で再現するよりも遥かに少ない魔力と発動時間で生み出せるこの固有能力は、使い手が幾人も居るという意味でもそれなりの知名度を誇る。

 だが使い手が多いという事が、能力として弱いという事には繋がりはしない。


 もし人間が火竜の息吹を再現できるとして実際にやろうと思えば、熟練の者であっても術式を構築するのに数秒は掛かり、尚且つ消費する魔力も多い。

 しかし固有能力によるものならば一瞬で発動できる上にコストパフォーマンスも非常に優れており、砲台としてはこの上ないものとなる。

 例えるならば、石を片手で投げるのと同じ動作と労力で投石器と同じ芸当をやってのけるようなものだ。一見すると地味ではあるが、実際は非常に強力で凶悪な能力だ。


 そして使い手であるルーイックは火属性の単属性持ちシングルであり、またアルフォリア家に連なる者であるが故に保有する魔力も多く、注ぎ込む魔力の量次第ではオリジナル以上の熱量だって発揮できる。それは実際にヴァルーガを虫の息にする事で証明している。

 もし人間がそんなものを喰らえば、炭化を通り越して骨すら残らないのは目に見えている。


 だが、やはり――


「相性が悪いな……」


 それでもヴァルーガを戦闘不能にまで追い込むのには、それなりの時間を相当量の魔力を費やした炎で飲み込み続けなければならない。

 仮にヴァルーガが単独か、多くても数匹程度ならばそれでもいいだろう。だが実際には幼体を除いたとしても20を超える成体の群れだ。1体にそんなに時間を掛けていれば、その隙に他の個体が八つ裂きにしてやると言わんばかりに襲い掛かってくる。

 本来ならば人間側は、そこで仲間がフォローし時間を稼ぐものなのだろうが、既にその仲間は居ない。

 ルーイックの班は班長であるルーイック以外、全員がヴァルーガに八つ裂きにされた後だった。


 いや、ルーイックの班員だけではない。

 ここまで誘導する途中も、遭遇した班はいくつかあった。

 その中の半分は出会った時点で逃走し難を逃れたが、残りの半分は果敢にも挑みかかり、そして大した事もできずにヴァルーガの群れに蹂躙されて死んでいる。

 おれにとって、とても好都合な事だ。


「仮にここでルーイックが死んだとしても、アルフォリア家に連なる者がアルフォリア家の所領近辺で死んだだけだ。騒ぎになれども責任問題には発展しない」


 だが、既に死んだルーイックの取り巻きである班員や、既にヴァルーガに蹂躙されて死んだ班のメンバーの中にはアルフォリア家以外の5大公爵家に連なる者や5大公爵家とは関係の無い貴族の者、そして所領などこそは持たないが神殿内ではそこそこの立場にある者が身内に居る者など、それなりの発言権を持つ者が紛れている。

 そういった者たちは今回の件を受けて、必ず何かしらアクションを起こすだろう。

 仮に起こさなかったとしても、手頃な者を焚きつければ良い。そうすれば騒ぎはより派手となり、当主クラスも出て来ざるを得なくなる。


「ギ、ガァアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

「終わり、だな……」


 成体の1体がルーイックに組み付き、肩口に喰らい付く。

 魔獣の中では中型のヴァルーガだが、筋肉量では人間とは雲泥の差がある。

 ましてやヴァルーガは、その備えている魔力の全てを筋力強化に回している種だ。例えルーイックが持っている魔力を全て膂力の強化に回したとしても、地力の差で敗北する。

 当たり前だが魔力による強化にしろ魔法による強化にしろ、地力が高いほど上昇幅も大きくなる。その地力で人間よりも大きく勝る魔獣が、さらに魔力で強化されるのだ。力比べをして勝てる道理が無い。

 ましてや、ヴァルーガはその1体だけではないのだ。


「戦果は幼体4に成体7か。相性が悪いのに良くやったな」


 虫の息の個体も、放っておけば死ぬだろう。実質ヴァルーガの群れは半数にまで数を減らした事になる。

 当然それら全てをルーイックがやった訳ではなく、あいつの班員や他の班の戦果もあわせた結果だが、それでもそのうちの半数はあいつ自身によるものだ。

 通常、相性が悪い相手と相対した場合は逃げるのが鉄則だ。それほど戦いにおいて相性というのは重要で、それだけで勝敗を左右しうる要素なのだ。

 そんな中で最悪の相性の敵を相手にこれだけの戦果を上げた事は誇って良い事だ。まあ、誇るべき相手もいないだろうが。


「……そろそろだな。ベル、起きろ」

『……んア、出番カァ……?』


 頭の中に眠たげな声が響いて来る。

 四六時中飢えているが故に空腹を紛らわす為に寝ている事が多いが、呼べばキチンと目を覚ましてくれる分には文句も言わない。


「餌だ。ヴァルーガの成体が16頭、喰い甲斐があるだろう?」

『ヴァルーガっテ、あんまし上等なもんじゃねえんだがヨ……』

「文句を言うなら食わせないぞ?」

『勘弁しろヨ。腹が減って死にそうダ』


 眼下ではヴァルーガたちに食われて頭部と手足だけになったルーイックだったものの残骸が、ヴァルーガの1体に張り飛ばされておれの居る木の幹にぶつかる。

 ヴァルーガたちによる挑発だ。おれの正確な位置までは掴めていないようだが、どこかの木の上に居るという事には既に気が付いているらしい。


 頭の中のカウントが200を切る。【促進剤アッパー】の残り時間はあと3分弱。2本目を懐から取り出す。

 それを腕に刺してピストンを押し込もうとした時、おれの感覚に引っ掛かるものがあった。


『おんヤァ……?』


 頭の中で喜悦の声が響く。どうやらこいつも感じ取ったらしく、おれの気のせいという僅かな線は綺麗さっぱり消えてなくなる。


「なんでこのタイミングで……」


 おれがぼやいたのと同時に、群れの中で1番端に居た個体が全身の内側から血を勢い良く噴出させる。

 噴出した血はかなり遠くまで飛び散り、付近一帯を赤く染め上げる。当然血を噴出させた個体は即死し横転する。


「あーあ、間に合わなかったぁ。別に良いけど」


 そんな声が聞こえ、立て続けに3頭が同じように内側から血を噴出させて死んでいく。

 地面が吸い切れない血が血溜まりを作り、それをブーツで踏んで飛沫を跳ね上げる人影が1つ。

 ユナ=ラル・アルフォリア、つまりはおれの異母妹の登場だった。











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