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選別の儀③




「沈まれ!」


 永遠に続くかと思われた熱狂は、当主の鶴の一声で沈静化する。

 もっとも、内心では当主自身も喜んでいるのは一目瞭然だったが。


「まだ選別の儀は終わっていない。喜び宴を開くのはその後で良いだろう」


 その言葉に、周囲からは笑い声が漏れる。


「では、次だ。ユナ=ラル・アルフォリア!」


 異母妹の名前が呼ばれる。名前を呼ばれたユナは、おれが見ていても可哀想なぐらいにガチガチに緊張していた。

 遠くでは、父親であるアゼトナが厳めしい表情でユナの事を睨んでいた。その表情が何を考えているのかは窺い知れなかったが、大体推測はできた。


「……適性、2属性持ちダブル! 火と雷です!」


 水晶色に光り、周囲の者が感嘆の声を上げる。しかし、属性数も輝きもアキリアはおろかシアよりも劣る為、そこまで驚かれる事は無かった。


「固有能力……【血液支配】!」


 これにも驚きの声を上げる者はいなかった。

 宗家ならば固有能力は持っていて当たり前。その宗家としては、能力はまずまずだろうと言ったところ。

 2属性の適性だけで十分凄いのだが、如何せん前の2人のインパクトが強すぎた。


 ふと見てみれば、2人並んで立っている父親の妻のうち、側室に当たるユナの母親は悔しそうな表情を浮かべ、正室であるおれの母親は勝ち誇ったような顔をしていた。


「次、エルジン=ラル・アルフォリア!」


 とうとうおれの名前が呼ばれる。


 この時のおれは、正直に言えば余裕を持っていた。

 自分に既に固有能力がない事は分かっていた。アキリアにあげたのだから、当然だ。

 だが自分には、まだ魔力がある。

 歴代を遡れば、固有能力を持たずに生まれた宗家の者も少数ながら存在する。その者に追従して生きようと達観したように――達観したつもりで居た。


「頑張ってね」


 アキリアの言葉に頷きながらも、その期待には応えられない事に少しばかり罪悪感を抱きながら、前に進み出る。

 1歩ずつ足を踏み出すごとに、いやでも周囲の視線が殺到するのが分かった。

 それも当然だ。シアにアキリアにユナ。アキリアのインパクトが余りにも大きすぎるが、他の2人も歴代を遡っても屈指の逸材だ。ならばおれもと、期待を寄せるのも無理はない。

 とりわけ強い視線を感じたのは、意外にも父親であるアゼトナだった。

 視線に篭るのは、ユナの代わりにお前が周囲を驚かせてやれといったもの。

 確かに驚かせられるかもしれない。意外性で。


 そして、水晶に触れた。

 結果は――変化なし。


「こ、これは……」


 傍らの男が、言い辛そうに口を開いた。


「適性、魔力共に無し。無能者、です」


 今度は別の意味で、周囲の者がざわめく。

 そして言葉の内容を理解した者たちから、順におれに視線を投げ掛けて来る。

 失望と侮蔑の視線を。


「どういう事だ?」


 そこで始めて、アゼトナが口を開く。


「どうと言われましても、言葉通り、エルジン様は無能者であると――」

「そういう事を聞いているのではない。何故、オレの血を引く子が無能者なのだ? どう考えてもあり得ないだろう。まさか――」


 視線が自分の正室の女に移る。


「不義の子……という訳か?」

「そんな筈ありません!」


 周囲の視線が自分に移って来るのを感じた女は、金切り声をあげて否定する。


「これは、そう! 何かの間違いです! そいつは私の子供じゃない! どこかで入れ替わったに決まってる!」

「口を慎め!」


 当主の声で、周囲のざわめきも収まっていく。

 だが、その全てが遠くに聞こえた。

 おれの胸中でもまた、様々な疑問がせめぎ合っていた。


 何故、一体どうして、何が起こったのか?

 自分は確かに、アキリアに対して固有能力の譲渡を臨んだ。だがあくまで、譲渡を臨んだのは固有能力のみの筈だった。

 固有能力を使うには魔力が必須だから、明け渡す際に多少の魔力もあげた。だが全部じゃない。ちゃんと多少は手元に残るように願った。


「……無能者は失せろ」


 答えの出ないまま、誰かが言った。

 それに釣られるように次々と言葉が飛んで来る。


「そうだ、失せろ!」

「この罰当たりめ!」

「無能者がどこで紛れ込んだ!」

「今すぐ死ね!」


 飛ぶのが罵詈雑言から、石に変化するのに、そう時間は掛からなかった。

 それは同時に、おれがティステア神国の5大公爵家の1つである、アルフォリア家の宗家嫡男という立場を失った、決定的瞬間だった。


 それからの事は、取り立てて話す程の面白みはない。

 おれが無能者である事は瞬く間に広がり、毎日のように迫害を受けた。

 なまじ生まれが公爵家であり、周囲に居るのは貴族に連なる者ばかりであるという事が、その迫害を一層厳しいものとした。


 肉体的暴力は勿論、時には魔法すら使われて嬲られ、何度も死に掛けた。

 父であるアゼトナはおれの事を居ないものとして扱い、母親である女は精神を病み、出会う度にヒステリックに叫びながら首を絞められたり殴られたりした。

 一緒になって遊んでいた筈のシアですら蔑視し攻撃を加え、腹違いとはいえ血の繋がった妹である筈のユナもまた、それに加わった。


 毎日殴られ、蹴られ、石を投げつけられ、炎で炙られ、水攻めにされ、風で斬り刻まれ、土に埋められ、電撃で痺れさせられ、その他にもいくつもの魔法を当てられる。

 食事は当然満足に摂らせてもらえず、日常的に餓えていた。

 それでもギリギリのところで、死ぬ事は無かった。

 殺されなかった理由は、1つだけ。

 アキリアが殺すなと言ったからだ。


 いずれはアルフォリア家を背負い、場合によっては王族に迎え入れられる可能性もある彼女に、今からでも覚えを良くしておこうという、とても単純で分かりやすいものだった。

 そのアキリアとも、選別の儀以降は一切話していなかった。それどころか、遭遇する事自体が無かった。

 たまたま遠目に見かける事はあっても、側には常に他の者が居た為に話しかける事はできなかった。

 周囲の者が意図的におれに近付かないようにしていたのか、それともアキリアが自分の意思でおれを避けていたのかは分からない。

 どちらにせよ、おれ自身にとってはそんな事はどうでも良い事だった。

 結果はともかく、おれがそう選んで実行した事だから、後悔は無かった。


 そしてそのまま、アキリアと話す事も無く1年の時が経った時、おれはアルフォリア家から追放された。

 後日に風の噂で聞いたところ、おれは存在していた事すら抹消されたそうだった。







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