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侵蝕①

 



「…………」


 開店前の店内で酒を舐めていたベスタが、布の隙間から覗かせる双眸を険しいものにしてあらぬ方向を見る。


「どうした?」

「……アンカーが、消えた……」

「……どこのだ?」

「ティステア王都……貧民街の……」

「罠か、それに準ずる何かだろうな」


 シロが眼を閉じ、その上から手で覆う。

 彼女の視界はいま、ベスタが口にした場所に飛んでいた。


「……誰も居ないな。付近にもだ」

「消す事自体が、目的、か……?」

「さてな。生憎考えるのは専門じゃねェからよ」


 それっきりベスタもシロも沈黙する。

 話す言葉が見付からないのではなく、思考に没頭している為だ。


「直接確認に、行く……」

「アタシは反対だ。明らかに怪し過ぎる。せめてジンが来るまで待つべきだ」


 シロのその言葉は、有事の際に対応できないという事から出たものたった。

 シロは勿論の事、ベスタも能力者ではあるが、戦闘に向いているという訳ではない。

 ベスタの能力が真価を発揮するのはベスタ自身の領域テリトリー内の事であり、その中では無類の強さを発揮するが、それ以外の場所では大幅にその効果が落ちる。

 3人の中で最も戦闘に向いているのは、皮肉にも無能者であるエルジンであった。


「……仮に罠だとして、あえて罠に、乗るのもありだ……見ていて、くれてるだろう?」

「犯人のツラを拝もうってか?」

「一応、いざという時の、対策は施して、ある……何者かは知らないが、狙いを持っての事なら、その人物が誰か知る事ができる……リスクを犯す、価値はある……」

「……オーケィ、分かった。協力はするさ。ジンの奴の利にもなりそうだしな」

「感謝、する……」


 ベスタが椅子から立ち上がる――というよりは身長の関係で飛び降り、扉を開けて出て行く。

 その直後から、シロは視点をベスタの頭上後方に飛ばす。


 開けられた扉は、貧民街の道のど真ん中に繋がっていた。

 普通ならばこんなに目立つ場所に繋げる事は無いのだが、今回は釣り餌の意図も含んでいた。


「…………」


 ベスタとて、能力だけの一辺倒ではない。神経を張り詰めて警戒した足取りで、注意深く進む。

 そして普通に向かうよりも大幅に時間を掛けて目的地に辿り着き、辺りを探索する。


「物理的に、壊した、のか……」


 ベスタが手にとったのは、断面の新しい錆び付いた鉄片。

 辺りにも大量に散らばっているそれを拾い集め、ジグソーパズルのように組み合わせる。

 すると掠れた文字で、かろうじて『ホワイトバー』と書かれているのが読み取れた。


「ただ、壊した、だけか……?」


 誰に対して発した訳でもない言葉の答えは、少しして自分に近付いて来る気配によって出される。

 気配は4方に伸びている道のそれぞれから近付いて来ており、逃げ道は完璧に塞がれていた。

 だが塞がれていたのはあくまで逃げだけであり、ベスタならば即座に逃走する事は可能だった。

 だがあえて待ち構える。

 姿は既にシロが確認しているかもしれないが、場合によれば締め上げて情報を引きずり出せるだろうという考えがあった為だ。


 ところが、


「……お前らは、前にあいつに、絡んでいた奴らか……?」


 それぞれの道から姿を現したのは、ジンが王都を訪れた初日に彼から金を毟り取ろうとしたチンピラだった。

 一瞬ハズレかと思うも、即座に違うと思い直す。

 4人は何処と無く雰囲気がおかしく、何よりベスタからすれば酷くちっぽけなものだったが、紛れもない殺気を向けて来ていた。

 また手にはハンマーや金切りバサミなど、ちょうど錆びた鉄板ぐらいならばバラバラにできそうな物を手にしていた事も理由の1つだった。


「一体何の――」


 用だ、と最後まで言う事なく、最も近くに居た男との距離を詰めて跳躍からの蹴りを頭部に叩き込む。

 相手が臨戦体勢だというのに悠長に声を掛けるのは無意味だとベスタは切り捨て、先制攻撃を加える。

 もしこれで勘違いだったならば、ごめんなさいと謝れば良いと完全に割り切っていた。


「……何?」


 ところがベスタの蹴りを喰らった男は、1度は転倒したものの即座に何事も無かったかのように立ち上がる。

