講義②
「名前は【無拳】にしようかと思う」
「……何が?」
「以前言った、テメェに教えてやる技の名前だ。無にする拳と書いて【無拳】だ。まあもう1つ意味はあるが、それはまた今度説明しよう」
「いやいやいや、何でこんなところでそんな事を発表するの!? 良く見てよ、あんたの弟子が追い詰められてるよ!?」
戦場のど真ん中でいきなりそんな事を言い出されても、おれとしては困るだけだ。
眼前で斬り結んでいる相手は無能力者だが、相当の手練れだ。さっきから必死に喰らい付いているが、このままだと押し込まれる。
「こんな雑魚に手間取ってんじゃねえよ!」
エルンストが相手を背後から蹴り飛ばし、相手の額とおれの額とが衝突し火花が散る。
痛みを堪えながら立ち上がると、既に敵で生き残っているのはおれが斬り結んでいた相手を含めて2人だけだった。
「おい、そいつ逃がすなよ。テメェの実験台にすっからよ。そんでもって、良く見て、感じ取って観察してろ」
エルンストが武器を突き刺し、徒手空拳となる。
腰を低く落とし、左拳を引く。そして左拳から始まる8連撃を叩き込む。
「分かったか?」
「……もう1つの意味って、そういう事なんだね」
「そういう事だ。でもってこの技は、テメェがいま見ただけで理解できたように無能者ならば誰でも理解し得る。まあ全員が理解できる訳じゃなくて、それなりの下地は必要だがな。
大事なのはタイミングだ。速さは必要ない――というよりも、相手にもよるがどうしても技の性質上速さは一定にならざる得ない上に来ると分かっていれば警戒させちまって決めるのが難しくなる。使う条件は前言った通りだ」
エルンストがおれと斬り結んでいた相手に近付いて行く。
相手も勝てないと分かったのか即座に踵を返して逃げようとしたが、それよりも先にエルンストに回り込まれ、羽交い締めにされる。
「さあやれ、練習だ。いま俺がやった通りにこいつにやれ! どの道見られた以上は生かしちゃおけねえ!」
「……いやさ、練習になるの、それで?」
「シャドーよりはマシだっての。さあ、やれよ。もしくは魔力持ちに投与したら内側から破裂するあの薬を打ち込め!」
エルンストのその言葉に、相手はさらに必死にもがき始めた。
それにイラついたエルンストが首をへし折った為に、結局その場で練習する事は叶わなかった。
余談だが、その後おれは2ヶ月ほどで【無拳】を会得する事ができた。
「おい、ちょっといいか?」
「ちょっと、あんた!」
「…………」
1人増えた。
増えたのは憶えのある顔――というか、さっきまで机を並べて同じ講義を受けていたなかであるディンツィオだ。
「次の演習、オレと組んでくれ!」
「次の演習、私と組みなさい!」
「おれは何も言ってないがな」
そして組むつもりも毛頭ない。行動の邪魔になるだけだ。
「頼む。ウーレリーフってかなり希少だろ? 頭数は1人でも多く欲しいんだ!」
「こないだの演習から異端者扱いされて、誰も組んでくれないのよ。しょうがないから、あんたと組んであげるわ」
「どっちもおれの知った事じゃない。他を当たれ、もしくは互いに組め」
ウーレリーフなどおれは狙うつもりはないし、アルトニアスに至っては半分以上が自業自得だ。
おれは別に庇ってくれと頼んだ憶えもない。
「それと――」
ディンツィオの肩に手を置いて、耳元に口を寄せる。
「勘違いするな、おれはあくまで利害の一致で組んでいるだけで、協力関係にある訳じゃない。余り図に乗ると殺すぞ?」
「んげっ――」
馬鹿かこいつは。せめてそこは知らないとしらを切れよ。
「足運びは崩すべきだな。見る奴が見れば【ゾルバ式戦闘術】を会得してる奴だと分かる」
「…………」
キョトンとしているアルトニアスと、苦り切った表情を浮かべるディンツィオ。
その両者を放置してその場から離れる。
おそらくディンツィオと同じような奴は、他にも何人か居るのだろう。そして今までに消えている奴の何人かは、イゼルフォンに勘付かれてウフクススないしオーヴィレヌに消されたのだろう。
おれはゾルバの公式の推薦という立場があるからいいが、それでも一歩間違えればそうなる為、十分に気を付ける必要がある。
「さて、と……」
懐から演習地となる森林地帯の見取り図を取り出す。
シロから渡されたそれには、一部に赤い×印が書かれている。そこに誰にも見付からずに行く事が、おれの最初の目的となる。
この森林地帯は、位置的にはアルフォリア家の所領と被っている。境界線が曖昧な為に確実とは言わないが、上手くいけばアルフォリア家の責任問題を提起できる。
そうすればいよいよ、アルフォリア家を盤上に引きずり出せる。
確実に絡んでいるであろうシャヘルと、そしてアゼトナを盤上に引きずり出せる。
失敗は許されない。挽回は可能だろうが、そう自分に言い聞かせる。
自分をそう追い詰める事で、少しでも成功率を上げる。
成功すれば、一気にショートカットする事ができるのだから。