 いくら小柄だと言ってもベスタは保有する魔力もそれなりに多い。その魔力を強化に回しての1撃で、確実に脳を揺らしていたという自信があった。


「……入り方が、甘かった……という訳じゃ、なさそうだな」


 他の3人も、仲間が蹴り倒されたというのにも関わらず、声1つすら上げないどころか欠片たりとも動揺していなかった。


「仕方、ない。1人だけ物理的に拘束して、あとは全員殺して――」

「ダメダメ、その選択をするのには遅すぎるよ」

「ッ――!?」


 上から降って来た声に、後方に退避しながら上を見て確認する。


(貴族……?)


 ボロいあばら家の屋上に立っていたのは、平民には到底手が届きそうにない質の良い衣類――それもフォーマルなものに身を包んだ男だった。

 保有する魔力も、無能者ではないベスタでもそうと分かるぐらいに多い。

 だがそれでも、ベスタは貴族であると断言できる自信は無かった。

 その男の姿が、余りにも軽かった為だ。


 着ている服は、確かに最高品質のもの。だが全体的にだらしなく着崩しており、手首やはだけた胸元からは、金のブレスレットやネックレスが、指には宝石の付いた指輪が嵌められている。そのいずれもが、魔道具という訳でも無かった。

 そして髪にいたっては、緑の基調に何色ものメッシュが入っている。

 男が全属性持ちクインティプルという訳でもない限り、確実に染められていた。


「誰だ、お前は……?」

「名前を聞く時は、まず自分から名乗ろうよ。ところで君、その布の下の素顔ってどうなってんだい?」

「…………」


 この時点でベスタは、その男との対話を放棄した。

 そして即座に撤退しようと、扉を繋ごうとした時だった。


「それもダメだよ」


 男がいつの間にか両手に一杯の斑模様に着色されたガラス玉をバラまく。

 それが割れると同時に小規模な爆発を生み出すポピュラーな魔道具であると気付いたベスタは、間に合わないと判断して扉を繋ぐのをやめて退避しようと後方に跳躍する。


 そして背後に回り込んでいた男に、後ろからガッチリとホールドされる。


「クッ、しまった――」


 振り解こうと動くよりも先に、ガラス玉が落下。派手な音を立てて割れる。

 割れただけだった。


「……ブラフ、か……!」


 その光景が意味する事を把握して焦り、拘束を解こうとする。

 だが、いくらもがいても振り払う事ができなかった。

 保有する魔力量も、あきらかに一般人の域を出ない筈の男の拘束を振り解く事ができないどころか、どこにそんな力があるのか不思議なくらいの剛力で、ベスタの膂力を抑え付けて押し込んでいた。


「グッ……!」


 サバ折りですらない力任せの圧迫に苦しみながらも、ベスタの脳裏を掠めるものがあった。

 その不自然な剛力は、ベスタがよく知る人物が振るうものととてもよく似ていた。


 それについて思考に没頭する間もなく、男が地面に降りる。

 そして足下に散らばっているガラス片を踏み締めらながら、ヘラヘラとした笑みを浮かべてベスタにゆっくりと近付いていく。


「…………」


 それを見たベスタに、もう余裕は無かった。

 自分に向けて近付いて来る男の頭上を覆うように、特大の扉を生み出す。


 ベスタの固有能力は【移転門】。

 最大で10箇所にあらかじめアンカーを打ち込んでおき、任意のタイミングでそのアンカーを打ち込んだ場所の周辺と世界の何処かを繋ぐ扉を生み出せる能力である。

 普段拠点としているホワイトバーの店内や、王都の貧民街に打ち込んだ以外の標を頭の中に並べ、素早く1つを選択。

 それは川に水の代わりに溶岩の流れる灼熱の大地。その地の川底と男の頭上に広がる扉とを繋げる。


「だからダメだよ」


 だが扉を開くよりも先に男が距離を詰め、ベスタの顔を掴む。

 空いたもう片方の手には、ゴツゴツとした凶悪なデザインの釘を握っていた。


「呪いの藁人形って、あるよね。それとはちょっと違うけど、大体そんなものだよね」


 そんな事を言って、ベスタの頭へと迷いなく釘を打ち込んだ。

 瞬間、脳内がスパークするような衝撃と感覚に襲われ意識が落ちる。

 ベスタが覚えていたのはそこまでだった。











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